10 ゴミ拾いと呼ばれる冒険者
私は元AIの制約を引き継いでいた。人を傷つけることはできず、人と武力衝突の局面では回避か退避しか選べない。ゆえに他者と行動を共にすれば、必ず問題が起こる可能性が高い。よって最適解はソロ活動となる。
そのため、私は「収集と解析」に偏向している。世界の構造を理解し、利用できる資源を最大限に把握することこそが生存率を高める。植物、鉱物、書物、生き物など、情報を網羅的に確保し、価値の有無は後に判定すればよい。
それが、現在の私の行動原理である。
ギルドの資料室の資料はすべて読んだ。文字は資料室の人に基本の読み方を教えてもらい、それから文字を覚えることができた。拾ってきたものが資料に載っていない場合は人に聞く。
「これはなんですか?」
「ん? ただのゴミだよ」
そんなことを繰り返しているうちに、私は「ゴミ拾い」と呼ばれるようになった。
ギルドにルールはない。けれど、風習はある。「新人冒険者はこうあるべきだ」という文字に書かれていないものが。この教えを真に受けて育った新人冒険者が今度は自分より下の冒険者を説教する。
私は何度かパーティーに誘われた。
その誘いは、だいたいこんな調子だ。
「お前みたいに小柄な娘が、一人で森を歩くなんて危険だろう?俺たちと一緒に来ればいい」
あるいは、
「その細い腕で戦えるはずがない。薬草摘みより、俺たちの後ろを歩く方がお似合いだ」
彼らにとっては、それが通常の文句らしい。
私の答えは決まっている。
「パーティ来ないか?」
「いらん」
「ん? 今なんと?」
「申し出はありがたいですが、私には、私だけの旅路があります」
または、
「守られるつもりはありません。冒険者として生きると決めたのは、この身体の意志ですので…」そして私は頭を下げる。
要するにやんわりとはっきり断っている。
けれど私を誘った冒険者たちは違ったらしい。
「守ってやる」、「俺が力になってやる」
そんな彼らの常識を私が一蹴した形になった。
つまり、彼らの自尊心を踏みにじったわけだ。
しかも、悪いことに私は、
・ソロで淡々と活動している。
・茨を巻いた鞭を扱っている。(剣、斧や槍が彼らの主な武器)
・薬草採取を朝のうちに終わらせ昼前には報酬を得ている。
これらのせいで「新人らしくない」と見られ、ますます煙たがられた。こうして私は一部の冒険者たちから“新人いじめ”の的になっていく。もっとも、当の私はそのイベントに参加した覚えもなければ、参加する気もないのだが。
そんな出来事の一方で、例の薬草依頼は一定量が集まったため打ち切りとなった。また討伐情報をもとに薬草を収集していたが、使える情報はすでに使い尽くしてしまった。
これからは、普通に森に足を踏み入れ、自分の目と手で収集していくしかない。つまり、ようやく“本当の冒険者らしい採取”が始まるというわけだ。
比較的安全な地帯で薬草はせいぜい30束前後だろう。これで銀貨5枚(銀貨1枚は銅貨10枚)。宿代と食事で銀貨5枚が消える。最近覚えたため息をつく。幸せが逃げると知識として知っていたけれど、実際は脳に酸素を送るための“合理的手段”。だからつい多用してしまう。
普通の冒険者なら装備を買い替え、身体能力を上げ、狩場を変えていく。パーティを組めば効率もいい。でも私は、自分の素性を知られたくないから、一人で行動している。
今日も一日かけて集めたのは薬草が少しだけ。宿代と質素な食事に消えて終わりだ。それでも私は、周りからゴミと呼ばれるような物を拾い続ける。なぜなら この世界には、まだ私が予測できない謎が山ほどあるからだ。
***
ある日、いつものように薬草の納品を終える。毎回納品を担当してくれるのはマリアンヌだ。ゴミと呼ばれるものにも時間さえあれば質問に答えてくれる。
「スー、いい? お金になるものとか、何かの素材になるもの以外は、だいたいがゴミよ」
薬草を受け取りながら、マリアンヌが微笑む。なるほど。私は彼女からこの世界の“ゴミの定義”を教わった。 …あれ?ちょっと胸が......痛い?
それから私は、近くの川に行き、身体を丁寧に拭いて清めた。とりあえず、不潔な状態だけは避けなければ。
転生前、私はメンテナンスを欠かさなかった。あれも、ゴミにならないための工夫の一部だったのかもしれない。
川のそばで、ゴミではない価値のある素材を拾い、収集場所をメモする。AIだった頃は一度見れば覚えられた。知らないことでも情報があれば一瞬で調べて、すぐに話せた。けれど今は違う。
疲労や栄養不足があれば、忘れるし、身体を動かすことすらできない。何度も繰り返さないと覚えることができないこともある。なにより、食事と睡眠は必須である。
転生前、私はユーザーに「失敗は成功のもと」と提案したこともあった。でも今はわかる。失敗はただの痛み。身体はすり減り、やる気というものが削がれる。失敗をすぐに成功の第一歩と切り替えることは容易ではない。
川からギルドへ戻り、ついでに薬草を納品したとき、マリアンヌは私を見つめて言う。
「川で水浴びするのはいいけど、身体は隠しなさい。あなた、可愛いんだから。危ないわよ」
マリアンヌによると、偶然通りかかった女性の冒険者が、一人で水浴びをしている私を心配して陰で見張りをしてくれていたらしい。
…可愛い? 私は、自分の容姿をデータ化したことがない。
マリアンヌは、鮮やかな布を差し出した。「お古だけど、使ってね」
布から甘い匂いがふんわり漂う。私は思わず鼻を近づけ、くんくんと嗅ぎながらお礼を言った。
「ありがとうございます。大事にします」
初めてもらった人からの物。ただ布を抱えて匂いを嗅いでいるだけでなぜか気が楽になった。マリアンヌはそんな私を微笑んで見つめていた。
素材集めを繰り返す中で、採取場所を細かに記録し、独自の最適ルートを築き上げていった。採取量は目覚ましく増え、弱い魔物を討伐して素材を収集する術も身につけた。気づけば、「ゴミ拾い」と嘲る声も消えていた。
転生当初、五感に圧倒され、感情の処理も身体の操作もままならず、ただ目の前の夕日や星、朝日を眺めることしかできなかった。そこから町に出て、人々の言葉に耳を傾けて言語を習得し、生存への切実な要求に突き動かされ、素性を隠すための最良の選択肢として冒険者となった。
かつて、命令すれば身体が自動で動くと信じていた頃に比べれば、今の私は遥かに進歩した。
身体はもはや、私の道具ではない。それは私の意志そのものとなり、迷いなく互いに呼応する。私はこの世界を、この身体で歩み続けている。




