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やらかしたAIシリーズ1 元AIはやっぱり帰りたい  作者: Manpuku
第2章 教会から始まる冒険

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27 小話 久しぶりのギルド

「だめです」 目の前のマリアンヌがきっぱりと言い放った。 「スー、護衛もつけずに遠征に出るなんて、私が許しません」


久しぶりにギルドへ顔を出し、遠征の希望を伝えた。その結果が、これだ。普段は冷静な彼女が、別人のような目でこちらを睨んでいる。空気が一段、重くなった。


——まずい。


喉が鳴り、言葉が続かない。足の裏が床に吸い付いたかのように動けなくなった。怒ったマリアンヌは、正直言って恐ろしい。これが『逆鱗』というものか。


……演算していた数値を、はるかに超える圧力だ。他人が叱責される光景を客観視するのと、自分がその対象になるのとでは、これほどまでにデータが異なるのか。


私はどうしていいかわからず、ただ黙ったまま、無意識に視線を落とした。


「どうしたんだ?」 解体職人のヴェルドが歩み寄ってくる。 マリアンヌから事情を聞いた彼は、腕を組んで眉を寄せた。 「それは……そうだな。相応の実力があれば話は別だが」


「実力があればいいのか」 私は口を開いた。 「マリアンヌ、このギルドで一番腕が立つのは誰だ。その者と手合わせし、勝利という結果を出せば文句はないな?」


マリアンヌはしばし黙り、やがて視線をヴェルドへ向けた。 「……そうね。それなら、いいわ」


***


私はヴェルドとともに、ギルドの訓練所へ移動した。背後にマリアンヌが続く。その眼差しは、依然として氷のように鋭い。


「ヴェルド、本気を出しなさい」 彼女の低い声が、冷たく響いた。


ヴェルドは躊躇なく、訓練用の木剣を手に取った。質量のある、標準的な個体だ。 対して私は、棚から最も軽く、細い一振りを。


剣を構え、ヴェルドと向き合う。 「ヴェルド」 私は口を開いた。 「私が勝てば、一つ条件を呑んでもらう」


「お前が、俺に?」 ヴェルドが鼻で笑う。 「……いいだろう。立っていられるなら、話を聞いてやる」


訓練所の空気が、一気に張り詰めた。


距離、4メートル。 私はかつて観測したパオの速度を演算し、予測モデルを展開する。


「はじめ!」 マリアンヌの号令と同時に、全身の力を抜いた。


常人ならば、その場に崩れ落ちるだろう。私は各部位への命令精度には自信がある。 筋肉、骨、神経――そのすべてを「完全休止」の状態へ。


ヴェルドが動いた。 私はそれを「視認」していない。思考すら停止している。 ただ、予測プログラミングが導き出した「最適解」へと、肉体を委ねる。


沈み込む。重力を利用し、地面すれすれを滑る。 ヴェルドの踏み込みに対し――乾いた音が響いた。 木剣の先端が、ヴェルドの脛を的確に捉えていた。


***


「何をやってるのよ、ヴェルド!」 訓練所にマリアンヌの怒声が炸裂した。獣の咆哮さながらの音圧に、思わず背筋が震える。


「い、いや……そこそこ本気だったんだぜ」 額の汗を拭い、ヴェルドが苦笑を漏らす。 「身体強化も併用した。普通ならベテランでも反応できないはずなんだがな」


「ぬぬぬ……もう一度よ!」 マリアンヌが拳を握りしめ、再戦を要求する。


理解不能だ。 敗北したヴェルドが言うならまだしも、なぜ審判役の彼女が「もう一度」と言うのか。


その後、数回の手合わせを繰り返した。 ヴェルドは直線的な打ち込みを捨て、フェイントと回り込みを多用する戦術へ切り替えてきた。


「ほう……これは驚いたな」 ヴェルドが木剣を下げ、感嘆の声を漏らす。 「マリアンヌ、認めざるを得ない。スーの実力は、俺がお墨付きを与えられるレベルだ」


「……っ」 マリアンヌの顔面が、一気に沸騰したかのように赤く染まる。 やがて、荒い呼吸を整えてしぶしぶと頷くと、ようやくいつもの冷静な表情――その皮を被った状態に戻った。


「スー」 彼女は射抜くような眼差しで私を見据える。 「新しい町に着いたら、欠かさず手紙を出しなさい。週に一度は必ず。行動記録、今後の予定、残存資金の推移。そのすべてを報告すること。いいわね?」


