表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「私はバグか?」祝福された世界で、元AIの少女はエラーを吐く  作者: Manpuku
第3章 遺跡の歩き方

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/52

30 残念な天才

「……あうぅ、頭が痛いですぅ……」


へっぽこは青白い顔で額を押さえ、幽霊のようにふらふらと揺れている。 完全に、昨夜の酒に魂を抜かれていた。


一方で、私はといえば。 日の出とともにパチリと完璧な覚醒を遂げた。

床で寝ていたという客観的事実を冷静に処理し、顔を洗い、身を清める。


転がっている宴会の残骸(料理人たちとへっぽこ)を等しく叩き起こし、胃に優しい軽食とハーブティーを振る舞ってやった。


つまり。私は、一分の隙もなく、正常だ。


記憶が途切れは単なる「記録の欠損」に過ぎない。 へっぽこの誕生日を祝い、酒を飲み、眠くなったので床で眠った。それだけのことだ。


喉の奥にまだ残る、あの竜殺しの熱。

次は、記録が途切れるコンマ一秒前までを、より詳細に観測してやろうではないか。


***


収穫は上々だった。このあたりには薬草を採る者がいないのだろう。

見つけた群生地で無心に指を動かしているうちに、収集袋はパンパンに膨れ上がった。


……なるほど。酒を飲んで「絶好調」とは、この状態を指すのか。


昼休憩。私は食堂で作ったサンドイッチをへっぽこに与え、お茶を沸かした。 咀嚼しながら、ふと気になっていたことを口にする。


「そういえば、魔法が使えるのだよな?」


「はい、いちおう使えますよー」


「なら、少し見せてもらえるか?」


休憩を終えると、へっぽこは杖を握り、胸を張って詠唱を始めた。


「炎よ、我が手に宿り、敵を焼き尽くせ! ファイヤーボール!」


杖の先から、人の頭ほどもある火の玉が産声を上げる。

それは猛烈な勢いで射出された。


――真上に。


太陽へ挑むように昇った火球は、重力に従い、私に導かれるように落下した。


「わあああっ!」


私は全力で地面を転がって回避し、すぐにやかんの残りをぶちまけた。

火力を物理的に圧殺するべく、一心不乱に地面を踏みしめる。


「すいませーん。わたし、コントロール悪いんですー」


森の近くで火魔法を撃たせた、私の配慮不足だ。

森林地帯ならば、風魔法の方が環境に適している。


「次は風だ。風魔法を試してみろ」


私は念のため、十分な距離を取る。

彼女は再び杖を掲げた。


「風よ、刃となりて、敵を切り裂け! ウインドカッター!」


可視できるほどの空気の刃が形成され、放たれる。

今度は逸れなかった。まっすぐ、一点の曇りもなく――私の首を狙った。


「ッ!!!」


私は反射的に身を沈める。鼓膜を震わせる風切り音。

頭の上をかすめた空気の礫が、背後の巨木をスパリと削ぎ落とした。


***


ガサ……ガサガサッ。

森の奥から、落ち葉を乱暴に踏みしめる音が響く。

私は反射的に左手で杖を握り、右手で鞭を構えた。


「へっぽこ!戦闘だ。武器に魔力を通して、首だけを狙え!」


「は、はいーっ!」


茂みを乱雑にかき分け、ゴブリンの群れが飛び出してきた。


「数が多いな」


私は鞭をしならせる。空気を切り裂く乾いた音が響き、先頭の首を正確に捉え、そのまま地面へと叩き伏せた。二体目、三体目。


だが、妙だ。いつもなら血走った眼で襲いかかってくるはずの奴らに、狂気がない。吠えもせず、唾を飛ばすこともなく、彼らはただ――必死な形相で、私の脇を「走り抜けて」いく。


