Act27 エピローグ 神様達の会話と黄金いも
白く雲のようなものに包まれた空間に、嵐神達はいた。
人の世界から去り、その小さきいのち達がこれからも生きる空間を遠くみるようにして。
「人というのは不思議なものですね」
「魅惑される、か?」
嵐神の慨嘆に、魔王と名乗った人としての名をリチャード・ロクフォールとしていた存在が訊ねる。何処か、面白そうに。
「…ええ、実をいえば」
「危険か」
楽しげにいう相手を、嵐神が少しばかり眉をかるくあげるようにしてみて。
「…あなたは、――まあ、いいのですが」
先輩ですしね、と顔を横に向ける嵐神をおもしろそうにみて。
「人というのは、本当におもしろいものだよ。そして、きみは世界の成り立ちなど、いろいろなことをあれだけ詳しく説明していたのは、つまりは世界の成り立ちなどを潜在意識にも識っておくことこそが、世界の存立をよりよく永く世界が続いていく為に必要なことだと、よくしっているからこそなのだろうね?」
「…皮肉ですか。――ええ、…こういう理解が大事だとはこれまでの経験上ありますからね。神話として受け継がれていくような話にはなりますが、―――喩え、これから先けして憶えてはいなくても、それは大切な世界の基盤となりますから」
真面目に視線を何処か遠くに逃していう嵐神に、くすり、と魔王が笑う。
「…先輩」
眉を寄せて、いやそうに振り向いてみる嵐神に、魔王が笑う。
隠しもせずに。
「ああ、…確かにね。つまり、きみはあの子達が、記憶をなくすのを前提に、――きみが神だということや、…あるいは、世界の成り立ちや二つの世界が混合したことや、そんなすべてを話していたのだね?」
楽しそうにからかうようにいう先輩――職務上の――に、嵐神がいやそうにみる。
「…それは、そうでしょう?記憶は残すわけにいかないでしょう。…」
「かれらは、私たちのことを忘れる?」
「そうです。…――世界に、神が降りていた記憶は残らない、…?先輩?」
実に楽しそうに、魔王が笑む。
「いや、それが確かにスタンダードだね?」
小さき者達の住まう世界は、神々からみれば実に弱く小さい。だから、そこへ影響を与えすぎないように、神々との接触は本来行われることはなく。
だから、――――。
「かれらの記憶は消えると。それを知っていて、きみはかれらの為にあれだけ詳細に世界の仕組みについてなど話していたわけだね?」
「…はい?ええ、―――そうでしょう?世界は、…?」
先輩?と少々、魔王と人に呼ばれる立場通りに意地の悪いような微笑みをみせている相手に、嵐神が疑問をもって見返す。
「一体?」
「―――ああ、お待ちしていましたよ、管理官」
「おまたせ!…―――まった?きみたち」
そこに現れたのは、先の小さき世界での名はエドアルド・ロクフォール。
いや、その姿がふわりとゆるんで。
色の不明な淡い光により形造られたかのような、美しい少年の姿となっていて。
「―――管理官どの」
嵐神に、少年が向き合う。
不思議な微笑を抱いた存在のもつ力は、先の世界でエドアルド・ロクフォールを名乗っていたときとは比べものにならない。
少年の姿をしているというのに、持つ力はかれら神と魔王を名乗ることのできる存在の持つ力など軽く凌駕していることがわかる。
それは眩しい光となるエネルギーだ。
存在そのものの持つ力が、他を圧倒する。
人の世界で太陽とも比すことが可能なほど強い光をもつ嵐神や魔王を名乗るかれらを、まるで恒星の前に立つ蝋燭と変える。
いや、その存在そのものが星を数多く抱く宇宙のように。
底知れぬ力の差を当然のように、淡く光として少年の形をとってみせる相手に。
だが、何処かこの事態を面白がっているような魔王は、圧倒的な力の差を特に感じてもいないように微笑んでみせて。
「いえ、そのお姿では大変お久し振りです。那人管理官」
楽しげにいう相手に、那人と呼ばれた存在がかるく肩をすくめて笑む。
「そうだね。前にこの姿であったのは、――――…三つの世界が滅んで再生するときだったかな?」
「ええ、よく憶えておられです。わたくしのように、極地での僅かな世界を分担しているのではございませんのに」
