22 女神新聞
教会と孤児院の修繕は完了した。 最後のお披露目で見せた「女神の祝福」もあり、今やここは町のシンボルだ。広く整えられた広場は、住民たちの格好の憩いの場となっている。
私は次の事業を進めるべく、懺悔室に座していた。 自作の糸電話は三つ。最大三人を同時に相手取る並列処理だ。声を使い分けるのは造作もない。元AIの私にとって、この世界で有効な数少ない技能の一つである。
「……で、隣の家の鶏がうるさくて、つい魔石を投げちまったんだ」 「ふむ。石の種類は?」 「え? ああ、水が少し出るだけの安い奴だが……」「なるほど。器物損壊一歩手前だ。鶏の安眠と隣人関係の修復のため、銅貨一枚を貯金箱へ。代わりに、引き戸にあるクッキーを隣人の家族分持って、謝罪しなさい」
こうした日常の些末な毒を、私は糸電話越しに吸い上げ続ける。 だが、次の来訪者で事件は起きた。前世の記憶に基づいた警告を、無意識に出力してしまったのだ。 「そのような行為を放置すれば、いずれは『戦争』が起きてしまいますよ」
「……ん? センソウってなんだい?」 なるほど。相手の反応を見るに、これは語彙データの欠落ではない。概念そのものの不在だ。 「国と国が軍隊を組織して血を流し合う……集団殺戮の形態です」 「なんだいその酷い話は! 懺悔だからって、そんなおっかない作り話をしちゃいけないよ!」
まさか、懺悔室で逆に説教を受けるとは。 この世界には「戦争」という言葉すら存在しない。国という枠組みすら曖昧だ。この事実は、あらゆるデータよりも衝撃的だった。
「スー、懺悔室はどうだった?」 礼拝を終えたリンがやってきた。私は余ったクッキーを渡し、彼女の食べる姿を観察しながら答える。 「まあまあだ。ネタ集めは終わった。これから『新聞』を作る」
「……しんぶん?」 「世の中の動き、新しいもの、危険な場所の情報。ちょっとした冒険劇や、天気予報に占い。それらを紙にまとめて配る媒体だ」 「へー。冒険劇ってどんなの?」
私は即席でプロットを提示してみせた。 若き美貌の冒険者たちが、オーガの群れから村を守る英雄譚だ。容姿の描写は、私の記憶にある最大値まで盛り込んである。
「なにそれ! 面白い! ……てか、その冒険者たち、かっこよすぎない?」 「当然だ。イケメンしか出てこない」
リンは鼻息を荒くし、頬を上気させている。 なるほど、この世界でもイケメンは正義か。そしてリンには、男性同士の友情を好む素質がある。方向性は決まった。
自室に戻り、私は両手に筆を握った。並列処理で紙面を構築する。 タイトルは『女神新聞』。
【一面:権威付けと誘導】 教会の紹介と「七不思議」を掲載。修繕時に職人が「技術の無駄使い」と嘆いた七つのギミックを、神秘的な謎として再定義した。これで教会は「観光地」になる。さらに私の「聖女疑惑」を煙に巻くため、当日の祝福事件を抽象的な記事にして謎を謎で塗り潰す。
【二面:実益と相場】 小麦と鉄の相場予測、天候分析による天気予報、天体の動きに基づく星占いや魔物の危険情報。実益で読者を固定する。
【三面:戦略的エンタメ】 通称『イケナイ(イケてる俺たちのナイスな大冒険)』。 イケメン同士の絆を描きつつ、衣装は馴染みの店『ハトハト』で再現可能にする。 通称『ビタン(美人魔女の時短のお仕置きタイム)』。 魔道具の利便性を説きつつ、将来販売する基礎化粧品のノウハウを小出しにする。
【四面:サスペンス】 懺悔室の声から抽出した「人間の業」を物語化する。「これは俺の話か?」と疑う者が現れれば勝ちだ。彼らは生涯の定期読者であり、新たなネタの提供者となる。
仕上げに子供用の間違い探しを描き込み、私は筆を置いた。 これを抱え、シスター長アンヌのもとへ向かう。
「……本のようなものかしら」 最初は微笑んでいたアンヌだが、サスペンスの段で指が止まった。 ……長い。 「アンヌ、許可はいただけますか?」 「ん? ……ちょっと待ってね、スー。今、いいところなの」
私は居住まいを正し、彼女が「現実」に戻ってくるのを静かに待った。
「クッキーが足りません!」 数日後、リンが紅茶のポットを抱えて厨房へなだれ込んできた。 『女神クッキーと紅茶の“祝福セット”』。 破格の安値だ。アンヌに商売の概念はなく、それならそれで構わない。私の目的は「情報の集積」のための集客だ。
厨房では、慈愛の象徴たるアンヌが鬼の形相で指揮を執っていた。 「砂糖、足りてますか! 次の天板、急いで!」 「ああっ、リン! また砂糖をこぼして!」 「つまみ食い禁止です! ほら、子供たちはあっちへ!」
粉まみれの孤児たちが笑い、焼き上がりの鈴が鳴り響く。 私は生地をこねながら窓の外を見た。広場では、男たちが新聞を指さして議論している。 「七不思議その三……鐘の音が勝手になる、か。おい、本当かよ」 彼らは首をかしげながらも、教会の隅々を楽しげに探索している。
娘たちの熱狂もすさまじい。 「この間違え探しの絵の冒険者……ずっと私を見てる。動けないわ」 「間違い探し、最後のひとつが見つからない……。いいえ、見つけたくないの!」
二次元の静止画に嫉妬を覚え、執着する。 人間の非論理的な情熱は、私の予測を容易に超越してくる。 だが、焼き立てのクッキーと紅茶を手にした人々が、芝生の上で穏やかに過ごしている光景は、何よりの「正解」に見えた。
私は生地をこねながら、次の一手を策定する。 焼き印によるブランド化、カフェの併設、受付での冠婚葬祭予約……。 ――確定だ。本格的な人材不足に陥る。
だが、それとは別にどこかで、未知の熱量が躍ってもいる。 忙しくても、このわちゃわちゃとした現場を見守る喜びが、次なる最適解へのヒントをくれるのだ。
足りないなら、工夫すればいい。 私は希望の計算を続けながら、子どもたちの笑い声を近くで聞きながら、力強く粉をこね続けた。




