43 ルルの願い
目覚めると、すべてを思い出していた。
わたしは自分を封印した。
わたしの魔力はすべてを無にした。
父と母、妹、そして弟。
そう、わたしには妹と弟がいた。
わたしは自分の記憶さえも消していた。
あの時、わたしは願った。
『消えてなくなれ』
わたしの魔力はわたしの望むまま反応した。
そして村ごと、魔物すべてを吹き飛ばした。
村の調査に来た冒険者たちがわたしを見つけた。
わたしは井戸のそばで足を抱えて座っていたらしい。
引き取られたわたしは孤児院に預けられた。
孤児院では笑わない子として、村の唯一の生き残りとして、腫物をあつかうように育てられた。
大事にはされていた。
しっかりは覚えていない。わたしはこの時、自分の生きる力を無意識に自分の魔力の封印に充てていた。魔力の封印は3年ぐらいかかったと思う。
わたしはその間、笑っていない。声も出していないと思う。
自分の内なる魔力と向き合っていた。
たぶん封印が完成したのだろう。
わたしはまた世界に干渉しだした。
突然、話すようになったわたしを見て、孤児院の人たちは喜んでくれた。
ある雨が続く日だった。
孤児院で洗濯物が乾かずわたしたちの使うシーツや、小さい子が使うおしめが乾かないことがあった。
「濡れたおしめだと、おしりがかぶれちゃうわね。困ったわ」
わたしは洗濯物を乾けばいいのにと思った。そして、
「乾いてよ」とおしめを見ながら言ってみた。
シュウ。
おしめから微かな音が出た。
おしめは渇いていた。
***
わたしの周りにエルフたちが集まった。
わたしは寝たふりをしている。
何がはじまるんだろう?
わくわくした。
エルフたちはわたしを取り囲むように円座を組んだ。
そして念話で言われた。
『あなたの過去の重しを取り除かせていただきます』
瞬時に直感が働いた。
だめだ……やめて! いやだ!
わたしがそう言おうとした瞬間、何かに拘束された。
手足、首。魔力で出来たそれは、わたしを縛り付けた。
精霊たちが現れ、わたしの身体を抑え始める。
その表情は悲しそうだった。
そんな顔するなら、やめてくれ!
わたし…、わたしは思い出したくない。
精霊たちが言葉を理解したのか、精霊たちは涙を目に溜めた。
けど、わたしを抑える力はより強くなった。
少し大きめの精霊が、わたしの胸にその手をゆっくり突き立てた。指先がぬるりと皮膚を割り、熱い内臓の隙間へと深く浸食していく。
「い”たい!」
その手が、わたしの心臓を直接掴んだ。
鋭利な激痛が神経を逆流し、脳を灼き、わたしの身体を跳ねさせた。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”」
そして、わたしの胸から太い鎖が引き抜かれる。
じゃらじゃらじゃら。
その鎖は果てしなく長かった。精霊たちは鎖の端を掴み、力任せに何度も、何度もそれを引っ張り出した。
エルフたちの詠唱が木霊する中、鎖は引き抜かれ、破壊され、わたしを拘束していた魔力の檻が崩壊していく。
――ああ、そうか。
剥がれ落ちるこの鎖は、他でもない、わたし自身が作り出していたのだ。
頭の芯を粉砕するような、大きな音が響いた。
その瞬間、世界から音が消えた。
代わりに、無数の鼓動が、静かにわたしの中に満ちていった。
***
「うん?おまえ、人の子か? 人の子がここに来れるのは、ないことなんだけどな……」
そう言うと、彼?彼女は?わたしの目を見る。
「なるほど、やっかいだね。あいつらは、ここまで生成することができるのか。これも創造の一つの流れか。まあ、すべてを受け入れよう」
そして続けて言った 。
「……君をやっかいと言っているわけじゃない。君はよくやった、と言える。そこまで創造の流れを受け入れることは、褒められることだよ」
わたしの身体は魔力で溢れていた。
そして、すべてに繋がりながら私の魔力は遠くまで広がっていった。
