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プロローグ

 

 ーーーーーーー


「本当は。好きなんだろう。認めちまえよ。大丈夫さ。あいつならお前を否定などしない。」

「だから。それはできない。受け身になってしまわれるのは、違うんだ。オレはそれを求めていないんだよ。オレが、あいつを好きなんじゃない。あいつが、オレの事を好きでないと意味がない。オレの事が好きなあいつがいないと。」

「そんなのどうでもいいだろ。お前の気持ち一つで、あいつはお前の手に入るんだ。お前に絆されてそのうち惚れてくれるさ。」

「それは、本当に惚れているというのか? 」

「贅沢言うなよ。気持ちなんてどうでもいいだろ。お前が手に入れられるものなんて、この世に一つもありゃしないさ。」

「ああ。確かにな。」


 アンリは自傷気味に笑うと、長椅子に目をやる。

それと同時に背後の扉をノックする音がする。

長椅子に近づきながら短く返事を返すと、使用人がカップを2つ載せた盆を持って入って来きた。

 アンリは使用人の事など気にする様子もなく、長椅子に投げてあったベルトを手に取ると腰に巻き付け、テーブルに置いてあった剣をそれに差し込む。


「あら。アンリ様。お客様はお帰りになられましたか?」

「なんのことだ? 」

「話し声が聞こえましたので、てっきり来客かと思いまして、飲み物をお持ちしてしまいました。・・・もうお出かけですか? 」


 使用人は少し戸惑った様子を見せるが、アンリは「世話になった。」と、一言残すと颯爽と出ていってしまった。

 使用人は盛大なため息をつく。


「まさか、独り言だったのかしら。」


 確かに来客があるとは聞いていなかった。

 しかし、部屋の中からアンリの声がボソボソと聞こえていたので、気の利く女のアピールでもしようとした行動が、不発になってしまった。

 使用人の女は自分の持ってきた一つのカップの中身を飲み干すと、下品なゲップをすると、クスクスと笑い始めた。


「あんなに素敵なお方のお世話をできると思って期待して、少しおめかししてきたのに。一度も目を合わせていただけなかったわ。やっぱり、女は苦手だという噂は本当だったのね。顔はタイプだけど・・・。まあ、いいわ。ちょっと変わっててキモいし。」


 主のいなくなった部屋の長椅子に横柄に座わっていると、先程アンリが出いて行った扉がノックされる。

 女はだらりとした格好のまま大きな声で答える。


「アンリ様ならいらっしゃらないわよ。」


 扉が開かれると、彼女と同じようにお盆に2つの飲み物を載せた使用人の女が驚いたように顔を見せた。


「ヤダ。あんただったの? アンリ様の相手。」

「違うわよ。相手なんて、いなかったわよ。」

「は? どういう事? あれ? あんたも飲み物持ってきた感じ? くっそ、出遅れたか。」

「ああ。出遅れて正解よ。あいつ。独り言だったみたいよ? キモくない? 」

「え? ちょっと、なにそれ。部屋から聞こえてた話し声、あれ、独り言だったの? キモ! ビジュいいのに、勿体な! 」

「ほんと、それ! 」


 若い使用人の女二人が、楽しげな笑い声を上げる。

 少し開かれた扉から、その音が溢れていた。

 アンリの部屋を訪れようとした男はその声を聞きつけると、歩みを変えた。


 彼の部屋から、女の声が聞こえることはまずないと言っていい。おそらく、すでに出かけたようだ。

 頭部以外の防具をつけた男は、ガチャガチャと音を立てながら、階段を降りる。

 進んだ先の兵士控室に、アンリの姿を認めた。


「アンリ様! 」


 男は大きな声で叫ぶと、体を揺するように動かし、椅子に座り防具をつけているアンリの前に跪いた。


「どうか! 決闘裁判をさせてください! 私の名誉に懸けてあのような不貞な行為はないと、証明させてください! 」

「・・・久しいな。ウィリアム・・・。わかっている。お前は、策略にまんまと引っかかっただけなんだろう? 父上の許しがでなかったんだ。もう、諦めろ。」

「しかし! 」


 食い下がるウィリアムを手で制すと、アンリは薄く笑う。


「まさか、マグリットの相手がお前だという噂が流れるとはなぁ。5年前の死産まで引張り出し、お前とマグリットの子で、実は生きているのではないかという噂まで流して。まぁ。オレが子どもを作れるような甲斐性がないのは、皆の周知の事実だって事だよなぁ。」

「甲斐性がないなどと! そんな事はありません! 幼き頃から見てまいりました、このウィリアムはよく存じております。 それなのに、アンリ様のご苦労も知らずに、其のようなくだらぬ噂話をはびこらせる輩を、許すことはできません! 」

