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「私はバグか?」祝福された世界で、元AIの少女はエラーを吐く  作者: Manpuku
第3章 遺跡の歩き方

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42 不思議な目覚め

翌朝、私は部屋を満たしている「静かすぎる沈黙」の気配に目覚めた。寝ているルルの周りにエルフたちがいるのが見える。


「しー」

全員が私に向かって指を口元に立てる。


十本近くの人差し指が一斉に並ぶ光景は圧倒的に可愛らしかった。

私はエルフたちが何をするのだろうかと見守った。


よだれを垂らして眠るルルの周りに、円座を組むエルフたちが手を差し伸べる。グリンが静かに声を上げると、微細な光の粒が空気に漂い精霊たちが静かに現れた。


火の精霊がルルを照らし、風の精霊が髪をそっと揺らす。水の精霊は微かな波紋のように手足を巡り、土の精霊が身体を支える。


うっすらと、鎖や首輪がルルの身体から浮かび上がった。


その鎖は手足、さらには首にまで絡みつき、ぐるぐるとルルの身体に食い込んでいた。魔力がはっきりと具現化した。私でもはっきり見えるほど強靭な鎖だった。


「ガチャン……ガチャン……!」

精霊たちが青白い光を注ぎ込むと、鎖が破壊される音とともに、ルルの身体を強い閃光が走った。眠りの中にいるはずの彼女の指先が、何かに縋るようにシーツを強く掴む。


「い”……だ、い”…………っ!」


喉の奥から絞り出されたような、ひどく掠れた悲鳴だった。鎖は砕かれるたびに、その呪いを解き放つようにどろりとした闇と、それを打ち消す光を溢れ出させた。


「恐れの影よ、いま光へと。傷は刻まれし証。そのすべてを抱きて力となれ」


「精霊たちよ、深き魔に澄ませ、この魂を再び開き、清らかな川のように流れよ」


詠唱が終わると、残っていた鎖のすべてが砕け散り、衝撃波が辺りに広がった。ルルは一度だけ、静かに息を吐くと、糸が切れたように眠りについた。


「ミンカに頼まれたんだ。

ルルは魔力の灯を心の奥に閉じ込めている。それを解き放ってほしいって」



その日の夜が来ても、まだルルは眠っていた。


私は一日中ルルの看病をしていた。度々ミンカがやってきて様子を見に来る。汗をかいたら拭い、服を着替えさせた。口がたまにモゴモゴと動くので、水や食べ物を含ませる。


果たして無意識の状態で人間は咀嚼できるのだろうか。そんなこちらの困惑をよそに、ルルは実にもぐもぐと、規則正しく顎を動かしていた。


……まあ、ルルだしな。生存本能が食欲の形をしているのなら、これほど頼もしいことはない。私は彼女の嚥下を確認しながら、少しずつ、命を流し込むように食べさせた。


このエルフの里は静まり返っていた。私はルルと二人だけの世界に閉じ込められたような気がした。耳を澄ませても誰の足音も聞こえない。


次第に日が沈み、夜が深まると、エルフの歌が遠くから聞こえてきた。


私はその歌声にルルのそばで耳をすます。


ゆっくりと揺れるような旋律は、少し離れた焚き火の光が呼応するようにちらついた。冷たい夜気の中に、その歌だけが妙に温かかった。


この歌は『エルフの暮らし』ではない。


あの歌よりも、土の中で根を張るような旋律。日々への感謝ではなく、生き抜いた者たちが静かに背中合わせで語り合うような響き。まるで、長い長い年月のどこかに置き忘れてきた傷を確かめるように。


私はルルの額に手を当てる。

まだ熱い。だが呼吸は穏やかになっていた。


「……ルル、大丈夫だよ」


そう声をかけたが、返事はなかった。


その代わり、外からの歌声が強くなった気がした。

まるで返事の代わりのようにこの部屋に流れ込む。


これは、誰かを送り出す歌だろうか。

それとも、誰かを呼び戻すための歌なのか。


どちらにも聞こえるような、優しさと寂しさが滲んでいた。


外に出て確かめようと思ったが、足は動かなかった。

この歌に浸りながらルルの傍を離れることが、取り返しのつかない喪失に繋がるような、妙な『怖さ』があったからだ。


ただ、じっと座り、歌声とルルの呼吸を重ねて聴く。


2万年もの長い命を持つエルフは、これからどれほどの夜を、静かに、そして孤独に越えていくのだろうか。


歌はやがて、ひとつの言葉に収束するように静まっていく。

暖かく、しかし胸の奥が少し疼くような余韻だった。


そして私は、ふと気づく。

この歌は、今日の私に向けられているのではないか、と。


外から響いた歌は、ここで生きる者たちが見つけた「答え」なのかもしれないし、あるいは、答えではなく、ただ夜を過ごすために自分たちを支える『音』にすぎないのかもしれない。


でも今の私は、どちらでもいい。


ルルは生きようとしている。

ミンカも、生きている。

そして私は、その二人のそばにいる。


それだけで、今は十分だ。


小さく息を吐く。


部屋の中に静けさが戻ると、外の歌が残した温もりだけが、まだ耳の奥にふわりと揺れていた。


その温もりを抱えたまま、ベッドで私は目を閉じた。

明日を考えるのは、それからでいい。


夜は、静かにほどけていく。

音もなく、色もなく、ただ静かに。


その夜の向こう側に何が待っているのかは、わからない。

けれど、今はそれでいいのだと思えた。

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