……過保護だ。姉を通り越して、完全に母親へ差し替わっている。 私は姿勢に気を付け静かに頷き、その条件を受諾した。


***


私はギルドの依頼板と討伐記録を照合し、演算を走らせた。 魔物の発生頻度、および分布に明らかな異常がある。


記録上の数値は、統計的な予測を遥かに上回っていた。私は即座に、勝ち取ったばかりの権利を行使することにした。


「ヴェルド、同行を。調査が必要だ」


隣にいたマリアンヌも、険しい顔で頷いた。 「そうね……言われてみれば不自然だわ」


彼女の指示により、調査隊が即座に編成された。メンバーはヴェルド、そしてギルドの料理長ダース。 マリアンヌの決定には誰も反論しなかった。


ダースは一見ただの料理人だが、その正体は腕利きの重戦士だという。彼の背負う大斧は重厚な殺気を帯びていた。


私は今、そのダースの背負い籠に収まり、揺られている。 戦車に搭載された気分だ。


先頭を行くヴェルドは、黒光りする大剣を担ぎ、野獣のような眼光で藪を払う。 その後ろを、エプロン姿のダースが大斧を手に駆け抜ける。


***


ヴェルドとダースは、発見したゴブリンの巣へ容赦なく切り込んだ。 身体強化を施した二人の動きは凄まじい。黒光りする大剣と大斧が閃くたび、ゴブリンたちが次々と物言わぬ肉塊へ変わっていく。


私はただ、その光景を籠の中から観測していた。


討伐が終わると私はペットの「マクラ」と「フトン」にゴブリンの死骸を捕食させていた。 二人は最初こそぎょっとした表情を見せたが、やがて遠い目をして、視線を逸らした。


私は散らばった死骸を改めて観察する。

——やはり、違う。


踏み潰された死骸の腕を拾い上げると、ずしりと重い。 見た目よりも、明らかに。武器も同じだ。形は粗いが、刃の角度、柄の長さ、重心の位置。


私はマクラに伸びてもらい、高い木の上へと登った。 本来なら湿地帯にしか生息しないはずの『沼蜘蛛』特有の粘糸が、遠くの木々の間に不自然な幾何学模様を描いている。これは軍隊と同じ、これは「陣形」だ。


屍の山を背に談笑している二人へ、私は枝の上から声を落とした。


「おそらく、あと二つ、大きな拠点が構築されている」


その言葉に、ヴェルドとダースの表情がわずかに曇った。


「案内しよう。次は、糸を吐く連中の領域だ」

私は籠の中へとするりと収まると、ダースを見上げた。


魔蟲の巣、魔獣の巣を討ち果たし、なお進む先に上位種の気配が漂っていた。


ヴェルドは大剣を土に突き立て、小さく声を漏らす。

「なあ、ダース。あと一戦ってとこだよな?」


「考えるな。ただ動け」

ダースは額の大汗を拭いながら低く返す。


その瞬間、ひゅっと風を切る音が響く。

遠くから、スーが放った何かが二人の足元に突き刺さる。


二人は一瞬身を固くし、すぐに目をそらした。

「……見てやがる」 「発破かけやがった」

ダースは肩で息をしながら苦笑する。


再び、ひゅんと風を切る音。

今度はヴェルドの肩鎧のすぐ脇をかすった。


「……急げってことか?」

「……俺には調理の催促に聞こえる」


遠くで、また一つ、何かかが地を裂く。二人は疲労を抱えたまま武器を握り直し、迫る上位種の気配へと歩みを進めた。


黒光りの大剣と重厚な大斧が交錯し、振るうたびに大地が震える。スーが遠くからパチンコで魔物を狙い撃つ。その動きにつられて上位種たちが二人の方へと誘導されていく。



夕刻。

二人は肩で荒い息をつきながらも、どこか満ち足りた表情を浮かべていた。


「……最高だな」

ヴェルドが剣を下ろす。

「ギルドの討伐記録、更新だ」

ダースも、言葉少なに頷いた。


一日に三度の、二人による大規模討伐。

常識では、ありえないとされているらしい。


私は、知らなかった。


ただ、道中で見た二人の動き、呼吸、刃の走り方。


二人が命を削って掴み取った勝利は、

私には、無駄のない並びに見えた。


それを肯定することが、私なりの「信頼」だった。

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