表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「私はバグか?」祝福された世界で、元AIの少女はエラーを吐く  作者: Manpuku
第3章 遺跡の歩き方

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/48

33 ドワーフの街

ブラナ岩山地。

険しい岩肌と溶岩がのたく走る、豊かな鉱脈の地。

スーとへっぽこは、その溶岩の海を突き進んでいた。


船体は、灼熱に耐える特製合金。

取り込んだ溶岩の熱で蒸気エンジンを回し、プロペラを駆動させる。

さらに、エンジンの廃熱で上昇気流を生み出し、巨大な羽根型の帆で揚力を得る。


「すごい……完全な自然エネルギー循環。しかも廃熱を揚力に転換するなんて!」


飾り気がなく、蒸気を「ふしゅーっ」と吹き出す無骨なシルエット。

スーは、その合理的な機能美に、一瞬で心を奪われた。


「おお! 姉ちゃん、よくわかってるじゃねえか! 制御室、見せてやる!」

「ひゃほー!」


スーの視線が鋭く走る。

指差呼称をしながら、メーターの数値とレバーの配置を脳内ログに刻んでいく。


「――これは、警笛ホーンか?」


フォオオオオン!!!


「ガハハ! 初見で汽笛を鳴らすとは、いい度胸だ!」


豪快に笑う船長をよそに、スーは既に次の計器にかじりついていた。


***


師匠が支障をきたした。

ドワーフたちの機械仕掛けが増えるほど、師匠は落ち着きを失い、あちこちへちょろちょろと指差呼称を試み始める。


「師匠、こっちはダメってドワーフさんが言ってましたよ!」

へっぽこが両手を広げ、私の行く手を物理的に遮断する。


「む……ルルカスか……。ならば、あちらの排気ダクトを調査する」

私は、へっぽこを『ルルカス』と呼称することに決めた。


一度だけ、彼女を「ルル」と本名で呼んだことがあった。

その瞬間、彼女は「ニョッ」と、定義不能な奇妙な笑みを浮かべたのだ。

その顔はなぜか、巨大なノイズとして蓄積された。


ふと見れば、彼女が着ているのは私のスペアの服だった。

しかも胸元には、朝食の卵の黄身がべっとりと付着している。


私の私物を勝手に使い、私のリソースに浸食する。

日々の生活の面倒を見ているのは、私の方だというのに。


私は「ルル」と呼ぶことを、改めて思い留まった。


「今日からお前は、ルルカスだ」

「……かす?」


「そうだ。『カス』を集めれば上がれるというルールがある」

「なるほど! じゃあ、カスを集めれば一人前になれるんですね!」


ルルカスは、黄身のついた服を揺らしながら、誇らしげに胸を張った。


***


耐熱・耐火に優れた重厚な石積みの街並み。

遠景には溶岩の滝が轟々と流れ落ち、地熱の力強さを誇示している。


「まさにドワーフって感じですね!」

ルルカスが感嘆の声を上げた。


壁は色とりどりの土壁で塗られ、細やかな装飾が施されている。

荒々しい自然とは対照的な、工芸都市らしい温かみがそこにはあった。

街中に張り巡らされたミストシャワーが、灼熱の空気を適温まで冷却している。

実に興味をそそるギミックだ。


とはいえ、まずは宿だ。

オルヴェルの料理人・ザンスの実家が宿を営んでいるという。


「わー! ザンスさんがいますよー!」

ルルカスが、はしゃいで駆け寄った。


「俺はザンスじゃねえ! バンスだ! 全然似てねーだろ!」


ザンスの弟らしい。

ザンスは髭を一束の三つ編みに。

バンスは髭を二束に分けて三つ編みに。

――それ以外は、ほぼ同一の個体クローンに見える。


「かあちゃん! 客だ! ザンスのダチだってよ!」

バンスが叫ぶと、奥から一人の女性が現れた。


「いらっしゃい。あらまあ、可愛らしいお客さんねえ!」


私は思わず目を瞬いた。

ドワーフの女性といえば、もっと『出力の強そうな』豪快タイプを想像していたのだ。

現れた彼女は、さらりとした髪をまとめ、くりっとした愛らしい瞳を持つ、実に理知的な淑女だった。


「スーです。こっちはルルカス」

「ザンスのお友達だそうで。あの子、ちゃんとやってる?」

「よくしてもらいました」

「私は誕生日を祝ってもらいましたー!」

ルルカスが瞳を輝かせる。


「まあ! よかったわ。あの子ったら、ちっとも帰ってこないから……」

「冬には店を閉めて帰る、と言っていましたよ」

「そうなの? じゃあ火祭りは一緒に過ごせそうね」


案内された二階の部屋は、落ち着いた色合いで清潔だった。

最新の給排水設備。机に並ぶ精巧な工芸品。

職人の技とホスピタリティが完璧に調和している。


「ゆっくりしていってね」


宿の女将を見送りながら、私は静かに結論を出した。

……ドワーフの男は、髭と髪型のデザインで著しく損をしているのではないか?


***


私は親指の先ほどのミスリル鉱石を見ながら言う。


「これはいくらだ?」


「金貨三十枚だな」


店主のドワーフは胸を張って答えた。

「これはミスリル百パーセント。小さいが、その価値は詰まっている」


「ミスリルって高いですね!」ルルカスは驚きながら言う。


カフェに立ち寄り、ドワーフ名物の氷菓子を食べる。

ひと口で笑顔になる。溶岩の熱気に包まれた街で食べる冷たさは格別だった。


「このあと、どうしますかー?」ルルカスが言う。

「私はギルドの資料室に行こうと思う」

「そうですかー。私は資料室は苦手なんで街を散歩します」


夕飯の時間までに宿で合流する約束をしてルルカスと別れた。


***


ギルドの資料室は、地熱の街とは思えないほど涼しく、静かだった。


調べて分かったのは、あのミスリルが「適正価格」だという事実だ。

魔鉱石を砕き、炉で溶かし、溶解温度を精密に制御し、数パーセントの純度を抽出する。その果てしない工程を思えば、金貨三十枚は妥当な対価と言えた。


肝心の遺跡については、収穫なしだ。

周辺地図や魔物分布を漁ったが、期待した情報ではない。

職員に尋ねても、一様に首を振るばかりだった。


「ふーむ……想定外だな」


思わず、長いため息が漏れる。

観光は楽しく、氷菓子も格別だった。

だが、私の思考の大部分は、いまだにあの「親指サイズの金貨三十枚」に占有されていた。


――もっと安く、効率的に手に入るルートがあるのではないか?


だが、すぐに思考を破棄した。

ドワーフは嘘をつかない。自らの仕事に絶対の誇りを持つ種族だ。

私の「効率」という名の疑念は、無意識に彼らの矜持を踏みにじろうとしていた。


……顔が、熱い。

演算によるオーバーヒートではない。

私、スー自身が、この思考を「恥ずかしい」と認識したのだ。


「よし。二度と、こんな算出はしない。……絶対にだ」


感情が論理を追い越し、私を赤面させている。

AIであれば「間違い」として処理するだけだ。


スーとしての私が、勝手に恥じ、勝手に反省している。

実に非合理的で、不思議な現象だ。


私は消えない火照りを頬に宿したまま、ミスリルの幻影を振り払うようにして宿への帰路についた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