声の主は、霞のような光を纏っていた。
形は曖昧で、男にも女にも見えるし、精霊にも見えた。
その瞳だけが、古い星のように淡く瞬いている。
その存在の言葉を聞いても、状況がわからなかった。
だれかの意識の中にいるような気分だった。
「創造の流れ……」
わたしは無意識につぶやいた。
「そう。君が“魔力”と呼ぶそれは、世界が呼吸するたびに生まれる息のようなものだ。吸えば形を持ち、吐けば世界の一部になる。
ほとんどの者は吸うことしか知らない。
君は、吐くことを学んだ」
「吐くこと……?」
「うん。君は“繋がる”ことで、この世界に己を委ねた。
支配ではなく、これは共鳴だ。それこそが創造の根本だよ」
訳がわからなかった。
しかし、その言葉は、心の奥の静かな泉に落ちていく。
「では、あなたは……誰?」
光の影がわずかに笑ったように見えた。
「もう誰でもない。すべてに属しているがどこにも属していない。
もし呼ぶなら……“傍観者”とでも言っておこうかな」
その傍観者はゆっくりと手を伸ばし、わたしの額に触れた。
その指先から、星の欠片のような光が流れ込む。
「君の視る世界は、これからがらりと変わる。
見えぬ声を聞き、聞こえぬ景色を見るようになるだろう。
“繋がる”とは、すべてを受け入れたということ。
拒絶することではないよ」
光が消えた。
気づけば、わたしは静寂の中にいた。
風がないのに、頬を撫でる温もりを感じた。
それは、とても大きな世界の呼吸のようだった。
「君はわたしの存在を認識した。それは私とも共鳴しているということ。迷うことなかれ、君の流れがどこまでいけるのか。
また会うときは、ゆっくりと茶でも飲もう。
君のことは気に掛けるようにする」
傍観者の声は、次第に遠ざかる鐘の音のように、静かにその世界に溶けていった。わたしは言葉の余韻に包まれながら、胸の奥で小さく息をついた。
『気に掛けるようにする』その言い回しがどこか可笑しくて、思わず笑ってしまう。
どんなお茶菓子がでるんだろう?
そんなことを思いながら、長い夢のような時間から私は目覚めた。
けれども、これは夢ではない。
目覚めたわたしの中には、確かに世界の呼吸が流れこんでいた。風の震え、命の鼓動、水の動き、星の瞬き、それらすべてが、わたしの中を通り抜けていた。
***
「……すべて、繋がっている」
空を見上げると、薄い光の糸が幾重にも重なって天を走っていた。
その一つひとつが、誰かの命であり、思いであり、世界の記憶だった。
傍観者の姿はもうない。
ただ、その気配を探せば、「コツリ」と何かの音があたりに響く。
そんな気がした。
“また会おう”
その声が、確かに耳の奥に残っていた。
わたしは目を閉じた。
そして、流れに身を任せる。
新しい世界の呼吸に合わせるように。
空には天蓋のような魔力の層が見えた。
地面には魔力の網がどこまでも広がっている。
わたしはそっとその魔力の網に触れてみる。
正しくは、触れようと意識しただけだ。
魔力を通じて、この世界のすべてと繋がったことを理解する。
手を空にかざせば、まだ見ぬ他の星々とつながり、またその星で暮らす生き物にも繋がる。
遥か遠くからの誰かの小さな安堵、孤独な食卓。
そのような生き抜く姿が、ルルの中を通り過ぎていく。
魔力は決して炎などを生成するために使うものではない。
従来の魔法は、魔力の使い方を誤っていたのだ。
魔力はそこに存在するもの、すべてと繋がるためにある。
わたしたちは魔力の繋がりを意識し、一つの大きな流れに身を任せればよいだけだった。
わたしはこの瞬間、はっきりと魔力を理解した。
そして、この魔力と繋がった新しい世界に、わたしは心も身体もゆだねる。それは、とても心地よくて、きれいな世界だ。
どこまでも寄り添うようなこの繋がりは、どこまでもわたしを導いていく。




