2・朝稽古
ビュ!ビュ!
ザッ!
新緑の香りが漂う早朝に、黙々と木刀を振る大之進がいた。
昨今、黒船で訪れる諸外国の脅威や内政の混乱などの不安から、空前の剣術ブームが起きている。
北辰一刀流千葉道場、直心影流男谷道場、鏡新明智流桃井道場の三大道場が人気で他藩から留学してまで学ぶものも多い。
江戸は日本で剣が最も流行っている場所と言える。
剣の腕に覚えのある者は道場を開き、一般庶民に教えた。
剣術は現代で言う処のベンチャービジネスとなっている。
そして防具や竹刀の改良も進みますます過熱していった。
高名な流派では柳生新陰流・小野派一刀流などもあるのだが、幕府の御留流なので学ぶ事は実質無理である。
ただし小野派一刀流系の中西派などのように分派であれば学ぶ事は出来る。そういった血統の良い流派も人気だ。それにあやかって「当流は何某流派の技を引き継ぎ・・・」など胡散臭い輩も多く居た。
兎に角剣術大盛況の百花繚乱状態であった。
大之進の篠原家は家伝の剣の技があり、それを亡くなった父にかわり祖父から伝承された。
特に流派名は無いのだが、ただ一つ有名な剣技の「秘剣・笹鯉」があった。
この技のおかげで先先代が江戸家老殿の危機を救い、召し抱えられたと伝わっている。
救ったのは本当であろうが、その技を遣ったのは眉唾モノだ。後からつけた話しであろうと祖父は言っている。
大之進もそう思う。
篠原家家伝の剣術の大元は試刀術であろうと推測されている。
真っ向・左右袈裟・水平・左右逆袈裟・お突き後に詰めて終わり。このシンプルな型なのだ。
1時間ほど稽古をし井戸水に手拭いを浸し身体を拭く。
初夏とはいえ朝は少し涼しい。
手早く済ませて母が準備してくれた、麦飯と沢庵と波多野大根味噌汁の朝食を有り難く頂く。
刀掛け下の段より、家伝の無銘桑名物の脇差を帯び1枚目に差す。栃畑の小さな鍔に魚子の縁。目貫は無し縁頭は魚子地と言うかなり質素な作りだ。
脇差は“桑名打ち”ではなく“桑名物”だ。
桑名打ちは桑名で打たれた室町期の備前の偽物の事を指す。見かけは良く出来ているが地金が今ひとつだ。
桑名物は五箇伝と呼ばれる大和・山城・備前・相模・美濃の五国の、五大刀工流派以外の場所なので脇物になるが、切れ味が良く実戦用として重宝されていた。
刀掛け上の段より同田貫正國を取り腰に差す。
戦場刀の分厚い造りの同田貫がずっしりと重く、この重さを身体が馴染んでおり心地よい安心感を感じる。
この剣の金具は鍔は鯉の透かし彫り・目貫は鯉で縁と柄頭は竹と笹になっている。
そして先祖代々伝わる鷺の絵が描いてある鉄扇を取り腰に差す。
「母上様、行って参ります」
「待ちなさい大之進、父上の形見の脇差にしなさい!」
父の形見の伝兼元がある。
昨日、柄糸を巻き直し刀屋から届いたのだ。
「そうでした」
母から伝兼元を受け取り、入れ替えに家伝の無銘桑名物を渡す。
「励みなさい」
「はっ!行って参ります」
今日は天気が良いので庭にカキツバタが咲く、同僚の藤堂の家の方から出勤することにした。
ちょうど家を出る藤堂と出くわし、連れだって登城した。




