18 オールイン
スーはギルドの受付に座り、目の前に置かれた指名依頼の報酬袋をじっと見つめる。夢想にひたるスーを見て、受付嬢のマリアンヌがすっと立ち上がる。
「スー、お金って大事なの。だから」
彼女はきっぱり言った。
「全額、ギルドカードに預けるわね」
マリアンヌは机の上に一枚のカードを置いた。黒光りする石板のようなそれには、スーの名前が刻まれている。
「……なんだこれ?」
「ギルドカードよ。あなたの報酬はこれに蓄えられるの」
カードには「番号:1」「専属:マリアンヌ」と刻まれていた。 「これはギルド公認の証よ。偽造不能で、台帳と照合する鍵になるわ」 マリアンヌは得意げに微笑む。 「ギルドはすべてを把握できるの。あなたが記念すべき登録者第1号よ」
マリアンヌは「頑張ったんだから」と胸を張る。術式を応用したという彼女の専門的な説明は、私には到底理解できない内容だった。
「……要するに、私のお金を没収しただけじゃないか!」
「没収じゃない、私が管理するの!」 マリアンヌは銀貨5枚を渡し、悪徳商法の手口が載った紙を広げた。そこには私がかつて目を輝かせて買った“魔力の壺”や“幸運の石”が並んでいる。
「放っておけば報酬を溶かすでしょ。今後はお小遣い制!」 AIが転生する世界なら、壺から魔力が出る可能性だってあるはず……。そんな私の未練をよそに、彼女はいたずらっぽく笑った。
***
あくる日、ギルドの仕事が休みのマリアンヌに誘われて甘味を食べに行くことになった。待ち合わせは町の教会だ。私は初めて教会に行く。
教会は女神なのだろうか?石で掘られた女神像があった。そのまわりは木彫りの絵があり、女神が大地に立ち、生命を見守っているような構図が木に掘られている。
教会は掃除が行き届いていたが、老朽化が進んでいる。しかし、ひんとした教会は心を静めさせる。私が教会をうろうろしていると、マリアンヌがやってきた。
普段着のマリアンヌはワンピースでおしゃれ女子だった。私はいつもの冒険者の服装だ。教会でお祈りを聞いていくことにした。
教会の祝辞から世界の成り立ちを予想する。
この世界は国という概念はなく共同体が世界にあちこちにあるようだ。また戦争のようなことはおこっていない。過去に冥界との争いがあったようだ。
帰りに募金箱を持っていた子どもがいた。孤児だろうか? 孤児院が併設してたのを記憶している。
わたしは懐から銀貨5枚を取り出すと募金箱に入れた。マリアンヌはそれをみて、少し何か言おうとしたようだが、ニコリと笑った。
マリアンヌに連れられ、掘り出し物が並ぶ衣料市へやってきた。 「へぇー……」と眺める私をよそに、彼女は楽しげな笑顔で次々と服を試着させていく。
「ちょっと形が古いわね」 店主の「お似合いですよ」という声に包まれ、鏡の中の私は華やかなドレスを着せられていた。生地も色合いも悪くない。けれど。
「リメイクできるか?」 私は店主に、肩を出しスリットを入れた動きやすいドレスのデザインを指示した。迷いなく完成図を描き上げる私に、店主は驚き、マリアンヌは目を輝かせる。
生地を活かしつつ無駄を削れば、普段着にもパーティにも、さらには装備ベルトを巻いて冒険にも使える。 マリアンヌは、図面を見つめ「これを着て一緒に甘味を食べに行こう」と笑った。結局、私もリメイク作業を手伝うことになった。
布を裂く手つきも、縫い合わせる針の運びも、迷いがない。
元AIの知識と器用さを活かした私の手際に、店主は目を丸くする。余り布でマリアンヌにリボンを贈ると、彼女は頬を赤らめて喜んだ。
