第10話:極上のシチューと完全服属〜元王国騎士団の入村〜
レオンの自宅である白亜の洋館の、広々としたリビングに通された調査隊の面々は。 その場で膝を寄せ合いガクガクと震えていた。
「とうとう魔王城の最深部、魔王の御前に引きずり込まれてしまった……」
「我々にはどんな過酷な拷問、あるいは人体実験が待っているか……」
完全に戦意を喪失した彼らが怯えながら座らされていたのは。 実のところAランク魔物である『輝毛のベヒモス』から採れた最高級の毛皮で作られた、体が沈み込むようなフカフカのソファだった。
部屋の温度は魔導冷暖房機によって完璧な春の陽気に調整され。 部屋の隅の自動演奏のオルゴールが、暴れる心を鎮める心地よい音色を奏でている。
「おい、なんだこの空間の異常なマナ濃度は……」
「呼吸するだけで、先ほどの絶望的な行軍で枯渇していた魔力が、みるみるうちに体内へ満ち、回復していくぞ」
隊長が驚愕して周囲を見渡したが、それはただレオンがDIYで作った『魔導空気清浄機』が。 微細な埃や花粉を綺麗にするついでに、マナを適温でリビング中に循環・放出し続けているだけだった。
「お待たせしました。レオン様からのおもてなしです。どうぞ」
そこへ、完璧なメイド服を着こなした銀狼のセリアが、大きなお盆を持ってやってきた。
出されたのは、湯気を立てる出来立てのシチュー。 実はAランク巨大魔虫の骨髄からとった極上の出汁と、高級肉を煮込んだものだ。
さらに、厨房の魔石オーブンで今しがた焼き上がったばかりのフカフカで真っ白なパン。
奥から顔を出したドワーフのバッカスが「まあお主ら、これも飲んで落ち着け」と。 ジョッキになみなみと琥珀色の冷えたエール(一口で寿命が延びる神酒ソーマ)を注いで回った。
王国軍の行軍中の過酷な食事といえば、石のように硬い黒パンを泥水でどうにかふやかし。 塩気の薄いカチカチの干し肉を歯を折りそうになりながらかじるのが常識だ。
彼らは今まで、その泥と血にまみれた食事が「最前線を護る軍人としての無骨な誇り」だと思い込んで脳を麻痺させていた。
出された料理のあまりの落差。 即座に死に至る猛毒を疑いながらも、その暴力的なまでに食欲をそそる芳醇な香りと、極限状態の空腹に耐えきれず。
隊長は死を覚悟してスプーンを手に取り、シチューを一口すすった。
「……ッ!!!」
瞬間、隊長の両目からボロボロと大粒の涙がとめどなく溢れ出した。
信じられないほどの極上の美味さ。だが、それだけではない。
口の端から胃の腑に落ちたシチューとエールの相乗効果により。 彼らの体に刻まれていた過酷な訓練による無数の古傷。 そして、魔物との過去の戦闘で欠損しかけていた指先の神経すらもが、眩い光を放って瞬時に再生・完治していくのがはっきりと分かったのだ。
それは、本来なら王都の教会の最高位聖女に、貴族が大金貨の寄付金を何箱も積んで頼み込むレベルの「奇跡の神聖魔法」をも遥かに上回る、常識外れの超回復効果だった。
「王宮の……国王主催の王宮の晩餐よりも美味い……ッ!」
「俺たちは今まであんな泥水と毒虫だらけの野営地で、一体何を食って、何のために生きてきたんだ……!」
精鋭たちは一様に床に泣き崩れ、嗚咽を漏らしながら一心不乱にパンとシチューを平らげた。 もはやそこには、王国軍のエリートとしての矜持など微塵も残っていなかった。
▽ ▽ ▽
その後、レオンに「汗もドロドロにかいてるし、とりあえずお風呂どうぞ」と庭の奥に案内された彼らは。 さらに大きな絶望、いや、究極の至福を味わうことになる。
ヒノキの香りが漂う広大な露天風呂の湯は、ただ沸かしただけのお湯などではなく、『世界樹の朝露』に匹敵する純度のマナの塊だった。
そこに肩まで浸かるだけで、魂の奥底の穢れすらも洗い流され。 寿命が五十年は延びるような強烈な神聖なオーラに心身が包み込まれる。
王国の過酷で報われない軍務、上層部の理不尽な命令。 そして今日味わった死の恐怖で完全に凝り固まっていた彼らの心身と、王国への薄っぺらい忠誠心は。 この瞬間完全に容量の限界を迎えてひび割れていた。
隊長は温かい湯船の中で、涙を流しながら夜空の天を仰いだ。
「勇者パーティーが今頃、王国の名のもとに冷たい泥水をすすりながら魔物と命がけで戦っているというのに……」
「彼らが見捨てた果ての最果ての辺境の地で、下っ端の我々はこんな神々すら羨む極上の生活を味わっている……」
「……決めた。俺はもう帰らん。王国のクソッタレ共め」
風呂上がり。
柔らかなバスタオルで綺麗になった体を拭き。 真新しい服(レオンが錬金術で適当にパパッと作った、肌触り最高で防御力カンストの神の布製シャツ)に着替えた隊長たちは。
リビングでくつろぐレオンの前に一直線に整列し、一斉にゴンッ! と音を立てて額を絨毯に擦り付けた。
「我々、神聖ロザリア王国・魔導騎士団第三小隊の全10名は!」
「本日この瞬間をもってクソみたいな王国と祖国を捨て、新たなる魔王……いや、偉大なる絶対神・レオン様に永遠の忠誠を誓います!!」
「どうか我々を、末端の奴隷でも捨て駒でも構いません、この天国の村へ置いてください!!」
「えっ? いや、別にいいけど……」
レオンは困惑しつつも、「まあ、これから村を広げるし、何かとDIYの手伝いや畑仕事の人手が増えるなら助かるかな」と考え、あっさりと村に彼らを招き入れることになった。
レオンの目には、「エリート騎士団をいきなり辞めちゃったの? よっぽどブラックでストレス過多な社会だったんだな。かわいそうに」と映っていた。
こうして、王国最強の調査隊は戦闘も尋問も一切なく。 一回の「食事と風呂」によって完全に魔王側へと寝返った。
一方そのずっと後方。
王都から進軍中の勇者アレクサンドの元には。 「先行させた精鋭調査隊からの通信魔法が完全に途絶。おそらくデスバレーの強力な新興組織によって、なす術なく全滅させられた可能性大」
との最悪の誤報が入り、王子の見えない魔王に対する恐怖と怒りが頂点に達していたのだった。




