第12話:失われた防具と癒やし〜地獄の野営と泥沼の逃走戦〜
万年雪をいただく霊山の麓、黒の森の奥深き闇の中。
神聖ロザリア王国の勇者アレクサンドとそのパーティーは。 本来なら自分たちが苦戦するなどあり得ないはずのBランク魔物・オークの群れを前に。 致命的で無様なもたつきを見せていた。
「なぜだ! オークのただの木切れの棍棒ごときに、我が精鋭なる聖騎士団の大盾がひび割れるなど!」
聖騎士の絶望に満ちた悲鳴が、巨樹の鬱蒼とした森に響き渡る。
これまでは、オークの丸太のような棍棒の打撃など。 レオンの高度なエンチャントが付与された盾で片手で弾き返し、そのまま反撃に転じるのが当然の戦術だった。
だがレオンが去り、その無償の付与魔法が完全に切れた今。 彼らの誇る重厚な盾は、数発の物理的な打撃で容容なくひしゃげ。 ただ重いだけの「ひん曲がった金属板」に成り下がっていたのである。
後衛に控える魔導士であり、大賢者の孫娘として鳴らしたエリンもまた。 数発の中級炎魔法を連続して放っただけで「はぁっ、はぁっ……魔力が……回復が追いつかない……!」と膝をついていた。
無理もない。 この世界の常識において、中級魔法すら個人のマナの大半をごっそり消費する大技なのだ。
今までは、レオンが戦闘前にこっそりと地面に魔法陣を敷き。 大気中のマナを彼女の杖の先へと最適に循環させることで。 『消費魔力を十分の一に抑えつつ、威力を五倍に拡張する』というドーピングを与え続けてくれていたのだ。
だが、そんな裏方の絶え間ない苦労と神業を知る由もない彼女は。 己の「真の燃費の悪さ(ただの実力不足)」が残酷にも露呈したことに気付かず。 ただ己の才能を呪って息を切らしていた。
「クソッ、前衛の陣形が崩れた! これ以上は全滅する! 撤退だ!」
誇り高き勇者のプライドをへし折られたアレクサンドの叫びと共に。 勇者パーティーは知能の低いオークの群れから無様な背を向けて逃げ出した。
泥水の中を転がり、小枝で顔や極上のドレスを切り裂きながら。 悲鳴を上げて命からがら逃げ延びる。
▽ ▽ ▽
「いやあああ! 私の綺麗な特注シルクのドレスが泥水とオークの血で台無しよ!」
「痛い、足首を捻ったわ! 早く一番高価な回復ポーションを頂戴!」
後方の安全圏にどうにか逃れ、魔導士のエリンが泣き叫びながら。 慌てて支給品の回復ポーションの瓶をあおるように傷口に降り注いだ。
だが――。 傷口はジクジクと熱を持って痛み、せいぜいが泥を洗い流して薄いかさぶたを作る程度にしかならなかった。
「きゃあああ痛いっ! 何よこの安物のポーションは!」
「いつもみたいに、一瞬で傷跡も痛みも疲労も綺麗に消し去ってよ!!」
ヒステリックな悲痛な叫びを上げるが、効果が出ないのは当然だ。
王国の軍部からの最高級支給品ポーションであっても。 その効能は「泥臭く、少し傷の治りが早くなるだけ」の一般的な代物に過ぎない。
今までは、レオンが日々こっそりと自分の莫大なマナを込め。 徹夜で錬成した『部位欠損すら瞬時に補う、神仙薬レベルの特製ポーション』を彼女たちの水筒に満たしてくれていたのだから。
ボロボロになり、悪臭を放つ泥だらけで野営地に逃げ帰った彼らは。 互いの致命的な実力不足を棚に上げ、見苦しく責任をなすりつけ合った。
「前衛の騎士のお前らが、オークの動き一つも止められないでしっかり守らないからだろうが!」
「お前の炎魔法がヘボくて遅いから、オークの群れを倒しきれずに押し込まれたんだろうが!」
かつて、レオンという『すべての責任と不満を押し付けられる、都合のいいサンドバッグ』を取り上げられたパーティーは。 いとも容易く、そして必然的に内部崩壊を起こしていた。 仲裁する緩衝材がどこにもいないのだ。
しかし、無能なリーダーであるアレクサンドは自らの非と部下の管理不足を絶対に認めない。
「黙れ! 争っている場合か! 今の我々の不調は……」
「おそらくすべてあのデスバレーに現れたという魔王(新顔の強大な勢力)が遠隔から放っている呪いのせいだ!」
「これは真の英雄である俺に神が課した、最大の試練なのだ!」
自らの惨状を全て敵のせいにし、悲劇の英雄として美化した彼は、怒りと怨嗟に身を任せた。
「すぐに王都に要請を出し、数千規模の大規模な討伐軍を特別に組織しろ!」
「あの不毛の地ごと悪の枢軸を完全に焼き払い、我ら神聖ロザリア王国の絶対の力を知らしめてやるのだ!」
かくして、自分たちの実力を致命的に誤認したままの勘違い勇者と、真実を知らぬ大軍勢が。
やがて世界最強にして最悪の要塞都市へと変貌しつつある「レオンの村」へ向けて。 悲惨極まりない進軍を開始するのだった。




