第1話:「おばあさんは川へ洗濯に」
木々に積もった雪が落ちる朝。
「川の水も冷たくなったわね~」おばあさんは、洗濯物をもみ洗いしながら季節の移ろいを感じていました。
「それにしても、冬は洗濯物が多くなるから困るわ。もっと、こう、薄いのに体温で温かくなる衣がないものかしらね~。」
「あぁ、今日も寒いわね。おじいさんが、五右衛門風呂を用意しておいてくれないかしら。」おばあさんの独り言は静かに雪へ解けます。
その独り言を聞いたのは、雪だけではなくもう一人。先ほどから草陰で身を潜めている、おじいさんでございます。
おじいさんは、中腰で静かに草をかき分け川のほうに近づいていきました。
「今日こそは、必ずやり遂げてみせるぞ。オー!」おじいさんは、自らを小声で鼓舞しておりました。
川に近づく途中、足元にある石の中から両手で抱える程の石を持ち、
ゆっくりゆっくりと、洗濯をしているおばあさんの背中へ近づきました。
近づく途中で、おじいさんは川原の濡れた石に足をわずかに滑らせ、
“ザッッ”
と石を踏み鳴らす音が響きました。
――しまった。
おじいさんは、額に冷や汗をかいておりました。
おばあさんに気づかれたかに思われましたが、当のおばあさんはというと、
「今日は、タヒバリがいないのかしら。いつもなら鳴き声が聞こえるのに、おかしいわね。」
おじいさんの気配には、まったく気づいていない様子でした。
おじいさんは額の汗をぬぐい、おばあさんの背中に手を伸ばせば届く距離にまで近づきました。
――しめた。
おじいさんは心の中で叫びながら、中腰から立ち上がります。
抱えてきた石を両手で頭の上にあげ、おばあさんの後頭部めがけて振り下ろします。
その瞬間。
「おじいさん、おはようございます。今日は山へは行かないんですか。それとも、川で筋トレですか?」
おばあさんの柔らかな声が、川を包みます。
「いや、これは…その…あれじゃ!新しい漬物石を拾ったから自慢しにきたんじゃ!」
おじいさんは、振り下ろそうとした石を持ったまま固まっていました。
立ち上がったおばさんは、人差し指で石を突くと、石は粉々になりおじいさんの手から抜け落ちます。
おじいさんは粉々になった石とともに、川の中へ崩れました。
「おじいさん、衣がびしょびしょじゃないですか!洗濯物は増やさないでください。はい、その衣はここで脱いでくださいね、洗っていきますから。」
おじいさんは、崩れた拍子に腰を痛め立てなくなっておりました。
おばあさんは優しい顔で、おじいさんを川から片手で引き上げ、その場で衣服を脱がせました。
ふんどし一丁のおじいさんは、濡らしてしまった衣服の洗濯が終わるまで川原で待ちました。
ところが、洗濯が終わるころになっても腰を痛めて歩けませんでした。
仕方なく、おばあさんの洗濯盥に乗せられ、引きずられながら家へ帰ったのでした。
――ああ、わしは何をやっとるんじゃろうか?
家の縁側で、寒空の中たなびく自分の衣を見て、おじいさんもくしゃみとともに季節の移ろいを感じるのでした。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
この話の続きは、金曜の夜が静まり、土曜日の刻へと移るころに、そっと綴られる予定でございます。
また次の宵に、お立ち寄りくださりますと幸いに存じます。




