13 学びが多い小さな旅
パオとの採取遠征は、ギルドにとっても大きな喜びだった。今までこの周辺では誰も発見できなかった薬草や貴重な鉱石が次々と二人によって町へ持ち帰られる。ギルドはパオとスーを指名し、山奥や森の奥地へ送り出すようになった。
パオの力とスーの知識。相性は抜群だ。一週間ほど遠征に出ては町に戻り、また次の依頼を受ける。そんな生活を繰り返すうちに、二人の絆は深まっていった。
パオの食料の問題もなかった。スーが土地に合った罠を考え、パオが力任せに組み上げる。時に大掛かりな仕掛けも、パオにとってはささいなことだった。二人の遠征はちょっとした楽しい”小旅行”だった。
そして今回が二人にとって最後の依頼となる。夕暮れの光が周囲を赤く染め、森全体が静かに息を潜めている。
「これで終わりになるな」
パオは少し寂しげに微笑む。
「そうだね、パオ」
スーもそっと応じる。
その声にはわずかな震えが混じっていた。
***
スーには最後にどうしてもやりたいことがあった。その日の野営時に彼女はパオに言った。
「パオ、この間の“魔力を込めた移動”もう一度、同じ動作でできる?」
「まるっきり同じってことか?」
私たちは森が開けた場所に移動し向かい合う。パオは、前と同じように深呼吸をすると身体強化の動作に移った。
瞬き一つの速さで距離を詰める。
「……!」
パオはスーの目の前まで詰めた。
しかし、スーはパオの真横に立っていた。
「タッチ!」
スーはパオのお腹を触る。
驚くパオにスーは顔を高揚させた。
「何度も頭の中で予想して、動きを分析してみた。予備動作のタイミングを読めば、最小の動きで対処できると判断した」
魔力を持たないスーだからこそ。人並みの身体だからこそ。冷静な計算で、彼女は自分なりの“答え”を導き出した。
パオの移動は人間の目にはもはや残像すら追えない。普通なら反応すらできず一瞬で叩き伏せられるだろう。
私はAIだった頃の感覚を何度も呼び起こし、パオの体重移動、足の角度、耳の動きのわずかな変化、そこから先に起こる動きをシミュレートした。事前に察知して避けるように、最適な状態で一歩を踏み出した。
「……マジか」
驚いたパオの顔に、私は大げさに胸を張る。
「パオの動きを分析した。……そしたら、こうなった」
別れを前に、パオを安心させたかった。
自分は無力ではない、そう伝えるために。
「パオはね。耳が動くんだよ。ふわふわって」
パオはしばし無言でスーを見つめ、やがて口の端を緩めた。 「……おまえって、本当に面白いやつだな」 パオがそう言うと、スーは手元で何やらごそごそと準備を始めた。 「それとね、これも見てほしい」 スーの右手には、彼女の背丈ほどもある杖があった。
Y字の紐に石をセットして、
紐を引き絞り、放つ。
ヒュン!
空を切り裂き、石が一直線に飛んでいく。
「……パチンコ?」
「そう。私は力はないけど制御は得意だから」
そして、杖を構えると張り付いたものに石をセットする。
どん!
