Act25 触媒と、そして…
「全然、わかりません」
これをいうのは何度目だろうか?かれ、小国の小隊長であり、――現在、なんということか。
帝国の忘れ形見の皇子とかいわれる立場に突然立たされてしまい。
孤児のグレッグではなく、皇子としての名。
大層な名前――――
アルバ・ディオーロ・ミドガルド・クリフォード・オロ・グレゴリウスⅠ世とかいう名前を持つことにされてしまって。
略してやっと、アルバ・グレゴリウスⅠ世という一度聞いただけで誰が憶えたりできるのか?といいたくなる名前の持ち主ということにされてしまっているのだが。
だから。
どうしてそんなことになったのか?を。
安宿で、外に出て騒ぎになるのを避ける為にきいていたのだが。
説明責任を神様だとかいう赤毛の大型猫――名参謀ロクフォールに求めて。
だがしかし。
「…―――もう一度いってください、…」
低い声でうなるようにいうかれに、赤毛のロクフォールが説明する。
ちなみに、いまは赤毛の派手な美形――つまりは人型のままだ。
「つまりな?…世界の要素がそれぞれ異なっている二つの世界の――この場合もとといっていいのかな、―――が、偶然混ざり合ってしまった。ここまではいいか?」
「…以前にもききましたね?そそっかしい女神が落として零してまぜてしまったとか?」
「そうだ。よくおぼえてるな。…で、だ。これまでのきみたちが経験してきた戦―――それは、二つの世界同士が反発して、それぞれの独自性を保とうとして、自律的に行なわれていた反応だったんだ」
「…全然わかりませんが、何となくでよければ要は帝国とこちらが戦っていたのは、お互いの世界を護る為だったという解釈でいいんですか」
座った視線でみていうかれに、赤毛の派手な巻毛の人型をした美形―――つまり、赤毛のロクフォールが肩を竦める。
「…そうなんだ、すまない、―――。つまりは、世界はそれぞれが独自性を持つ。本来は混ぜてはけしていけないものだ。だが、今回はそれが混ざってしまった。このままでは、――自壊する処だった。帝国の方が戦を有利に進めていたと思われていたのは、単純に世界としての容量が、――エネルギー値というんだが、―――帝国側の世界が上回っていたからだ。だが、あのまま帝国が勝っても」
「…―――」
無言で見返すかれに、灰青色の鋭い眸が、何処かに哀しさを隠すようにみていう。
「この世界も、帝国の世界も、―――共に滅んでいただろう、…それはゆるされない。唯のミスで、単純に二つの世界が滅んでしまうなど」
「だから、…――本来、神様なんていう世界に干渉しちゃいけない存在が出て来たというんですか」
「…その通りだ」
深く嵐神――それが神としての名だという――が、うなずく。
「世界を調律し護り導くのがおれたち神々の役割だ。だというのに、―――…」
眉を寄せてなにを思い返すのか。しばし沈黙してから、かるく肩をすくめると嵐神がいう。
薄く笑むと、皮肉にいう。
「破壊を司るはずの部署にまで、…応援を頼むくらいだからな」
「…それは?」
「ああ、…――それは後で説明する。ともかく、二つの世界は異質なもの同士が混ざり合ってしまった状態で、そのままではひとつの世界として存在していくことができない。だからといって、混ざる前の状態に戻すこともできなかった。だから、」
「だから?」
疑うようにみるかれに、嵐神が笑む。
「きみの出番だ。―――…転生者が此処にいたことは本当に運が良かった」
「…それに意味が?」
「あるんだ。きみは、触媒として存在している」
「…―――触媒?」
眉を寄せるかれに、あざやかに嵐神が笑んでみせる。
「そうだ。本来なら、二つの世界は混ざり合うことはなかった。そこで、ともにまだ世界として本式の設定がされていないまま混ざりあってしまった世界を結晶化させる為に、きみが触媒として選ばれたんだ」
「…―――結晶?それは一体?」
「おまたせしました、―――おや、どうしました?大将」
大きくかれが眉を寄せて困惑している処に、丁度、副官ウィルが盆に水差しとカップを運んで来て。
「ああ、ありがとう」
カップを受取り、かれが礼をいい。
小卓に盆をおいて、副官が赤毛のロクフォールを向いていう。カップを手渡しながら。
「そんなにしゃべり詰めでは喉がかわくでしょう?」
「確かに、たすかる」
カップを受け取ると、水差しを自ら手にして水を注ぐ。
そして、かるく喉をうるおすと。
「例えば、この水は透明だろう。帝国の世界が白い水で、きみたちの国がある世界が青色の水だとしたら、混ざるともうもとへは戻せないだろう?」
「そうですねえ、…。まあ、そうきけばわかりやすいですが」
小隊長であるかれの少し後に椅子をひいて座って云う副官に、赤毛のロクフォールが肯定する。
「そして、世界というのは本来は結晶化というかな、…。組織化するものなんだが」
どういえばいいかを考えるようにしながら、しばし嵐神が沈黙する。
「二つの溶液が混濁している中に、触媒としての結晶の種を入れて、そこから結晶化していくようにするんだが、――――この言い方はわかるか?」