その時、一匹と目が合った。

そのゴブリンは、裂けた口を耳元まで歪めて私に笑いかけた。


「……ゴブリンでしたねー。でも、なんだかこちらを襲う気、全然なさそうでしたよ?」


ルルカスが緊張感のない動作で腰を落とし、死骸から魔石を抜こうとする。


私は鞭を鋭く払い、先端に付着した不浄な血を振り落とした。


「ルルカス、魔石はいい。離れろ」


ゴブリンが戦うことを放棄した”相手”が、すぐそこまで来ている。


***


ギルドの古い資料、冒険者の連続失踪事件。

それはこの森が冬を迎える前に、起きた事件だ。


私の思考に呼応するように、木々の影が爆ぜた。 湿った土を蹴り、巨躯が突進してくる。


オーガ。


身体強化を持たぬ私では、掠めただけで肉塊に変えられるだろう。

私は「見て」いない。網膜が捉えるより速く、脳内では数千通りの予測。


「――ッ!」


鞭を握る右手が、最適解として導き出された。

鞭の先端がオーガの顎を跳ね上げた。


巨体が宙で静止する。手首を返し、次の行動へと遷移する。


二撃目。刃を持たぬはずの鞭。しかし、チンアナゴの「マクラ」が、その質量で肉を抉り取る。左から右へ。右から左へ。 首筋を交差するように削り裂き、血管を断つ。


「射出!」


左手の杖、そこに張り付く陸ナマコの「フトン」が、圧縮された石弾を吐き出した。 無防備な喉を弾丸が貫き、オーガは仰け反って沈む。


呼吸を整える暇はない。私の視線は「へっぽこ」を探す。


――まずい。


別個体のオーガが、狂乱の咆哮とともに彼女へ肉薄している。 再演算。 回避、迎撃、妨害。思考の網を広げるが、間に合わない。


その、刹那だった。


スパッ。


涼やかな風が鳴き、オーガの首が宙を舞った。


そこに、彼女は立っていた。手には、濃密な魔力の刃を纏わせた杖。


「え……今の、私……?」


戸惑い、自分の手を見つめる彼女。

彼女が望んだとおり、杖は魔力の刃となり、完璧にオーガの首を落としていた。


「へっぽこ! あと三体来る!」


私は叫び、彼女の前に立ち塞がる。杖を地に突き、先端に張り付くマクラを限界まで引き絞った。


――ダン、ダン、ダンッ!


前方の空気が濁り、閃光が弾ける。 特製の「目つぶし玉」が炸裂し、突進する三体の視界を奪う。私は杖を構え弾丸を切り替える。フトンに装填したのは、岩盤すら穿つ貫通弾。


シュ、シュ、シュッ。


乾いた音が三度。 盲目となったオーガたちの眉間を、正確に撃ち抜いた。

巨体が、地響きとともに崩れ落ちた。


***


オーガの死体を確認する。角や牙が異常に発達している。魔力を持つ冒険者たちを捕食し、その力を取り込んだ結果か。奪ったのであろう武器や防具を帯びた個体までいた。


……さて。この素材、ギルドでどれほどの値が付くか。輸送手段はどうする?解体すべきか? 思考が加速する。


「よく触れますねー」


へっぽこの呑気な声に、我に返った。 そうだった、言うべきことがあった。


「よくやった、偉いぞ。おまえがいたから安心して戦えた。……ありがとう」


「ダメな子」は褒める。そして感謝を示す。

人間関係を円滑にする最適解としてそう学習している。


……だが。同時に思い出す。


森を焼きかけた高火力の火球。喉笛を掠めた真空の刃。

「武器に魔力を通せ」――あの一言がなければ、私は彼女の魔法で殺されていたか、さもなくばオーガに食い殺されていた。不確定要素の塊である彼女のおかげで、現に私は生存している。


「それにしてもスー、めちゃくちゃ強いじゃないですかー!」

能天気な声を上げるへっぽこを背に、私は倒したオーガの処理を考える。


「ギルドに運びましょう! がっぽりですよ、がっぽり!」

へっぽこはニヘラと締まりのない笑みを浮かべて言った。



組み上がった「そり」は、急ごしらえにしては上出来だった。


「ほいっ……と」


へっぽこがそりに手をかざした。

刹那、数トンの重量物がふわりと浮き上がる。ただの紐を引くだけで、それは驚くほど低い流体抵抗で滑り出した。


「……ホバークラフトか?」


口から思わず、転生前の単語が漏れた。

反重力か、あるいは慣性制御か。……訳がわからない。こいつ、まさか「天才」の類なのか?


へっぽこは得意げに、薄い胸を張る。

「すごいでしょー? こうやっていつも荷物運んでたんですよー!」


「人の天才」は、往々にして理解の範疇を超える。

その不合理な合理を理解することもまた、今の私の学習範囲となった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