50 世界の救い方
豊穣祭の次の日の遅い朝。私は一人でギルドに向かった。世界の滅亡を伝えるべきかどうかそのことを考えながら、私は重い扉をくぐった。
「スー、ちょっといい?」
振り返ると、マリアンヌが立っていた。
「ルルから聞いたわ。世界が滅ぶんですって?」
私が迷っている間に、ルルはもう行動していた。
普段は何もしないあのルルがすでに動いていた。
私はギルドの応接の間へ通される。そこにはルルとミンカ、解体職員のヴェルドと料理長のダースも揃っていた。
「スー、ギルドからは私も含めてこの4人が協力するわ」
マリアンヌが言う。
「……4人?」
そのとき、部屋の隅から小さな声がした。まるで壁に溶け込むように立っていた者が、ぼそりと口を開く。
「……ギルマスのゼットーです」
私は思わず身をのけぞった。
いたのか?最初から? ギルマス?
ゼットーは、淡々と続ける。
「スーさん……最初にギルドへ来たとき、トイレに行ったでしょう。すぐ戻ってきましたが…使い方、わからなかったのでは?」
「え…?」
図星を突かれて、私は思わず固まった。
「確認したかっただけです。私の推測が合っているか」
ゼットーはかすかな声で言い、また黙り込む。
だが、しばらくしてまた口を開いた。
「他の冒険者からパーティーに誘われたとき……下を向いていつも困ったような雰囲気を作り出してますよね? でも下を向いているその表情は、心底面倒だという顔をしていますよね?」
私は言葉に詰まる。
「……それと、マリアンヌの匂いをチャンスがあれば嗅ごうとしていますよね?」
「!!」
顔が真っ赤になった。
「あら! スー、そこまで私のことを好きなの?」
マリアンヌは、頬をゆるめて言った。
ルルは隣に座るマリアンヌの匂いを嗅ごうとしていた。
ゼットーは、さらに続ける。
「掲示板に良い依頼が出たとき、真っ先にはぎ取っていたこと。
困っている冒険者には、手柄をすべてその冒険者に譲り、手を貸していたこと。
納品時は貴重な素材だけは持ち帰っていたこと。
町で何度も迷子を助けたこと。
病気の人たちに、自作のよく効く薬を渡していたこと」
「そ、そんなことまで?」
「私は、ギルドマスターです。冒険者を見守ることが仕事です」
ゼットーは、かすかな笑みを浮かべた。だがその笑みすら霞のようで、見たそばから形を失っていった。
「あーそれと、果実水の屋台であなたの考案した絶妙なブレンドの果実水は大変美味しい。私はあの店のファンですよ」
「私は存在感が薄いという特性がありますから、気付かない人も多いのですよ」
私はぞくりと背筋が震えた。自分が忘れていたことまで、この人は知っている。
マリアンヌの話を聞く。私は思わず目を見張った。ここに集まった全員マリアンヌを含めて、S級ランクの冒険者だそうだ。
「昔はパーティーを組んでいたのよ。
言う必要もないと思って黙っていただけど……」
さらりと告げるマリアンヌの言葉。この世界では、ギルドの職員こそが最強の存在でなければならないらしい。これはこの世界の常識らしい。
ギルド職員になるためにはランクで言うとA級ランクが必要だそうだ。私は、そんなことさえ知らずに過ごしていたのだ。
***
ミスリルを極限まで薄く延ばし、スライム液で磨き上げた箔。その上に魔力を流すと、光の文字が浮かび上がる。まるでタブレットのような魔道具。
「……これを、ルルが作ったの?」
「私とミンカです。ミンカはミスリルをすごく薄くすることができます。私はそこに魔法陣を刻みました」
マリアンヌが魔導版を指でなぞり、魔力を流す。
すると文字が浮かび、また消えていく。
「おもしろいわね。
こうすれば消えて……戻すには、こうかしら?」
楽しげな声を出しながら、彼女は操作を覚えていく。
