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「私はバグか?」祝福された世界で、元AIの少女はエラーを吐く  作者: Manpuku
第3章 遺跡の歩き方

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40 魔導船

 鍛冶ギルドの広間は、いつもと違う重苦しい空気に包まれていた。スーが設計図を叩きつけるように広げると、ドワーフたちが地鳴りのような足音で集まり、太い腕を組んで図面を睨みつける。


「……空飛ぶ船だと? 正気か、小娘」


 野太いうなり声を黙らせたのは、一人のエルフだった。少女が指をかざすと、鈍色に光るミスリルがふわりと宙に浮く。それは生き物のようにうねり、自在に形を変えてみせた。


「ほら、これならどんな形にも調整可能です」


 ミンカのその一言と、報酬がミスリルであるという事実。ドワーフたちの眼光が、獲物を狙う獣のように鋭く変わる。


 スーが広間全体を見渡し、鋭い号令を飛ばした。

「ルルはミスリルのエンチャント! ミンカはミスリルの形状調整! 職人たちは私と船の組み立て、基本フレームに集中する!」


 ***


「ガガァン!」 「ゴンッ!」

 数十の重いハンマーが、一斉に鋼を叩きつける。衝撃が足の裏から突き抜け、鼓膜を震わせた。巨大なふいごが、ドラゴンの咆哮のごとく熱風を吐き出していた。


 ルルの魔法陣とミンカの精霊魔法が、その炎と風にさらなる力を注ぐ。


「本当にいいのか?歴史ある炉が崩れる可能性がある」


 スーが隣のギルドマスターに問いかけると、彼は豪快に鼻で笑った。


「構わねぇさ。壊れたら、また作り直すだけだ!」


 ギルマスはそう言い捨てると、自らも熱気渦巻く炉の前へと踏み出した。


「おい!火力が足りねぇぞ! 炭をくべろ、死ぬ気で煽げッ!」


 飛び散る火花が彼らの汗ばんだ髭を焼き、煤けた肌を赤く照らし出した。その喧騒の中心で、スーは額に滲む汗を無造作に拭った。


「親方!竜骨ができたぞい!」


 響き渡る報告に、スーは鋭く応えた。


「わかった、今行く!」


 作業が進むにつれ、いつの間にかスーは“親方”と呼ばれるようになっていた。ドワーフたちの手曲げの精度や、船体のわずかな厚みの差を的確に指摘し続けるうち、頑固な彼らが自然とそう口にするようになったのだ。


「……ここを、もう一度なでてみろ。わかるか?」


 スーが指し示した箇所を、ドワーフが太い指でなぞる。


「この部分、手のひらの肉がわずかに引っかかる」


 ドワーフたちが思い描く竜骨は、船を支える頑強な「骨」に過ぎない。だが、スーが求めているのは空を舞い、深海を征く、未知の船体だ。


「壊れたら打ち直す。それが我らドワーフの誇りだ」


 一人の職人が、伝統の重みを込めて言い返した。だが、スーの言葉はその誇りの根幹を、静かに、しかし力強く揺さぶった。


「壊れないことは大前提だよ。でも、それだけじゃ足りない」


 彼女は視線を鋭くし、言葉を継いだ。


「設計を理解し、素材を理解し、世界の法則を理解する……そして最後は『勘』だ! ドワーフの魂が輝くのは、その先だろう?」


 スーは竜骨をすーっと撫で、手のひら全体で仕上がりを確かめていく。そこには確かな慈しみがあった。まるで、生まれたばかりの鉄の赤子に傷がないかを確認する、母親のような手つきだった。


「親方は……可愛がっているのか?」


 呆然と立ち尽くすドワーフの呟きが、熱気の中に消えた。


 ただ叩き、形を成すだけではない。完成図を血肉とし、素材の流れを読み、大空を駆ける船の姿を、誰よりも鮮明に想像する。


「……ここは、まだ甘い」


 スーの鋭い一言で、竜骨はさらに洗練を極めていく。


 最初は奇妙な癖に見えた彼女の「撫でる」という行為も、いつの間にか職人全員が真似るようになっていた。


「叩くだけじゃ足りねぇ。鉄の声を聞くには、手のひらで撫でるんだ」


 後世、ドワーフの鍛冶文化において「愛でる(めでる)」と呼ばれる儀式が生まれたのは、この瞬間だった。


 仕上がった肌を、ただ手のひらで確かめる。一見すれば単なる確認作業にすぎない。だがそれは、冷たい鉄に熱い魂を吹き込み、共鳴するための、祈りにも似た習慣となったのだ。


