44 「もどき」シリーズ
翌朝、私が目覚めるとルルが私の顔をまじかで眺めていた。
「……ん?ルル、身体は大丈夫か?」
「はい、だいじょうぶー」
舌ったらずの言葉で返答する。
ルルは朝食をミンカに食べさせてもらっていた。硬い木の実は好きではないのか首をふり、果物を剥いてもらい「あーん」と食べさせてもらっていた。
「幼児化は一時的でしょう。ルルは私のお姉ちゃん的存在ですが、私の方が実質年上です。幼児化が戻らないなら、私が母として育てます」
ミンカは真剣な顔で言った。
見た目は七歳ほど、でも実質年齢は170歳。
見た目七歳のエルフが、十七歳のルルを育てる。
ルルがおばあちゃんになっても、ミンカの見た目は十歳ぐらいだろう。常識が崩壊を起こすような光景だが、子育てとしては奥が深い世界だ。
「母の愛に年齢は関係ありません」
ミンカは果物の汁で汚れたルルの口元を丁寧に拭った。その光景は、ままごと遊びの延長のようにも見えたが、彼女の鋭い眼差しには、エルフという種族が背負う長い歴史の重みが宿っていた。
幸いなことに、幼児化したルルは私とミンカに懐いている。魔力が馴染めば自然に治るらしいが、それまではエルフの里で腰を据えて様子を見ることになった。
時間ができたことだし私はグリンに教えてもらったスクロールの研究をすることにした。
エルフはミスリルを生成、そして加工することができる。ミスリル箔を作ってもらい魔法陣を刻んでもらう。
「よし、起動テストだ」
スクロールを解き放つ。銀の薄膜が空気中の水分を吸い、一気に膨張を始めた。出来上がったのはぷるぷると震える何かだった。
それは私の前に立ちはかり、両手を広げ、「どすこい」としゃべった。見た目は私が目指していた「ぬりかべ」だが、本物(いるのかは知らないが)の威厳はない。触れてみると、冷たい。そして、ほんのりと果実の香りがする。
「……ふむ。壁というよりは、巨大なこんにゃくゼリーだな」
少し舐めてみる。甘い。その様子を見ていたのかエルフたちがどこからともなく集まりだした。そして私の「ぬりかべ」は敵を阻む間もなく、皆の午後のおやつとして切り分けられていった。
幼児化したルルはこのおやつを気に入ったのか、世話を焼くミンカのスプーンを奪い取ると、猛然と食べ進めた。そして案の定、喉に詰まらせた。
ルルの顔が赤紫に変色していく。喉の奥で、アダマンタイトの粉末と高純度の魔力が混ざり合った「ぬりかべ」が、鉄壁の防御を敷いたのだろう。周囲がパニックに陥るのをよそに、ルルは苦しそうな顔のまま次々とスプーンを口へ運び続けた。
――その時、彼女の身体が一瞬、カッと光り輝いた。
さっきまでの窒息が嘘だったかのように、彼女はケロリとして言った。
「おかわりー」
その後も研究は続いた。
洗濯機もどき。掃除機もどき。オーブンもどき。
様々なスクロールが完成した。
――しかし。
文明とは何だったのか。
私の情熱の結晶たちは、ことごとく役に立たなかった。理由は単純だ。
エルフは家事をしない。というより、家事という概念がない。
私が服を「洗濯機もどき」で洗って見せると、エルフの少女は首をかしげた。
「服はね。汚れたら魔法で作るんだよ」
彼女はパチンと指を鳴らした。
瞬間、泥だらけの服が粒子の渦になり、光とともに消える。
次の瞬間、彼女の体を新品の麻のドレスが包み込んでいた。
「……ね? 洗うより早いでしょ?」
早いとかいう問題ではない。
私の「洗濯機もどき」は、虚しく静かにくるくると回転していた。
ならば、と私はゴーレムに目をつけた。エルフの生活を支える彼らなら、この「掃除機もどき」の価値が分かるはずだ。
「ゴミはすべて地に返します」
ゴーレムたちがそう告げると、次の瞬間。
眼部から光線が放たれた。ゴミが消えた。
掃除機の存在意義も一緒に消えた。
私が「オーブンもどき」で料理を振る舞うと、エルフたちは素直に喜ぶ。
「おいしいー!」
だが、いざ自分で作るかと聞くと、途端に首を振る。
「面倒だから」
彼らにとって、手間をかけることは「豊かさ」ではなく、ただの「魔力の不備」に過ぎないのだ。
二週間が過ぎた。
ルルは相変わらずミンカに世話をしてもらっている。最近、ルルと目が合うと、彼女は露骨に目をそらすようになった。
「イヤイヤ期か?」
私はそう思いながら、人間の「魔の二歳児」という概念を思い出す。自我の芽生えが不条理な拒絶として現れる、あの厄介な時期なのかもしれない。だが、私とミンカがいれば、最低限の行動は可能だろう。
スクロールの基礎研究に一区切りがついたこともあり、次の遺跡に移動する準備を始めた。私の情熱の結晶である「もどき」シリーズを置き土産にしようとしたのだが――エルフたちに、いらないと言われた。
私は自慢の発明品たちを再び荷袋に詰め直した。
重くなった荷物を背負い、背後で、
「歩くのイヤ!」
と座り込みを始めたルルをどうにかするのが、最優先事項となった。