店主にはなぜか感謝されリメイクの代金は無料に。予備を含めたお揃いの新衣装を手に、マリアンヌは嬉しそうに私の手を握った。
***
テラス席に座る二人は、まるで一枚の絵画のようだった。お揃いのドレスが午後の日差しを浴びて、柔らかく輝いている。 「その服、どこで買ったの?」 カフェに集う女子たちが興味津々で尋ねてくるたび、私は先ほどの店を紹介した。
運ばれてきた甘味は最高だった。マリアンヌのおごりなので、遠慮はいらない。 私は普段小食だが、甘味を食べる喜びこそが日常の幸せの代表格なのだと知った。
私はこの世界の女神に感謝した。先ほど教会へ足を運んだこともあり、この“甘味”との出会いすら神の導きのように思えたのだ。
「神よ、この出会いに感謝する!」 気づけば、私は空に向かって叫んでいた。 周囲の客が視線を送る中、マリアンヌは目を丸くし、それから堪えきれずに笑い出した。
私は拳を握りしめて宣言する。 「マリアンヌ……私の報奨金を使わせてもらうぞ!」 「……え?」 「私の金だが、使うにはマリアンヌの許可がいる」 私はそう言うと、胸を張った。 「教会にオールインする!」
一瞬、店内の空気が凍りつき、直後にマリアンヌが盛大にお茶を吹き出した。 「全額だ! そして教会に食と住まいを確保してもらう!」
マリアンヌは目を瞬かせた。施しが尊いものだとは知っている。だが「全額」という極端さは、彼女の理解を遥かに超えていた。 彼女にとってお金とは、貯めて、少しずつ贅沢を楽しむためのもの。安心を積み重ねて日常を守るためのものだ。スーのように一気に使い切るなど、火に油を注ぐような暴挙に等しい。
「……本当にやるの?」 「もちろんだ。拠点をつくるんだよ。教会が了承すればな」 「拠点?」 マリアンヌの眉がぴくりと動く。普通なら“住まい”と呼ぶところを、スーはあえて“拠点”と称した。
マリアンヌの脳裏に、教会でのスーの姿が蘇る。募金箱を抱える孤児を、真剣な眼差しで見つめていたあの横顔。その瞳には、子供たちを思う強い意志が宿っていた。
「……不思議ね」 マリアンヌは小さく息を吐いた。 「……本当に、大丈夫なのかもしれない」 彼女の心の奥で、そんな予感が静かに芽生え始めていた。
***
シスターのリンは、教会の廊下を必死に駆け抜けていた。 心臓の鼓動が耳の奥まで響く。孤児院育ちの彼女にとって、シスター長のアンヌは母親も同然の存在だ。 「は、早く報告しないと……!」
勢いよく中庭へ飛び出すと、修道院の静寂を切り裂くように、リンの軽やかな足音が響き渡った。 「シスター・アンヌ!」 リンは声を張り上げ、今日起きた奇跡を報告した。 「天からの使いが、教会に来られました!」
往診から戻ったばかりのアンヌは、驚きに目を細める。 留守の間に、想像を絶する寄付者が現れたというのだ。提示された額は、平均的な民が働く三、四年分に相当する大金。しかも、その人は自らの全財産を差し出すのだという。
その“使い”は、「わっははは! 文無しだ!」と豪快に笑っていたそうだ。 アンヌは思わず、柔らかな笑みをこぼした。 リンの話では、もう一人の天使のような連れ(マリアンヌのことだが)が、慎重にその方をしっかりと見守り、横から細かく口を出していたらしい。
二人が夕日に染まって歩いていく姿を思い返し、リンはうっとりと呟いた。 「……まるで、本物の天使様のようでした」
冬が始まるまでに、孤児たちへ新しい冬用の寝具を揃えてあげたい。 昨年、寒さで体調を崩し、命を落としてしまったあの子の顔が脳裏をよぎる。 アンヌは静かに目を閉じ、今回の救済を女神の慈悲として、深く感謝した。