「幼き頃よりか・・・。そうだな。ウィリアム。・・・お前は、父のようであり、兄のようであり・・・」


 アンリは眼の前にひざまずくウィリアムの短く刈られた前髪を一房つまむ。


「トーナメントには共に明け暮れてはくれるが、男色に溺れるオレをたしなめることもなく、染まることもなく、ただ静観するのみ・・・」

「・・・アンリ様? 」


 アンリはウィリアムの目を見つめたまま、前髪を掴んだ手を頬にすべらせると、こわばる頬を撫で、耳に優しく触れる。

 見つめる目は鼻と鼻が触れ合いほどに近づいていた。


「・・・気づいているのだろう? 」

「・・・な、なんの事で・・・? 」


 アンリの目は細くなり、喉奥ではクックと音がなる。

 こわばるウィリアムの視界は一瞬暗くなり、日に焼けた額には小さくなキスが落とされた。


「許す。」


 そう言うと、アンリはウィリアムの体をとんと押す。

 ウィリアムは大戦士というには不格好な体制で、大きな図体を地面にドスンと落とし、ぼんやりと眼の前のアンリを見つめた。


「だが、決闘裁判は無理だ。気持ちはわかる。 が、冷静になれよ。お前は何を守りたいのだ? オレの名誉か? それとも、お前の潔白か? 」

「それは! 両方です!」

「ならば、誰が決闘裁判の相手なんだ? 今の流れだと、お前の相手はオレが引き受ける流れになるが。」


 地べたに無様にへたり込んでいたウィリアムは勢いよく立ち上がると、再びアンリの前に跪く。


「アンリ様を相手に決闘裁判など!! するつもりはありません!! 」

「では、誰を立てる? 噂か? 噂話を流した張本人でも探し出すつもりか? おそらく、そんなのは、無理だろう。」

「噂の元なら論ぜずともわかります! フィリップです! かの者はここ数年頻繁にトーナメントを開き、そばにアデル様やマグリット様を侍らせ、我々との接触を画策し我々の分断を・・・。」

「・・・アデルも、だろう。子を失い傷心のマグリットを元気づけるのだと、頻繁に連れ回していたのは、アデルだ。オレ達もまんまと策略に乗り、軽率に参加していたトーナメントだ。そこに、フィリップを見たか? 見たとしても一瞬だ。フィリップの名のもとに、アデルが仕込んだんだろう。あやつ。父の妾の分際でなんの恨みがあって我々をかき回すんだ? 」

「・・・アデル様?」

「リシャールとは正式に婚姻できていない、形だけの婚約者だ。カペーの手の者と考えてもおかしくない。父上から手厚い保護を受けておいて、口先では姉妹愛だとほざきながらも、マグリットを生贄に裏切るなどと。恐ろしい女だ。」


 ウィリアムはポカンとした顔でアンリを見つめた。


「アデル様が・・・? 」

「アデルが父上に泣き付けばどうなる? オレ達には為すすべなどないんだよ。それならば噂話のまま終わらせたほうがいいという事だな。」

「そ、そのような・・・」


 信じ難いが、フィリップだけでなく、アデルも・・・と考えれば辻褄が合う。


 トーナメントは姫に捧げられるという名目のもと開催されることが多く、その分、参加していくうちにマグリットとの接点が増えていっていた。しかし、それなのに、アデルとの接点はというと、殆どと言っていいほど記憶にない。

 ウィリアムの信じられないという顔を眺めながら、アンリはくっくっと笑う。


「オレも初めは信じられなかったが。リシャールのところのポールの見解だから、あいつの情報網から考えると、まぁ納得だな。」

「ポール殿が? なぜ・・・? 」

「ルーを看取ってくれた義理があるから、お前が窮地に追い込まれているのを見て見ぬふりは出来ない。現状を変える事は出来そうにはないが、ウィリアムの弁明の助けをさせてくれ と言っていた。彼奴等も間抜けだな。ルーを殺したのがオレだとは思っていないようだ。今だガスコーニュのゴロツキ共か、あるいはフィリップの差し金だと信じてるようだ。ははは。簡単で馬鹿な奴らだ。」


 その言葉に、ウィリアムは少し複雑な感情が蘇る。


 ルーを看取ったあの日、そこに転がる刺客の見知った顔でアンリが背後に居ることを察し、咄嗟に顔を潰してごまかしたが、フィリップの戴冠式の折のリシャールの態度がずっと引っかかっている。

 実は、暗殺を目論んだのはアンリだとバレているのではないか、という疑念が、今も消えていない。

今回も、現状は変えられないという理由からの、助け船のような気もする。

 ならば逆にフィリップ サイドと決闘裁判が出来るとしたら、リシャールたちはどう出るのか?

これも何かの策略が裏に? 自分とアンリ様が不仲だと都合が悪い?


 そう考え出すと、頭がぐちゃぐちゃになってくる。


「そういう事で、お前はしばらく謹慎だ。宮廷から離れてもらう。まぁ。そのうちほとぼりも覚めるだろう。あぁ。そうだ。ロカマドゥールの巡礼にでも行ったらどうだ? オレも行きだいけど、もう暫くは父上の手先として働いてるさ。ル・マンで父上とクリスマスを過ごせとお達しがでてるからな。めんどくせぇ。」


 そう言うと、アンリは足を突き出す。

 ウィリアムはアンリの足にプレートを結びつけながら、ぐちゃぐちゃの頭に突然舞い降りた天使のようなロカマドゥールの美しい教会の思い出によって、答えのでそうにない問題を心の奥底へとしまい込んだのだった。






後編始まりました。

そして、不定期投稿です。

投下欲を抑えることが出来なかった。。。


今回はプロローグからのスタートです。

こちらジャンの一人称で進めている物語のつもりですので、伝えにくい場面は三人称での回想とか、プロローグ(今回の裏技)とかで、情報を入れていく作戦なのですが、ちょっと情報量入れすぎた気もします。

覚えてるかな。って場面が幾つかでてきます。

例えば、マグリットの件

こちらの案件は、第一幕の「晴天の霹靂」章の24話から「ウィンザー」章の31話くらいが対象となっております。

アンリの男色の件は、っまぁいいか。

次いで、ルー殺しの件は第二幕の「青天の霹靂」章19話20話。

ウィリアムが思い出す、アンリとリシャールの接触は「ランス」47話。


アデルはどういうつもりなんでしょうかねぇ。

ちょっと悪徳令嬢ですよね。

ああ。悪徳令嬢じゃん!!(テンション爆上)立ち位置、主人公ライバル婚約者!! 気がついてなかった。(え?)

彼女を描ける日が来るのだろうか。ちょっと心配です。



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