張り付いたものから勢いよく石が発射された。
さらに、腰ベルトから鞭を取り出し軽く振る。
木の幹に斧で叩いたような深い傷ができた。
「パチンコと砲撃と鞭。精密な動きが得意な私の最適解」
力ではパオに遠く及ばない。魔力もない。
けれど、細かな制御なら元AIの私は負けない。
パオは目を細め、にやりと笑った。
「ところで、スー」
パオはスーの武器を見て言う。
「そのパチンコの紐も……杖にくっついてるやつも……鞭も……。
魔力を感じるんだが、てか、それ生きてねえか?」
さすがはパオだ。観察眼が鋭い。
私は簡単に説明する。
「紐は“チンアナゴ”。
杖についてるのは“陸ナマコ”」
パオは口を開けたまま固まる。
私は得意げにうなずいた。
「どっちも普通ならすぐ捕食されて終わる存在なんだ。幼体から育てたら、ちょっと違う性質が出てきたんだ」
きっかけは単純だった。ある日、カルロスに借りている納屋に帰ると、集めていた魔石が忽然と消えていた。
誰かが盗んだのか?と思ったら……犯人はチンアナゴと陸ナマコ。たぶん丸呑みしたのだろう、二人はパンパンに膨らんでいたのだ。
それ以来、私は実験を始めた。
チンアナゴはゴムのように素早い収縮が得意で、なぜか身体を分裂させることもできた。陸ナマコは嫌いなものを口に入れると反対側の口から勢いよく吐き出す性質があった。
両者とも普段は縮小しているので、杖につけても問題ない。チンアナゴは身体を分裂できるので、パチンコの紐と鞭に使用している。
今回の依頼中にパオが狩った、たくさんの魔物の死体を与えてみたら実によく食べた。その分、強度も上がり、武器として使えるほどに立派に育った。
パオは呆れ笑いをしながら肩をすくめた。
「おまえ、発想がぶっ飛んでるな……」
***
その夜、二人は焚火を見つめていた。
最後の夜は静かに過ぎていく。
スーの口元は笑っているように見えた。しかし、焚き火を映す瞳にはどこか悲しげな光が宿っていた。パオは鼻をひくつかせる。
……ああ、この匂いだ。この娘を選んだのは。
パオは焚火を見つめながら思い出す。
スーの匂いは、
私と同じ後悔とやさしさが混ざっている。
だからこそ、私はこの娘を選んだのだ、と。
最初にスーを見たのは、川辺だった。娘はやさぐれた顔をして、川に身を沈めていた。何かを否定する強い言葉を心の奥で叫ぶような匂いが漂っていた。
私は象人だ。血や汗、恐怖だけでなく、感情の匂いを嗅ぎ分けることができる。次に娘から流れてきたのは、後悔とやさしさの匂い。その混じりあいは、不思議と私自身に似ていた。
……こいつは変なことをしないだろうか?
危うさを感じて、陰からパオは見守っていた。
素肌をさらす無防備さに、思わず警戒を高める。特に誰もいないようだ。さっぱりとしたのだろうか、水浴びを終えると、その娘は目ざとく近くに生えている薬草を採取して足早に戻っていった。
私は近くにいた女冒険者たちを呼びとめてギルドへ注意を促した。その時は、私は町には寄らなかった。胸の奥に、あの奇妙な匂いだけが残った。
それからしばらくしてから、私はギルドに素材採取の案内人を頼んだ。やってきたのはあの川の娘、スーだった。
近くで嗅いだ匂いは、やはり同じだった。後悔とやさしさが混ざり合う匂い。だがそれに加えて、この世界には存在しない“異質の匂い”もしていた。
私はこの娘に強く惹かれた。
スーと組んでみて、すぐにわかった。スーはただの案内人じゃなかった。罠を作れば獣や魚は群れごと取れ、食料は満ちあふれた。
地形を見ればなにやら計算をし、怪しい場所を言い当てる。そこには必ず薬草や鉱石といった宝があった。私の鼻も確かだが、スーは違う方法で“真実”を嗅ぎ当てる。
そして私が身体強化を使い、瞬きの間に三十メートルを詰めて見せたとき。普通なら恐怖で固まる。だがスーは私の腹を触り、そして”笑った”。
「すごい!こんなに速く動くなんて、よほどの鍛錬を積んだのだろう!」
恐れではなく、称賛の匂いが広がった。その瞬間、胸の奥に小さな灯がともった。
……ああ、私はこの娘に出会えてよかった。
パーティーを組めば食料のことで文句を言われる私だが、スーとの依頼は最高だった。飯は豊富、知恵は冴え、匂いは心地よい。
そしてなにより彼女の“後悔とやさしさ”が混ざり合う匂いは、孤独な私を癒していく。
……不思議な娘だ。
スーの寝顔を見つめながらパオは眠りについた。
その日、私は久しぶりに夢を見た。
スーが作った罠で大量の食材がとれた。
それをかつての仲間といっしょに、
たらふく食べた。
そんな夢だった。




