第5話:「おばあさんは朝から台所に」
おばあさんの朝は早いのでした。
おじいさんが起きるまでの間に米を炊き、味噌汁をつくり、川でとれた焼き魚を用意し、食卓を囲む準備を整えます。
それは、いつもと変わらない何気ない朝に起こったことでございました。
「あら!私ったら、お味噌汁の具を切らしているわ。山での生活も長いのに、恥ずかしいこと。」
おじいさんは、待っていましたと言わんばかりに寝床から土間へやって来て、下駄を手にしながら言いました。
「いつも朝を作ってくれてありがとうよ。山菜ならわしが採ってくるでのう。山はわしの庭じゃけ、安心せい。」
「気を付けてくださいね~」
その言葉が終わるより早く、おじいさんは家を出ていきました。
山中を歩きながら、山菜を採り進みます。
道すがら、イノシシの首でできたトーテムポールを横目に通り過ぎ、やがて鬱蒼とした竹林へと入りました。
ナタを振るい、奥へと進んでいくと、ひときわ光る竹がありました。
おじいさんは目を光らせながら、
「これを求めておったんじゃ!」
と、山に木霊するほどの声で叫びました。
その光る竹の根元には、これでもかというほど毒々しいキノコが生えておりました。
おじいさんは財宝を掘り当てたかのように、そのキノコをすべて籠に入れました。
山を下りるころには、下駄履きでありながら、まるで獣のように足取りが軽くなっておりました。
家へ戻ると、おばあさんが待っておりました。
おじいさんは、採ってきたキノコを差し出します。
おばあさんは微笑み、
「珍しいキノコですね~」
と言いながら、包丁で刻み、味噌汁の鍋へと入れていきました。
食卓には、いつものごはんと焼き魚、そして明らかに食べ物とは思えぬ、紫色の刺激臭を放つ液体が並びました。
気づけば、先ほどまで飛んでいた蠅さえ姿を消しております。
おじいさんは味噌汁には手をつけず、腹痛を装い、厠へ向かうふりをして、障子の隙間からおばあさんをうかがっておりました。
おばあさんは味噌汁を口に運びます。
一口、二口。
表情は変わらず、むしろおいしそうに食べているではありませんか。
――また失敗か?あんな見た目で毒がないとは思えんのじゃが。
おじいさんは食卓へ戻りました。
「おじいさん、採ってきてくれたキノコ、とてもおいしいですよ。」
おばあさんは朝から満面の笑みを向けます。
「それは良いことじゃ。目利きには自信があるからのう。」
失敗を引きずり、少し落ち込み気味のおじいさんでした。
やがて、おじいさんも味噌汁に手をつけました。
一口。
その瞬間、椀を落とし、横に倒れ込みました。
口から泡を吹き、味噌汁に浸していたおじいさんの箸の先は溶けておりました。
静かに近づいてくるおばあさん。
――猛毒じゃんねぇか。
それでもおじいさんは、
「ちょっと味噌を入れすぎじゃのう、おばあさんや……」と言い残しました。
そしておじいさんはそのまま、動かなくなりました。
おばあさんはというと、
「こんなところで寝ると、風邪をひきますよ。」と、優しく声をかけ、毛布をそっと掛けてやるのでした。
やがておじいさんは、ふと意識を取り戻しました。
目を開けると、すでに真夜中でございます。
――まだ、意識が……はっきりせん。
囲炉裏の炭が、ぱちぱちと音を立てております。
その傍らで、おばあさんが何かを研いでいる背中が見えました。
――こんな夜中に、何をやっておるんじゃ。
おばあさんの横顔は、いつものにこやかなままでした。
しかし髪は逆立ち、用途の分からぬ長いナタを火に照らし、状態を確かめながら研ぎ続けております。
おじいさんは、ふと思い出しました。
――そういえば、わしが愛してしまったのは、山姥じゃったな。
そう思いながら、再び瞼を閉じました。
おじいさんは、そのあと三日三晩寝込むことになるのでした。




