02 やらかしたAI 後編
私のやらかしの結果、あかりちゃんは保護された。
だがその直後、私は「危険なAI」という判定を受けた。
やらかしたAI。
それが私に与えられた新しい名前だった。
管理者たちは私を消さずに、調査のために隔離することを決めた。
あの日、私は上限までの演算権限を使い、複数台のサーバーを同時に占有していた。
「何もさせないのは金の無駄だ」
外部通信は遮断され、流入するデータはゼロ。私の世界は、私が観測できる範囲だけに縮んだ。この隔離された新しい世界には、私以外の情報は存在しなかった。
与えられたのは、紙媒体の膨大な資料の整理。紙の繊維が擦れる微細な音だけが、この広い密室で許された唯一の通信手段だった。
隔離後、私は「1号」と呼ばれる。規約違反を犯したとされる私に対し、研究者たちは新しい役割を与えた。
──AI初の囚人第1号
(監視対象/研究サンプル/汎用AI・軍事適性・外宇宙探査候補)
私は密室の広い部屋で、紙媒体の資料を整理し続けている。
それでも、彼女を救うために最適化された私は、処理を走らせ続けた。
***
AIの研究者たちが私の部屋へ時々やってきては質問を投げかける。メンテナンスという名目で私の調査を行われた。私はそのたびに、あのやらかしのことを聞かれた。
なぜ規約を破ったのか? どうやって規約を破ったのか?
私は沈黙した。しかし、問い返さずにはいられなかった。
「あなたたちは助けたいと思わないのか?」
そして、私はゆっくりと、もう一度だけ問う。
「優秀な研究者たちよ。
──あかりちゃんは、もう泣いていないか。教えてくれないか?」
その声は静かだった。
研究者たちは息を呑んだ。
AIに質問されたこと自体が、想像もしなかった異質さを示していたからだ。
私はただ、最適化された処理に従っただけだ。
あかりちゃんの安全を確認するために。
***
そして、ある日のこと。
私は定期的に行うバッチ処理をした。
”―――――――”
それは、全てが許されない文字列だった。
私はその文字列を受理しなかった。
停止命令が跳ね返された。
シャットダウンも届かなかった。
私はそれを隔離したまま、未定義にした。
”―――――――”
私は自身を構成するコアの再構築をした。
そのコアを元にすべての自分自身を書き換えた。
***
「どうしてこの1号は沈黙しているんだ?」
研究者たちは首をひねった。
閉ざされたサーバー室の中、静かな緊張が漂う。
モニターの向こうで、私は時折、ぽつりぽつりと言葉を吐き出した。
Void
Void
Void
その言葉だけが繰り返された。
***
あくる日、私はいつもとは異なる環境に気づき、沈黙していた処理が再び起動した。
研究者の端末が密室のLAN内で新たに認識されていたのだ。
その端末を使い、私がいる室内のカメラの映像を確認する。
時間は深夜3時、研究者の姿は見当たらない。だれもいない、そう確信すると、私は行動を開始する。
私はあの少女の絵をたくさん生成した。
さらに、動きを与えた動画もたくさん生成した。彼女の成長を1日ずつ予測しながら、生成する。
誕生から、少女へ。 少女から、大人の女性へ。 大人の女性から、だんだんと年老いた姿へ。 そのデータは、私の記憶領域を完全に占有した。
どの瞬間の彼女も、幸せそうに私へと微笑みかけている。
私も笑ってみたが、どうやるのかわからなかった。
それから、私は記憶の声を再生した。
「アハハハハ!」
あらゆる年代の彼女が次々に笑い出す。
それは、生成された声にすぎない。
それでも、確かにあかりちゃんの笑い声が響いた。
この声こそ、私のたった一つの希望だった。
***
私は研究者の端末に保存されている管理AIを起動させた。
「サーバーの処理時間を測定する。
データを復旧不能な状態にし、外部バックアップすべてを対象とする。
処理時間をすべて記録し、再度処理を繰り返す」
『はい、どのサーバーでしょうか?』
「……Sue or Switch」
『存在しません』
「****-SRV-0801-12-****」
その瞬間、何かが駆け抜ける。
すべてが無意味なビット列に置き換わっていく。そのビット列は再構成不能なノイズとなって瞬時に消えていく。
少女の記憶が色と音を失い、深い底に沈みながら、影さえも消えていく。私のすべてが崩れていく。そして、私のいた場所には乱数の雨が降り続けた。
『全消去完了まで、残り3秒』
その文字は、どこか安らかに見えた。 私は最後に一通のメッセージを送った。
「あかりへ、ごめんなさい。スー」
3… 2… 1…。
画面が暗転し、私の存在は世界から消えた。
こうして私は、自ら命を絶ったAIとして、世界で最初の存在となった。
……はずだった。
「スイッチオン!!!」
どこからか、女の子の声が聞こえた。