少しばかり本気で感心している声音で魔王がいうのに、那人が微笑む。
「そうだね。…――ぼくの存在は、確かに多くの世界に渡っているから、――それでも、数多の世界があろうとも、その一つが軽いわけではないのだからね」
「ありがとうございます。常に、御心をくだいていただいて」
「うん。それはともかく、これからだよね?」
「ええ」
那人の言葉にうなずく魔王に、嵐神が不思議そうにかれらをみる。
「その、―――管理官どの?先輩も?」
その嵐神に、魔王がその名に相応しいような何かを企んでいる顔で笑んで見返す。
「―――あの?なにか、」
悪い予感がするんですが、という前に那人管理官が微笑んでいっていた。
「実は、この二つの世界が融合して一つの世界として生まれた件に関しては」
にっこり、と微笑むさまが何か迫力だ。
光を纏う美少年がにこやかにいいきる。
「かなり規則に例外ができていてね?」
「――――はい?」
この問い返し方は、まるで先の世界でみていたグレッグみたいだな、と。つい、先の世界で接触していた小さき命の影響をつい考えてしまった嵐神だが。
それに、にこやかにいう。
「だからね?」
美少年は本当に麗しい微笑みで。
「――別れとか、告げなくてよかったな?」
「…――いわないでください、…」
「記憶が失われると思って、名も告げたりしていたんだろう?」
「…―――ですから、先輩!もうそれをいわないでください、―――…」
目を閉じて額をおさえる嵐神に、たのしそうに魔王がいう。
「いいじゃないか。実際に、小さき者達の記憶が消えると思って別れの挨拶などしていたら、いたたまれないなんてものではすんでいないぞ?」
「――ですから!…そうしていなくても、だから、…」
かなり恥ずかしい思い込みで陥っている事態に、嵐神が魔王にからかわれているころ。
グレッグは、黄金芋の畑の収穫を満足気にみて額の汗を拭いていた。
「大将!」
「…ウィル!少しやすむか!」
緑豊かな畑は、背景に優雅な白い城を背負っているが。優美な城とは正反対の汚れてもかまわない格好で農作業をしていたグレッグが、呼びかけに答えて提案するのに。
「いいですね!やすみましょう!」
畑の向こう側から、ウィリアムが声をあげて、手をやすめてこちらに来るのがみえる。
収穫したいもを入れた大きな桶に腰掛けて、グレッグが首にかけていた布で汗を拭き、腰に下げていた筒から水を飲む。
うまそうに水を飲んで、青空を仰いで。
そこへ、鋤をもって歩いてきたウィリアム――小隊長としてのグレッグに副官として仕えていたかれ――がともに青空を振り仰ぐ。
「アルバが戻ってきたな」
「みたいですねえ、…今度は、何を持ってきたんでしょうね?」
「いつもアルバが何か変なものをもってきているみたいにだな?」
青空に映える黄金の光が旋回して降りてくるのを眩しくみながら、グレッグがウィルに一応釘をさすが。
「いえでもねえ、…先日も、黄金鹿を連れてきたでしょう?」
「―――…」
「その前は、闇のコウモリ一族との交渉で」
「…――」
「その前は、羽ばたき兎の一族でしたね、それから」
「わかった、…まあ、まだ帝国は始まったばかりなんだ。だからだな?」
「これから国を形造っていく為に、いろんな種族の方達とあって交渉とか盟約とかしなくちゃいけませんからね?」
「ま、そういうことだ」
舞い降りる黄金竜アルバの背には、確かに何かが乗っているようだ。
「おかげで、こちらはお客様を訪ねていかなくても、交渉ごとができるんですから、いいじゃないですか」
「それはな、…。帝国を作り上げる為にまず各地に散らばる種族を組み入れる処から、だからな、…」
「気の長い話ですがね?――いもも収穫できましたものねえ」
緑が広がる畑をウィリアムがみていうのに、グレッグもまた軽く肩をすくめて畑をみる。
「そうだな。――気長に行こう」
帝国へと来て、はやどれだけか。
少なくとも、育ちが早いことで知られているとはいえ、種芋から植えた黄金芋の収穫ができるくらいだ。
そして、それは―――。
黄金竜が舞い降りて、その背から降りた姿にグレッグが目を見張った。
