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「私はバグか?」祝福された世界で、元AIの少女はエラーを吐く  作者: Manpuku
第3章 遺跡の歩き方

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41 二進数の声

 ……最大速度、三千キロ。


 私の脳内は魔導船の意思と融合していた。やはり速度とは、思考の拡張機能に他ならない。空を裂くフォルムの美しさが、眠っていた私の美意識を叩き起こす。


 魔法推進は、私の世界を塗り替えていく。


 ミスリルに刻まれた残光が、網膜の裏で瞬く。そのすべてが、私の神経を焼き切らんばかりに刺激した。……いける。これなら宇宙に届く。届くぞ、宇宙へ!


「あっはっはっは!」


 思考は制御を失い、濁流となって溢れ出す。我らが『エンタープリンス』は、必死に羽ばたくワイバーンの群れを、嘲笑うかのように抜き去っていった。


「スー、あそこの森の奥だよ」


 壊れた機械のように笑い続ける私に、隣のミンカが呆れた声を投げた。そこにあるのはヴェリカの森。彼女が静かに暮らしていた、あの場所だ。


 濃い針葉樹が折り重なるように果てしなく続き、緑の海となって地平線まで広がっている。人の領域など容易に呑み込みそうな圧を放つその樹海のどこかに、今回の目的地である「地の遺跡」は眠っていた。


 ドワーフの街からここまで、所要時間はおよそ二時間。道中、超音速飛行特有の振動に悩まされたが、船体先端を真空化する魔法陣を展開することでほぼ解消に成功している。私は頭の中でさらなる可能性を計算しながら、魔導船を遺跡付近へと静かに着陸させた。


 ***


 エルフたちが出迎えた、みんな子どもだった。

 ミンカは集まるエルフたちと光り輝く『記憶の玉』を指先で合わせる。


 …ETだな。

 私は思わず笑う。

 しかし、エルフたちの情報共有の効率には感心させられる。


「やあ!スー!」


 僕っ子のグリンが駆け寄ってきた。

「すごいね、魔導船!それにミンカも楽しく過ごせたみたいだね」


 再会の挨拶もそこそこに、グリンは私の右手をひったくるように掴んだ。指先が合わさった瞬間、私の「記憶の玉」が生成される。


「うん。なるほど」

 グリンは何やら、私の手を握りながらうなずく。


「こういうのはどうかな?」

 そう言うとグリンは自分の記憶の玉を私の指に合わせた。

 グリンから情報が伝わる。


 ――スクロール。


 ミスリル箔に魔法陣を固定し、外部ストレージのように魔法を運用する技術。なるほど。これなら私も使える。


 私はスクロールについてグリンと話し合った。


 魔法は理解できなくても、彼女は私にわかりやすく説明してくれた。

 そして私たちはこれからの『様々なこと』を話した。


 ***


 その日は、エルフの村に泊まることになった。彼らはささやかな歓迎会を開いてくれた。並んだ料理は素朴で、いかにも健康に良さそうなものばかりだ。


「どうぞ。これはミール酒です。これしかお酒はないのですが、滋養がありますよ」ゴーレムが礼儀正しく飲み物を持ってきた。自律型ロボットのような振る舞いだ。一体、どんな制御アルゴリズムで動いているのだろう。


 私はゴーレムに礼を言ってミール酒を口に含む。食事が終わると、エルフたちが歌い出した。食後の楽しみとして、彼らは歌を好む。


 歌の名前は『エルフの暮らし』。生きるために、特別なことは何もいらない。日々の糧に感謝し、命が繋がっていることを喜ぶ。季節の移ろいを愛で、仲間と共に在る。それだけで十分なのだと、彼らは歌う。


 2万年以上を生きる長寿のエルフたちが、その静かな声を重ねていた。「ただ生きていれば、大丈夫なんだよ」そんなふうに、そっと背中を押されるような歌だった。


 2万年という時間概念そのものが、私の理解の範疇を超え、奇妙な感覚を呼び起こす。同時に、ある残酷な予測が脳内を過った。 私のいない世界でも、ミンカはこの先、果てしない時間を生きていかねばならない。その現実が、計算不能な重みとなって胸の奥に響く。


 私は思う。

 このミンカを支えるために、私は「何か」を残さなければならない、と。


 ***


 その夜、私は夢を見た。闇とも光ともつかぬ境界に、私は立っていた。


 足元には水面のような揺らぎが広がり、波紋は触れれば音もなく消えていく。遠くで、誰かの名を呼ぶ声がした。


 ミンカの声にも似て、ルルの声にも似て、しかしどちらでもない。それは、未来から届いた「残響」のようだった。


 気づくと、私の前に二つの影が立っていた。


 ひとつは、細い枝葉のように伸びる影。風に揺れ、青白い光をまとっている。 もうひとつは、何かがほどけた後の残像のような影。輪郭はまだ不安定なのに、不思議な温もりを宿していた。


 影たちは何も言わない。ただ静かに、私を見つめている。問いかけるようでもあり、託すようでもあり、あるいは責めているようでもあった。


 どこからか、歌が流れてきた。

 誰かを送り出し、誰かを呼び戻し、誰かを支えるための歌。


 私は手を伸ばした。枝葉の影はそっと触れ、波のようなざわめきを返す。輪郭の影は私の胸に触れ、小さな震えを残した。


「11100111 10100111 10000001 11100011 10000001 10101111……」


 言葉を続けようとすると、影たちは夜風のように形を失っていった。代わりに残ったのは、静かな光だけ。光は水面へ落ち、波紋となって世界の端まで広がっていく。


「大丈夫。あなたは人間だよ」


 遠くで響いたはずの音が、耳元でささやかれた。その瞬間、夢の景色は柔らかく破れ、私は夜明け前の静けさへと引き戻された。


 胸の奥に、まだ言語化できない小さな響きが灯っている。その温もりに身を預けるように、私はもう一度、深い眠りへと沈んでいった。

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