ギルドカードの発明者であるマリアンヌはルルとミンカと楽し気に話をしていた。
魔導版には記憶の遺跡の石板の情報が保存されている。
石板が示すのは、この世界が生成され餌として「食われる」という事実。そして、私がこの世界に干渉できる存在であること。私はこのことを信じられるのか確認しようとしたが、ギルド職員たちは首を振った。
「……嘘だとは思わん」
解体職員のヴェルドが静かに言い、料理長のダースも頷いた。
「俺たちも感じていたんだ。この世界、どこかおかしいってな。家系を遡っても、ある点から先は霧がかかるように見えなくなる」
彼らはすでに、各ギルドを通じて世界の成り立ちを調べていたという。ドワーフ、獣人、魚人、そして今はエルフからの情報も集まりつつある。だが、どうしても“最初の歴史”にたどり着けなかったらしい。
「君がこの世界に干渉できる存在であること。これについてはわからない」
ギルマスのゼットーが言う。
「しかし、君が来てから物事が変化したことは事実だ」
室内に漂うのは、ただの恐怖ではなかった。むしろ、あまりに辻褄が合いすぎることへの戦慄だった。石板がもたらした情報は、彼らが感じていた違和感の正体を、あっさりと明確に繋ぎ合わせてしまった。
***
地の遺跡はエルフたちが解放している。
火の遺跡は私とルルで開放できたが、残された時間は半年もない。
残るは四つ
風の遺跡、水の遺跡、光の遺跡、闇の遺跡。
ギルドとの協議の末、担当を分けることになった。
「スー、君は風の遺跡を頼む。私も斥候として行こう」
ギルマスのゼットーがそう言った。
風の遺跡は、常に暴風が渦巻き、魔導船では近づけない。そのため、山岳を熟知した、山を自由に駆け抜けるアルパで向かうことになった。私とルル、ミンカ、そしてゼットーが風の遺跡の担当になった。
一方、水の遺跡は、海に住む種族の協力がおそらく不可欠だという。
「心当たりがあるわ」
マリアンヌは微笑み、象人族の冒険者パオの名を口にした。
パオ私がかつて共に旅をした仲間だ。水の遺跡近くの魔物の主を退治して魚人族に恩を売った、その功績で彼女の名は広く知られている。マリアンヌはその縁を頼り、パオを呼び寄せる算段を立てた。
「水の遺跡は魚人族に頼るとして、魔導船は魔力で動くんでしょう?なら私は操縦と古代文字の解読を担当するわ」
マリアンヌはニヤリと笑った。いつもの受付嬢の雰囲気とは違う。
「ヴェルドとダース、留守の間はギルドをお願いね」
私は思わず口をはさんだ。
「マリアンヌ、パオと二人だけで大丈夫なのか?……」
「あら、心配してくれるの?」
マリアンヌはにっこり笑い、さらっと爆弾を落とす。
「大丈夫よ。私が本気を出せばヴェルドとダースくらいならすぐ倒せるわ!」
「おい!なんで急に俺たち基準なんだ!」
「……まあ否定はできんが」
ヴェルドとダースは複雑そうに頷いた。
「それにね、魔力操作なら私も得意なの。パオもいるしね、心配いらないわ」
普段は受付のカウンターに座っている彼女の本当の実力。それは、私にはまだ計り知れない。
光と闇の遺跡については、まだ影も形もなく、場所の見当すらつかなかったが、私は推測を口にした。
「おそらく、この大地には存在しない。だが、四つの遺跡を解放すれば、その手がかりは見えてくるはずだろう」
場を和ませるために、私はあえて楽観的な道化を演じた。
半年後、光と闇が等しく交わるあの日までに、四つの遺跡を解放しよう。そして世界を救う魔道具『生命の木』を完成させてみせる、と。
この言葉に宿した希望に、嘘はない。
けれど、この身そのものを媒体として『生命の木』を成すこと。ぶっつけ本番の賭けであること。そのその真実だけは伏せた。
ルルとミンカは、いつもと変わらぬ様子でそこにいた。
それが彼女たちの答えなのだと、私は理解していた。