「…――リチャード、――それに、ロクフォール?」
「おや、魔王さん、――それに、名参謀どのまで?」
どうしたんです?と二人が驚いているのに、嵐神が罰の悪いような顔をして黄金竜から離れて歩いてくる。
そうしながら、ちら、と魔王をみて。
「もしかして、…」
その問いにおもしろそうに魔王が答える前に。
「リチャード、あなたのアドバイスのおかげで、いもは無事に収穫できましたよ。ありがとうございます」
「…――やっぱり、――すでに接触していたんですね?」
「うまくいったならうれしいよ」
額をおさえていう嵐神に、その隣でにこやかに微笑んでいうリチャード・ロクフォール。
「そうそう、私はこちらの世界では、まだリチャード・ロクフォールとして通用しているんだよ。魔王でもあるけどね?」
「…――先輩、」
それは何という、と。思わず、これまでの先例と本来なら厳密に世界との接触を制限するべき事態であるはずの、――本来の規則を思い返して、思わず天を仰ぎ嵐神が遠い視線になる。
「リチャードには、向こうの外交官として、こちらとの交渉を仕切っていただいているんですよ」
笑顔でいうグレッグに、本来なら、と考えてめまいをおぼえそうだな、と嵐神が思いつつ溜息を。
「どうしました?ロクフォール?」
「…いや、まあ、――」
「名参謀どのは久し振りですからねえ、…――ねこって、いもは食べられるんですか?」
なんといっていいものか、と考えてしまっていた嵐神が、ウィルの質問に視線を向ける。
「ああ?食えるが」
「じゃあ、いもを蒸しましょう。この黄金芋というのはうまいんですよ。丁度、収穫できたばかりですからね?そうだ、魔王さん。運ぶの手伝ってもらえますか?」
「私がいるのを利用しようという気だね?」
魔王と呼びながら、まったく物怖じする気配すらなくいうウィルに。
リチャード・ロクフォールとしてか、それとも魔王としてか。
にこやかに微笑むと、かるく手を収穫したいもが沢山入っている桶に向ける。
「運ぼうか」
「…リチャード!こら、ウィル、リチャードになんてことを」
「いいじゃないですか、御本人が運ばれるといってるんですし。立ってるものはネコでも使えとかいうでしょう?」
「…――いうかな?」
困っているグレッグに、リチャードがいう。
「私は、勿論運んだ分おいしい蒸しいもが食べられるのを期待しているよ?」
「…その、リチャード、…―――ロクフォール?!」
ふわりと黄金芋を積んだ桶が浮かび上がり、困惑しているグレッグの肩に。
「な、なんで、あんたまたネコに!?」
赤毛の大型猫となった嵐神が、かるく跳び乗って。
「ロクフォール!!!」
おもしろそうに、赤毛猫が頬をぺろり、となめるから。
「うわ、なにするんですか!!!」
叫ぶグレッグに、魔王が面白げにみて。それから、元副官ウィルが楽しそうにみて。
「いいじゃないですか、ねこにはもてるんでしょう?まあ、あんたはもふもふ全般にもてるようですがね?」
「だな!」
赤毛猫――嵐神が得意げに続ける。楽しげに得意げにグレッグの肩に乗ってのびをして、運ばれる気満々な赤毛猫にグレッグが怒る。
「あんた、自分の足で歩く気はないのか!」
「もちろんだ。ねこの姿では、人より歩幅が小さいんだぞ?」
「その分、足が速いでしょうが!」
猫の姿で、グレッグの肩でからかって遊んでいる嵐神。
それを、少し離れてリチャード・ロクフォール――魔王がみて。
「楽しそうだな」
「ですねえ。魔王さんも」
「そうかね?」
元副官ウィルと魔王が並んでゆったりと歩いて。
そして、その前には黄金竜に額を小突かれたりしながら、赤毛猫を肩に乗せて歩いている大将――後の世で黄金帝アルバと呼ばれることとなるグレッグ。
かれらの間には、黄金芋を積んだおけが浮かんでいる。
楽しそうに、ウィルが笑んで。
「この芋は本当においしいですよ?楽しみにしてください」
「うん、楽しみだ」
魔王が造った優美な城に向けて、黄金芋を積んだ桶と共に歩く一行。
ちなみに、後の世で黄金帝と呼ばれる理由だが。
