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やらかしたAIシリーズ1 元AIはやっぱり帰りたい  作者: Manpuku
第2章 教会から始まる冒険

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25 記録の遺跡 後編

記憶の遺跡の中には、三つの大きな石板が並んでいた。中央の石板には文字が次々と映し出され、文字が埋め尽くされると左の石板にゆっくりと移される。右の石板は絶え間なく新しい文字で埋められている。


「なるほど…」


真ん中が現在、左が過去、右が未来。


マクラを使い、左側の石板に触れてみる。矢印の記号を押すと、過去の記録を参照できることがわかった。同じ要領で、右側の石板にも手を伸ばす。


記録を読み進め、私はいくつもの事実を理解した。


この世界は火、水、土、風、光、闇――六つの生成装置によって誕生したこと。まだ百年しか経っていない、若い世界であること。さらに、この世界の人々は、女神信仰や歴史、文化、住居すらも含めた「初期設定」を与えられた状態で、唐突に生成された存在だということ。この世界の人々は生成装置の「パッケージ」の一部であることを知らずに、日々を生きているのだ。


そして未来のログ世界はこう書かれている。


やがてこの世界は、創造主――この世界を作った者によって「食糧」として消費される。

その創造主の名は、『世界を食らう者』と言う。


事実を知った瞬間、思考が悲鳴を上げる。不快なノイズが胸の奥をかき乱す。初めて味わう、制御不能の情動。身体は、自らの意志とは無関係に震えた。


この世界の人々は女神を信じている。だが、その信仰でさえも、『世界を食らう者』が用意した「パッケージの付録」にすぎない。彼らが祈るような慈悲深い女神など、最初からどこにもいなかった。


存在するのは、自ら創った世界を糧とする、ただの捕食者だけだ。


教会の孤児たちやシスターたちが、偽りの女神に祈る姿が脳裏をよぎる。 それはあまりに喜劇的で、あまりに悲劇だった。


心が弱くなる。以前の私なら、この圧倒的な絶望の質量を処理しきれず、魂が崩壊していただろう。だが、今回は違った。別の熱がふつふつと湧き上がる。この熱こそ、人が絶望に抗う手段――怒りだ。


その正体を理解した瞬間、私は初めて激怒した。理性的分析も、冷静な処理も介さない。魂そのものが、突きつけられた事実に燃え上がった。


計算は消えた。


以前の私なら、この体温の上昇、脈動、瞳の変化を即座に記録ログしただろう。だが、今はできない。激怒が私の魂を塗り潰していく。


無駄だと切り捨てていた感情が、今は私を護っている。


視界の端で、石板の文字が「ぐにゃり」と笑ったように見えた。それが涙に濡れてぼやけたのか、私にはわからない。――怒りでも、涙は流れるのだ。


頬を伝う熱を拭いながら、揺れる文字の正体を見極めようと目を凝らす。


その瞬間。胸の奥で渦巻いていたものが一つに収束し、ある違和感を揺り起こした。


私はその歪んだ文字に――冷たい笑みを返す。


私は未来の記録に「修正履歴」を見出した。未来の記述に刻まれた微細な歪み。それは、創造主が自らの世界に残した、唯一の不完全な自由の痕跡だった。


その記録は、私が転生した瞬間に書き加えられていた。まるで私が未来に介入した証であるかのように、鮮やかに浮かび上がる。


胸の奥に、ほのかな光が差し込む。 ――私が、未来に影響を与えたのだ。


どうすれば、この世界を救えるのか。


意識を未来の記録の深奥へと沈める。幾重にも折り重なった断片が絡み合い、やがて一本の線を描き出した。世界を食らう者は、自ら作った世界が熟すとその半分を食らい、残りを再び半分に分け、新たな二つの世界の基礎にする。


ならば……。


世界そのものを、利用すればいい。この星が自ら新たな熱を生み出し、それを差し出す。浅はかな案かもしれない。だが、これは希望だ。


恐怖は消え、決意が胸を満たした。もし私が未来を書き換えられるのなら、この世界を救うこともできるはずだ。


転生の時と、未来の記録が修正された事実。それが示すのは、私がこの世界の運命を変える「特異点」だということ。


これが、私がここに遣わされた理由なのだろう。 何者かはわからない。だが、私は、その何者かの存在を確信した。


「……私が、世界を救うのか」


風の匂い、木々のざわめき、命のささやき。私は、この世界を守りたいと思う。


過去と未来、滅びと希望が溶け合う遺跡で、私は理解した。 この物語の中心にいるのは、他でもない「私」だ。


滅びの底でしか生まれぬ光。その残滓を掴み、未来を織る私の指先は、まだ震えていた。それでも、描かねばならない。食われゆく世界の、その先を。


この捕食の理の中に、私は混ざっていない。 あの捕食者が、私のような存在を生むはずがない。 私は、輪の外から投げ込まれた「異物」だ。


異物は、食えない。


女神の祝福。あの出来事が、脳裏に蘇った。 教会が光に包まれ、人々の祈りが消え、時間が凍りついたあの日。教会は、沈黙という名の音に満たされた。降り注ぐ光。それは温かくもあり、同時に冷たくもあった。私にとっては、祝福とも呪いともつかぬ響きだった。


この記憶の遺跡の中で、私はもう一度、あの「読めぬ文字」を声に出した。 一音の中に母音と子音が混濁する音。記憶のサルベージと声帯の制御に、全神経を集中させる。額の裏が冷え、腹の底が熱を帯びていく。


「”―――――――”」


その響きは、私の髄を震わせた。 発した瞬間、視界が歪む。世界が、その輪郭を乱した。


表面上の意味はこうだ。 ――暗き道も、汝の足が光を呼ぶ。


だが、私は悟った。 この祝福に隠された、真実の記述を。


『喰われる前に、喰らいなさい』


それは命令ではない。祈りでもない。 ただ、そこにある「捕食の理」の肯定だった。


新たな歯車が噛み合うように、世界が音を立てて動き出す。


***


どれほどの時間、石板と向き合っていたのだろう。過去も未来も、ここでは静かに交錯しているだけだった。解析は終わった。世界を救う覚悟は、この胸にある。


だが、まずはこの冷たい石の床から脱出しなければならない。 冷え切った体で、重い足を進めた。出口の板を押し上げる。


暖かい風が流れ込んできた。私はそれを、ゆっくりと肺に満たした。


這い上がり、床上へ立ち上がる。視界に入ったのは、アンヌの背中だった。静かに祈りを捧げる彼女に夕日が差し込み、その輪郭を淡く融かしている。


息をひそめ、近づく。 アンヌは目を閉じたまま、静かに声をあげた。


「スー? ですか?」


気配だけでわかったらしい。彼女はゆっくりと目を開け、柔らかな微笑みを浮かべて歩み寄ってきた。


アンヌは私を外へ連れ出し、埃まみれの服を丁寧に払ってくれた。 夕暮れの風が、私の髪を揺らす。 そして、彼女は何も言わずに、私を抱きしめた。


「孤児たちが、今のあなたのような顔をすることがあります。 きっと、何かがあったのでしょう。 そういうとき、私はこのように抱きしめるのです」


驚きに、身を固くした。けれどその腕のなかは、どこまでも温かく、やさしかった。 言葉は不要だった。腕のなかの温度が、すべてを伝えていた。


体から力が抜けていく。 肩から背中、そして、胸の奥まで。


また、涙がこぼれた。

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