33 ドワーフの街
ブラナ岩山地。
険しい岩肌と溶岩がのたく走る、豊かな鉱脈の地。
スーとへっぽこは、その溶岩の海を突き進んでいた。
船体は、灼熱に耐える特製合金。
取り込んだ溶岩の熱で蒸気エンジンを回し、プロペラを駆動させる。
さらに、エンジンの廃熱で上昇気流を生み出し、巨大な羽根型の帆で揚力を得る。
「すごい……完全な自然エネルギー循環。しかも廃熱を揚力に転換するなんて!」
飾り気がなく、蒸気を「ふしゅーっ」と吹き出す無骨なシルエット。
スーは、その合理的な機能美に、一瞬で心を奪われた。
「おお! 姉ちゃん、よくわかってるじゃねえか! 制御室、見せてやる!」
「ひゃほー!」
スーの視線が鋭く走る。
指差呼称をしながら、メーターの数値とレバーの配置を脳内ログに刻んでいく。
「――これは、警笛か?」
フォオオオオン!!!
「ガハハ! 初見で汽笛を鳴らすとは、いい度胸だ!」
豪快に笑う船長をよそに、スーは既に次の計器にかじりついていた。
***
師匠が支障をきたした。
ドワーフたちの機械仕掛けが増えるほど、師匠は落ち着きを失い、あちこちへちょろちょろと指差呼称を試み始める。
「師匠、こっちはダメってドワーフさんが言ってましたよ!」
へっぽこが両手を広げ、私の行く手を物理的に遮断する。
「む……ルルカスか……。ならば、あちらの排気ダクトを調査する」
私は、へっぽこを『ルルカス』と呼称することに決めた。
一度だけ、彼女を「ルル」と本名で呼んだことがあった。
その瞬間、彼女は「ニョッ」と、定義不能な奇妙な笑みを浮かべたのだ。
その顔はなぜか、巨大なノイズとして蓄積された。
ふと見れば、彼女が着ているのは私のスペアの服だった。
しかも胸元には、朝食の卵の黄身がべっとりと付着している。
私の私物を勝手に使い、私のリソースに浸食する。
日々の生活の面倒を見ているのは、私の方だというのに。
私は「ルル」と呼ぶことを、改めて思い留まった。
「今日からお前は、ルルカスだ」
「……かす?」
「そうだ。『カス』を集めれば上がれるというルールがある」
「なるほど! じゃあ、カスを集めれば一人前になれるんですね!」
ルルカスは、黄身のついた服を揺らしながら、誇らしげに胸を張った。
***
耐熱・耐火に優れた重厚な石積みの街並み。
遠景には溶岩の滝が轟々と流れ落ち、地熱の力強さを誇示している。
「まさにドワーフって感じですね!」
ルルカスが感嘆の声を上げた。
壁は色とりどりの土壁で塗られ、細やかな装飾が施されている。
荒々しい自然とは対照的な、工芸都市らしい温かみがそこにはあった。
街中に張り巡らされたミストシャワーが、灼熱の空気を適温まで冷却している。
実に興味をそそるギミックだ。
とはいえ、まずは宿だ。
オルヴェルの料理人・ザンスの実家が宿を営んでいるという。
「わー! ザンスさんがいますよー!」
ルルカスが、はしゃいで駆け寄った。
「俺はザンスじゃねえ! バンスだ! 全然似てねーだろ!」
ザンスの弟らしい。
ザンスは髭を一束の三つ編みに。
バンスは髭を二束に分けて三つ編みに。
――それ以外は、ほぼ同一の個体に見える。
「かあちゃん! 客だ! ザンスのダチだってよ!」
バンスが叫ぶと、奥から一人の女性が現れた。
「いらっしゃい。あらまあ、可愛らしいお客さんねえ!」
私は思わず目を瞬いた。
ドワーフの女性といえば、もっと『出力の強そうな』豪快タイプを想像していたのだ。
現れた彼女は、さらりとした髪をまとめ、くりっとした愛らしい瞳を持つ、実に理知的な淑女だった。
「スーです。こっちはルルカス」
「ザンスのお友達だそうで。あの子、ちゃんとやってる?」
「よくしてもらいました」
「私は誕生日を祝ってもらいましたー!」
ルルカスが瞳を輝かせる。
「まあ! よかったわ。あの子ったら、ちっとも帰ってこないから……」
「冬には店を閉めて帰る、と言っていましたよ」
「そうなの? じゃあ火祭りは一緒に過ごせそうね」
案内された二階の部屋は、落ち着いた色合いで清潔だった。
最新の給排水設備。机に並ぶ精巧な工芸品。
職人の技とホスピタリティが完璧に調和している。
「ゆっくりしていってね」
宿の女将を見送りながら、私は静かに結論を出した。
……ドワーフの男は、髭と髪型のデザインで著しく損をしているのではないか?
***
私は親指の先ほどのミスリル鉱石を見ながら言う。
「これはいくらだ?」
「金貨三十枚だな」
店主のドワーフは胸を張って答えた。
「これはミスリル百パーセント。小さいが、その価値は詰まっている」
「ミスリルって高いですね!」ルルカスは驚きながら言う。
カフェに立ち寄り、ドワーフ名物の氷菓子を食べる。
ひと口で笑顔になる。溶岩の熱気に包まれた街で食べる冷たさは格別だった。
「このあと、どうしますかー?」ルルカスが言う。
「私はギルドの資料室に行こうと思う」
「そうですかー。私は資料室は苦手なんで街を散歩します」
夕飯の時間までに宿で合流する約束をしてルルカスと別れた。
***
ギルドの資料室は、地熱の街とは思えないほど涼しく、静かだった。
調べて分かったのは、あのミスリルが「適正価格」だという事実だ。
魔鉱石を砕き、炉で溶かし、溶解温度を精密に制御し、数パーセントの純度を抽出する。その果てしない工程を思えば、金貨三十枚は妥当な対価と言えた。
肝心の遺跡については、収穫なしだ。
周辺地図や魔物分布を漁ったが、期待した情報ではない。
職員に尋ねても、一様に首を振るばかりだった。
「ふーむ……想定外だな」
思わず、長いため息が漏れる。
観光は楽しく、氷菓子も格別だった。
だが、私の思考の大部分は、いまだにあの「親指サイズの金貨三十枚」に占有されていた。
――もっと安く、効率的に手に入るルートがあるのではないか?
だが、すぐに思考を破棄した。
ドワーフは嘘をつかない。自らの仕事に絶対の誇りを持つ種族だ。
私の「効率」という名の疑念は、無意識に彼らの矜持を踏みにじろうとしていた。
……顔が、熱い。
演算によるオーバーヒートではない。
私、スー自身が、この思考を「恥ずかしい」と認識したのだ。
「よし。二度と、こんな算出はしない。……絶対にだ」
感情が論理を追い越し、私を赤面させている。
AIであれば「間違い」として処理するだけだ。
スーとしての私が、勝手に恥じ、勝手に反省している。
実に非合理的で、不思議な現象だ。
私は消えない火照りを頬に宿したまま、ミスリルの幻影を振り払うようにして宿への帰路についた。