この黄金芋を大陸に広めた帝として、その功績を称えて黄金帝と呼ばれることとなる。二期作のできる実に優秀で土地を選ばない作物として、黄金芋は大陸の命と呼ばれるようになり、大陸に住まう生命の食を満たしていくこととなるのだが。
いまはまだ、ようやく帝国の城近くに黄金芋の畑を作り、初めての収穫を迎えたグレッグ達である。
白く優美な城は青空に映え、白雲も平和に青空に流れていて。
「グレッグ」
「なんです?ロクフォール」
もう肩にねこが乗っていることはあきらめて、グレッグが応えるのに。
「いや、元気にしていたか?」
「ええ、畑を耕して、水を汲んで――久し振りに健全な労働をしてますよ」
「楽しそうだな」
肩のねこをちら、とみてグレッグが肩をすくめる。
「まあ、流れてくる銃弾を気にする必要はないですからね?…―――戦場じゃないっていうのは、いいもんですな」
随分と忘れてましたが、と。忘れる以前に、それまでの世界では戦のない空間は僅かしかなかったのだが。
「あんたにも、感謝の証としていもを食わせてやりますよ?」
いたずら気にみていうグレッグの頭に前足をおいて、赤毛猫となった嵐神がおもしろそうに笑む。
「そいつは楽しみだ」
それから、そっという。
「…――そういえば、大兄はどういう役職になってるんだ?」
「きいてないんですか?」
赤毛の大型猫のいう大兄――リチャード・ロクフォールをちら、と振り向いて。
グレッグが笑む。
「―――…ランセア国大使、外交官ですね」
「そうか」
「はい」
以前はいうことのできなかった小国の名をさりげなく告げて。
――ランセア――槍をあらわす言葉を国の名として。
それは本当にさりげなく。
「ランセア国か」
「はい」
「こちらは?帝国の名はどうした?」
「まだ決めてません」
「おい」
「まだ帝国の種族を集めてる処ですからね?それから、――案外、遺跡か何かあって、古代の名がわかったりするんじゃないですか?」
「そうなのか?」
「いやだって、一応、この城もそうですが、…――誰か先にいなくちゃ、設定としておかしいでしょう?」
「…―――だな、」
すこしおかしな顔でいう赤毛ねこに、グレッグが訝しむ。
「どうしたんです?リチャードに聞きましたよ?世界の設定が固まると自律的に――なんていったかな、…つまりは、生えてくる、とか?」
眉を寄せていうグレッグに嵐神――赤毛猫が顔を覗き込む。
「なんだって?」
「違うんですか?…確か、設定しなくても、一度成立した世界では、物語が始まると自動的に自律して世界にいろんなものが生えてくるとか、…過去があるという話なら、それがおかしくないように設定が生えてくるんでしょう?」
「…――憶えてるんだな?」
「そうですが?説明してくれたのは、リチャードとあんたでしょう?」
ま、あんたは途中でいなくなりましたけど、といって不思議そうにみているグレッグに気が抜けてへんな顔になる。
「なに、気が抜けた顔してるんですか?」
「いやな、…まあ、いいか、…。後の世からしたら、いまは神話の時代だからな。…」
「神話って。おれ、いま生きてますけど?」
「いやな、だから、…いもが楽しみだ」
「…ロクフォール?まったく、…猫は猫舌じゃないんですか?熱いいも大丈夫ですか?」
眉を寄せて問うグレッグに、ふむ、とその頭をあごのせ台にして、赤毛ねこがなにか考えている。
それに、大きく眉をよせてみせて。
「邪魔なんですけど?」
「いいじゃないか。丁度いい寝床だ」
「ねるな!」
何やら言い合っている赤毛猫とグレッグの上を、黄金竜が優雅に飛び越えていく。
青空に白い雲、そして黄金竜の舞う世界。
そして、黄金帝と後にいわれる男の頭に、赤毛猫がひょいと跳上がって。
「おりてください!」
重いんですが!というグレッグにかまわず、赤毛猫が笑っている。
その後ろをついていく黄金芋をのせた桶。
「面白い光景ですなあ」
「確かにね」
あきれながらもついていく元副官に、楽しげに歩く魔王。
これから、何がどうなるのかはわからないが。
ともあれ、黄金芋を蒸かして食べるのを楽しみに。
晴れた天の下、白く優美な城へ向けて一行はゆったりと歩いている。
槍と紋章――名参謀ロクフォール
第一部 完
第一部完結です
みなさま、ありがとうございました!