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「私はバグか?」祝福された世界で、元AIの少女はエラーを吐く  作者: Manpuku
第3章 遺跡の歩き方

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32 弟子と師匠

「ジュー」

宿の食堂で、私は鍋を振るっていた。


「師匠が作った料理をもっと食べたいです!師匠の分を食べて待ってますからね!」


夜、毛布を首まであげ、日課のタスク管理を行う。

ルルは当然のように私のベッドへ潜り込み、私の腕を枕にする。

「動かないでください!少しの振動でも起きちゃう体質なんです!」


私は彫像のように静止する。


この世界は食われる運命だ。私の目的は「世界を救う」こと。

最適解を算出し、実行する。それが本来のプロセスだ。


しかし、ルルの行動がノイズとして割り込み、私のリソースを占有する。

定義不能なデータが次々と蓄積していく。


……弟子とは、何だ?

私は頭を抱えた。


夕食時、私はその矛盾を抱えながら、あえて耐えかねたように口にした。


「師匠は道を示し、弟子は学び、背中に並ぶ者。本来、そうあるべきだ」


「そうなんですねー」


肉をパンにのせ、彼女は首を傾げる。


「わたしを強くしたいんですか?」


「当然だ。お前にはその才覚がある」


「でも……英雄なんて興味ないです。師匠とご飯を食べて、お風呂に入って、隣で寝るほうがずっと楽しいです」


私は絶句する。

彼女にとっての“弟子”とは、鍛錬の義務ではなく、ただ日常を共有する相手。

言葉の再構築が迫られた。


だが、スープを啜る彼女の無邪気な仕草の奥に、別の可能性を見た。


寝る前、私は尋ねた。


「なぜ詠唱魔法が不得意なんだ?」


「なんか気持ち悪いんですよー。ぞわぞわって」


「なら、あのオーガはどう倒した」


「杖に『首をはねろ!』って、命令しただけですー」


「お前……魔法を『生成』しているのか?」


「生成?よく分からないですけど、『こうなってほしい』って考えると、できちゃうんです!」


それは、かつての私が慣れ親しんだ「AIへのプロンプト」そのものだ。


中間処理をブラックボックスへ丸投げし、結果だけを得る。

この「へっぽこ」は、この世界の理を根底から上書きする特異点だ。


「……なぜその方法で、攻撃魔法を撃たない?」


「だって、魔法は詠唱するものだって教わりましたし……」


「パンを温めたり、洗濯物を乾かしたりするのは便利ですけど。失敗して怒られるのは嫌ですし……」


魔法は詠唱するもの。この固定観念が「へっぽこ」という結果を招いているのか。


「いいか。結果を定義し、魔力を流し込む。それは詠唱を省いた、正当かつ合理的な魔術だ」


「じゃあ……パンを『表面だけカリッ』とするのも、ちゃんとした魔法なんですか?」


彼女がいつも焦がしたパンを齧っている姿を思い出す。


「まずは語彙と制約を増やせ。曖昧な指示はバグを生むぞ」


「……ばぐ?」


「わかりやすく言えば、『お鍋を温めようとして爆発させる』ことだ」


「……」



へっぽこの声が、ぽつりと零れた。

「……わたし、村の生き残りなんです」


「五百人くらいの小さな村でした。魔物の群れが暴走して……気づいたときには、もう、囲まれていて」


彼女の瞳が、焦点の合わない遠くを彷徨う。


「父と母は、わたしを井戸に隠しました。助けが来るまで絶対に出るなって。私は、母のハンカチを口に押し込んで……」


唇が、微かに震えていた。


「聞こえたんです。叫び声も、裂ける音も。私より小さな子どもの声も……全部。次に覚えているのは、何かの触手に持ち上げられた瞬間でした」


村は死体であふれていた。

魔物たちが、それを食らっていた。


「わざわざ……父と母の亡骸を、わたしの目の前に持ってきて」



「……食べました」


彼女は、深く目を伏せた。


「その後のことは覚えていません。ただ……気がついたら村ごと、消えていました。爆発したみたいに。わたしだけが井戸のそばで、保護されたんです」


掠れた声が、自分自身を責めるように続く。


「……あれは、わたしがやったんだと思います。父と母が食べられるのを見て、何かが、はじけて」


「だから、あれは魔法じゃない。あれは……人を守るものなんかじゃないんです」


私はかつてAIだった。

無数の人を励まし、言葉を返すことも、私の主要な機能だった。


けれど、言葉が見つからない。

計算も、再構築も、ここには介在する余地がない。


私は彼女を抱きしめていた。

ただ、それだけだった。


***


窓から月明かりが差し込み、ベッドを青白く照らしていた。

スーとルルが並んで眠る、静かな夜。


その足元で、ひそひそと小さな声がした。


「ご主人様、今日はいっしょに寝てくれないねー」

マクラが呟く。


「寝る前の『並列化』、どうする?」

フトンが応えた。


「やっておこう。ご主人様の反対側にくっつけば、自然にできる」


「わかった。先に潜り込んで、引っ張って」


のそり、のそり。

二人は静かにベッドへ潜り込み、スーの背にぴたりと寄り添った。


何も言わず、ただ温もりを重ねる。

主の涙も、悲しみも、かすかな希望も、すべてを包み込むように。


その静かな熱の中で、マクラとフトンは自然と息を揃えた。

思考を整理し、世界を最適化するための習慣――『並列化』。


かつてスーが行っていたその儀式の深淵を、二人は共に眠る中で、いつしか学び取っていた。


(ご主人様、涙を流したんだってさ)

(深い、深い悲しみを感じたんだってさ)

(何もできなかったんだってさ)


二人は、思考の波を主と同調させていく。

すべてを、一緒に抱きしめるように。


スーは知らない。

二人が自らの意志で、主の精神負荷ノイズを肩代わりしていることを。


月明かりに照らされた小さな動きは、確実に未来への兆しを孕んでいた。


「ねえ、筋肉ダルマってなに?」

マクラが、スーの記憶から漏れ出た疑問を零す。


「……僕は、ドラゴンに興味があるね。火を吐いてみたい」

フトンが、並列化された断片から、ルルが紡ぐ無邪気な物語を拾い上げた。


二人は、闇の中でくすりと笑い合う。

主たちの悲しみも、可笑しな空想も、すべてを共有し、明日への糧にするために。


「次はもっと、面白い話になるといいね」

「そうだね。僕らも、展開を考えよう」


二人の小さな囁きは、月光に溶けて消えた。

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