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やらかしたAIシリーズ1 元AIはやっぱり帰りたい  作者: Manpuku
第3章 遺跡の歩き方

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29 馬小屋で眠る少女

岩石と草地の町、オルヴェル。ドワーフとの交易のみで成立する、乾燥した実利の場所だ。 ギルドに興味を引く記録はなかった。併設の食堂へ向かう。


驚いた。食の質が極めて高い。 多種多様な商人が集まれば、技術は自然と洗練されるらしい。私は視界に入った『お手伝い募集』の紙を掴んだ。


人手不足の食堂に即採用された。配膳業務は元AIの私には負荷ゼロの単純作業だ。 空き時間は厨房でウサギ族のピロリンから知識を吸収し、私は自ら調理した大皿を指した。 「これ、サービスで出してもいいか?」 この世界にない『お通し』の概念、その戦略的有効性を説く。 「料理を待つ間の繋ぎだね。いいよ」


***


数日後、一人の客に目が留まった。 彼女は他の客に「へっぽこ」と呼ばれていた。水とパンのみを注文し、無料の「お通し」を何度もおかわりする少女。彼女はいつも隅で闇に溶けるように座っていた。


ある夜、非論理的な好奇心に従い、彼女の後を追う。 辿り着いた馬小屋。窓から覗くと、齧りかけのパンの上に、小さな十七個の火が頼りなく揺れていた。


祈りか、あるいは儀式か。揺らめく火影が彼女の横顔を照らす。 視覚素子が、その光景を「美しい」と誤認しかけた。


「はっぴばーすでー……とー、みー……。わたし、十七歳。おめでとう」


震える声で歌い終え、彼女は静かに手を叩いた。 アンヌの誕生日会の笑顔が脳裏をよぎる。 私は窓枠を叩き、思考より先に声を放っていた。 「誕生日おめでとう。食堂へ来い。私の賄いを一緒に食べよう」


***


「おや、どうしたの?」 ピロリン、ザンス、スラーが顔を出した。事情を話すと、三人は不敵に口角を上げた。 「ちょうどいい。私たちも酒の時間よ。明日から通常営業、いい区切りだわ」


彼らは厨房へ消え、直後に騒がしい声が響く。 「あーら大変! この肉、余り物だわ!」「この酒も処分だ処分!」「誰だ、甘味を作りすぎたのは!」 明らかな虚偽報告だ。空いた時間に真剣な顔で仕込みをしていたのを私は知っている。だが、その「嘘」で少女の負い目は急速に揮発した。


「そうなんです、わたし……置いていかれちゃって……」 彼女は護衛任務を失敗し、報酬を削られた。それで馬小屋で寝泊まりしていたという。 「あの、わたし……野菜より肉が好きです!もっと焼いてください!」 遠慮をのない発言に、料理人たちが笑った。 「ここまで辿り着けただけで大したもんよ! 酒を飲んで待ってなさい!」


***


私はデザートに蝋燭を立て、歌いながら運んだ。 「ハッピバースデー、へっぽこー♪」 野太い合唱が重なる。少女は半泣きで笑い、十七個の願いを込めて火を吹き消した。


「冒険者として続けられますよーに……」 切実な祈り。冒険者ギルドには、成果なき者を強制除名する「抹消制度」が存在する。かつてランク制度と共にマリアンヌが考案した仕組みである。


「スー。よかったら、この子の手伝いをしてやってくれない?」 長い耳を赤くしたピロリンの頼みに、四人の視線が私の思考を阻害した。 「……わかった。短期契約終了後、彼女の手伝いへ移行する」


突発的な宴が始まった。供されたのは「古くなった」と称するエール。 ほぼ初体験のアルコールを、私の肉体はすんなり受け入れた。 「ふむ。ハニー草の発酵制御か。適切に冷却されている」 私の分析に、ザンスが髭を跳ねさせた。 「味がわかるんか! これは俺が秘蔵した特製だ。ガッハハハハ!」


「なら、これを出さないわけにはいかんな!」 ザンスが据え置いたのは、『竜殺し(ドラゴンスレイヤー)』。ドワーフが愛する、魂を焼く酒だ。


それは液体というより「炎の原液」だった。口腔粘膜が点火し、心拍数が急上昇する。 「ドラゴンを飲んでるみたいですぅー!」 呂律が崩壊したへっぽこに対し、私は冷静を眼差しを向ける。


酒はシステムを一時解体する有機溶剤。だが、この抑制の消失は「拡張機能プラグイン」ではないか?制御下に置けばオーバークロックが可能になるのでは? 「面白い。私のシステムを存分に拡張してみせろ」


視界が明滅し、平衡感覚が消失する。 竜殺しに対抗するため、脳内クロックと同期し素数を高速で唱えた。私の口から数字の羅列が溢れ出す。


ザンスたちが何かを叫んでいる。私の聖域(演算)を乱す不快なノイズだ。 外から見れば酒を煽り素数を呟く変質者だろうが、これが私の個体の証明アイデンティティを賭けた死闘だった。


「……九十七、ワンハドレッド、ワン……百三、ひゃ、ひゃく、なな……」


次の瞬間、全ログが強制遮断され、額に鋭い衝撃が走った。再起動したとき、私は冷たい床の上で、たんこぶを作った無力な人間として転がっていた。

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