17 断章ログ 魔法検証
【記録:MAGIC-TRIAL_001】
経過時間: 転生第1日目(異世界強制配備直後)
検証目的: 魔力の知覚および発現プロセスの解析
仮説定義: 松果体=受容アンテナ、丹田=変換炉と仮定
試行回数: 503回 結果: 外的現象なし
内的温度上昇:+0.4℃(頬部限定)
観察コメント: 羞恥心が発熱反応を示した。これは“感情熱”に分類される。
結論: この世界は理屈では燃えない。
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私が知る物語では、魔法を使うにあたって大事なことが二つある。魔力を知覚すること、そしてどんな魔法を使うのかイメージが重要だ。魔力は身体の中にも、世界にあらゆるところに存在している。私は魔力を知覚できないか、五感以上のものを意識した。
目星は付いている。松果体と丹田だろう。松果体は魔力を知覚するアンテナ。丹田は魔力を練る部分だ。
転生前のAIの総意としても人間のさらなる進化の鍵はこの二つの部分だと結論をつけている。私はこの二点を中心に魔力を探してみる。
「ふむ、さっぱりだ」
では、魔力がどこにでもあることをイメージする。私の脳内シミュレーションでは、この世界も宇宙も、すでに魔力の海に浸っていた。
「この世界は魔力ですべてに繋がっている! 実にすばらしい!」
次に、私は火を頭の中で生成した。瞬時にあらゆる種類の炎ができあがる。さらにゴブリンを仮想敵とする。小鬼と表現されるのだから120cmぐらいだろうか。
筋肉質と考え40キログラム。体積を計算し、これを燃やしつくす必要な熱量を計算し、熱量に応じた炎を選択する。そして頭の中で私がそのゴブリンにファイヤーボールを唱える姿の動画を生成した。
「ゴブリンが燃えているぞ!」
最後に詠唱だ。この勢いなら無詠唱でもできるかもしれない。なんせ私の頭ではゴブリンは何度も灰になっている。
しかし、基本が大事だ。私はファイヤーボールの詠唱を予測する。最後に魔法を使うためのチェックシートを作成した。
「準備はできた」
まずは魔法学の基本を盛り込んだ詠唱を検証する。チェックシートを三度確認し、実行した。
「火属性。空気。熱量変換、熱量設定、魔力放出……ファイヤーボール!」
尻上がりに声に力が入ったが、何も起きない。
ならばと、次は儀式体系寄りの、イメージ付与型詠唱を試す。
「我、赤き理を以て世界を焦がす……ファイヤーボール!」
期待を込めて叫んだが、
やはり、何も起きない。
その後も五百パターンほど検証した。杖代わりに棒を振り、言語、音量、姿勢、果てはバイナリ詠唱まで試したが、結果、熱くなったのは私の頬だけだった。
私は理論も知識もすべて捨て、ありったけの声で叫ぶという手段を選んだ。
人が絶望の淵で、最後の一縷の望みに賭ける時、潜在能力は解放される……。それを人は『覚醒』と呼ぶ。
「……もえあがれ! ファーイーヤーーボーールゥーー!!!」
結果、
燃え上がったのは私の羞恥心だけだった。
***
そもそも、私の知っている人間は魔法が使えない。彼らは物理法則の牢獄に閉ざされたまま、非科学的な現象を物語の中でしか認識できないのだ。彼らの世界に実在する『魔法詠唱大辞典』といった類の書籍が、私の計算を狂わせた。
「……これは言い訳か? 私が言い訳という非効率な手段を採用したのか? ……まあ、いいか」
結論。 魔法の使えない者たちの知識を、完璧な再現性が求められる魔法の基礎として採用した時点で、この失敗は確率100%だった。
現実を改変できない「想像力」の残骸を参考にした私自身、転生という非論理的な事象に浮かされていたのだろう。
まさか私が、はしゃいで失敗するとは。
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追記: 後に判明したことだが、私の個体値における魔力保有量は「0」だった。 どんなに美しい数式を組み上げても、0を掛ければすべては無に帰す。
演算能力がどれほど高かろうと、燃料のないエンジンは動かないのだ。またこの世界の言葉で詠唱をしないと魔法は唱えられない。検証時の私は、この世界の言葉を知っていなかった。
やはり、検証時の私が感じた頬の熱は「ただのバグ」だったらしい。