 ***


『炉の祭り』 新年を祝う、ドワーフにとって最も大切な祭りだ。彼らの象徴である炉に感謝を捧げ、火と共に新しい一年を迎える。


 フィオーナは、波止場を見下ろす展望台のベンチに腰を下ろしていた。ぼんやりと空を見上げながら、今朝、宿を立っていった三人の少女たちのことを思い出している。


「昼前になったら、あそこの高いところにいてね!」


 宿の窓から見える小高い塀を指さして、彼女たちは元気に去っていった。


「……おい、またため息か?」


 隣から声をかけてきたのは、夫のガンスだ。遠洋漁業から『炉の祭り』に合わせて帰港したばかりの彼の隣には、二人の息子、バンスとザンスも並んでいる。


 昨夜は三人の少女たちのために、賑やかなお別れ会を開いた。最後には強い酒『竜殺し』まで空けて笑い合った、彼女たちの眩しい笑顔が目に浮かぶ。


 その時だった。


「おおおおおおおお!!!」


 地響きのような咆哮が、静寂を切り裂いた。


 フィオーナが視線を向けると、空に光り輝く船が浮かんでいた。


 青白い光をまとい、歌うような音を響かせる船。それは、新年を祝福するように、空に浮かぶ魔導船だった。


 先ほどまで祝杯と笑い声に満ちていた街は、いまや水を打ったように静まり返る。ドワーフたちは誰一人として息をするのも忘れ、ただその光景を見上げていた。


 魔導船の甲板に、ミンカがふわりと立っていた。


「……とても、気持がいい」


 自分たちの手で叩き上げ、魂を吹き込んだ船が、空をゆっくりと進んでいる。その純粋な喜びに、彼女の胸は高鳴っていた。眼下の街から地響きのように湧き上がる歓声が、ミンカの魔力を熱く脈動させる。


 その感情に応えるように、彼女の周囲の空気がゆらりと歪んだ。


 次の瞬間、宙に弾けた火の粉が、意志を持つ小さな精霊たちへと姿を変えていく。


 赤橙の羽を持つ鳥。

 踊るように揺れる人影。

 炎の尾を引く蝶。


 次々と産声を上げる火の精霊たちが、船を祝福するように囲み、華やかに舞い踊った。


 その光景を前に、ドワーフたちは一人、また一人と膝をついた。鉄を叩き、現実を形作ってきた彼らにとって、それはもはや技術を超えた「奇跡」そのものだった。


「………………」


 静寂の中、船は火の精霊たちに導かれ、黄金の残光を曳きながらゆっくりと高度を下げていく。やがて、街の人々の顔がはっきりと見える距離まで近づいた、その時だった。


「おかーさん! フィオーナおかーさん!」

 静寂を切り裂く、幼い叫び。 その切実な声が響いた。


 甲板から、ミンカが全身で手を振り、声を張り上げる。

 ミンカはフィオーナを見つけると精一杯の大声をあげた。


「行ってくるね! また帰ってくるから!」


 その言葉に応じるように、精霊たちがぱっと舞い踊り、空一面に火の粉の花を咲かせた。


「いってらっしゃい! いつでもおいで! 待ってるから!」


 フィオーナとその家族の声が重なる。

 周りの人々もその声に合わせた。


 炎の光に包まれた船は、祈りと歓声を受け止めながら遠ざかっていく。フィオーナはその姿を胸に焼き付け、涙をこらえて微笑んだ。


 必ず帰ってくる。


 それは願いではない。

 何度も繰り返されてきた事実だ。

 夫や子供たちを何度も見送り、そして彼らは帰ってきた。


 ミンカの声が遠くから響く。

 大きく、腹の底から出る、戻ってくる者の声。


 遠ざかる船が小さくなるまで、何度も、何度も。

 帰る場所がここにあると、届くように。


 フィオーナは腕を振り上げた。

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