「まったく」
「氷の種を垂らして、大きくしていくようなもんですかね?」
嵐神の伺う顔に、即答で首をふる小隊長と、首を傾げながらもいう副官。
その副官をみて、かれが眉を寄せる。
「おまえ、わかるのか?」
「いえね、…わかっちゃあ、いませんが、…。そうか、大将の育った都には大池がありませんでしたかね?」
「池?大きな?」
「そうです。此方の方にはね、――うちの田舎の方には、冬に凍ってその上で遊ぶ池がありましてね?」
「…池の上でどうやって遊ぶんだ?」
不思議そうにいうかれに、副官が真面目に見返す。
「ああ、やっぱり知りませんでしたか。池の表面に氷が張るんですよ。それも、分厚い、人が乗ったくらいでは割れないやつが」
「…そんなことがあるのか。人が乗っても割れない?」
本当に不思議そうにいうかれに、副官がうなずく。
「そうなんですよ。こっちの冬は寒いですからねえ、…。都の辺りは随分あったかいと驚いたもんです。と、…まあ、そんな具合なんで、こんな水を入れたカップとかでも、朝には凍りついてたりしましてね?」
「そんなになるのか?」
驚いているかれのもっているカップを指さす。
「その中に、糸の先にちいさな塊をつけますとね?そこから氷が育つんですよ」
「氷が、…――育つ?」
「ええ、不思議なもんです。ですが、おもしろくてね?うちの方じゃ、こどもはだれでもやる遊びですよ。糸の先に小さなものをなんでもいいから結んで、水を張ったコップに垂らしておくんですよ。色水でやったりしましたなあ、…。そしたら、ものによっては、なんていうんですかね?樹の枝みたいに伸びていったり、いろんな形になったりするんですよ。そういえば、唯の水でもやりますけど、あんまりおもしろい形にはなりませんでしたね?あれも、何かいろいろ混ぜたからああいう形になったんですかね?」
「…―――つまり、それが触媒なのか?糸の先に垂らして、…――形をつくらせる?」
副官ウィリアムの説明に考え込みながらいうかれに、赤毛のロクフォールが大きく頷いて。
「きみ、やはりおれの代わりに調整官をやらないか?」
「お断りします」
きっぱり、赤毛のロクフォールがいう謎の勧誘に副官ウィリアムが即答で断る。
「この。大将の副官ですからね?わたしは。そう名参謀殿もおっしゃってたでしょうに」
「いやな、…適性があるとおもってな?つまりは、そういうことだ。二つの世界は本来なら混ざり合わない。分離して自壊してしまう。そこに、触媒としてきみに入ってもらい、そこから世界二つを統合して、結晶化――組織が発生していくように、世界が自律して存在していけるように導くんだ」
真剣にいっている赤毛のロクフォールに、かれが肩を竦める。
「全然わかりませんが、―――そもそも、なんでその触媒とやらいうのが、おれじゃなくてはいかんのです?」
迷惑を隠さない顔で云うかれに、嵐神としての顔で赤毛のロクフォールがみつめる。
「きみでなくてはダメなんだ。…―――転生者というのは、つまりは異なる世界からのエネルギー量を移動させる――他の世界から別種のエネルギー塊を移植することで、その世界の代謝を促すことや、生命を受け継ぐ為の力とすることができる。
―――つまりは、この場合は第三の世界から来たエネルギー転移を導入することで、数値を変換し安定値を導く為の変数となるんだ」
「何処の言語で話してるんですか?いま」
醒めた表情でいうかれに、嵐神が困惑した顔で見返す。
「すまん」
「何か謎の専門用語ってことはわかりますが、…――名参謀殿にはわかりやすくても、わたしらには謎すぎる言葉ですな」
「…すまん。つまりな、―――…本当に説明は苦手なんだ。だから、まあ、…――転生者は別の世界からきて、その別の世界の理を輸入するとでもいえばいいのかな」
いいながら困惑して遠くをながめてみる嵐神に、副官が大きく息をつく。
「あのですね?ともかく、大将がその転生なんとかで、つまりは、他にこの世界や帝国に生まれたものとは違うから、換えがきかないってことですかね?」
「いや、…かれもこの世界に生まれてはいるんだ。…――すまないな、…。何というか、例えば私は、この世界で生まれてはいない。だから、これは転生ではない。わかるか?」
「…まあ、なんとなくは?」
どうです?といって顔をみる副官に、首を振って。
「全然わかりませんが、つまりは、おれが、―――…前に何処かで生きてたようなぼんやりした記憶があるのが原因だと?」
「それも正確ではないんだがな。…きみの場合、そこも特殊でな、…――そうでなくては、今回この手はとれなかったんだが」
「それは?」
「きみの場合、本来なら一度死んで、きみに転生するはずの存在は、…――まだ生きているんだ」
「はい?」
眉をよせてにらんでから、驚いて困惑しているかれに大きくうなずく嵐神。
「…そうなんだ、…。本来なら、もっときみは鮮明な記憶をもって生まれていてもおかしくなかったんだが、―――。前世に本来ならあたる存在は、まだ生きていてな、―――というか、本来、死んで転生する処を、ねこ様達にキャンセルされてな、…」
しみじみとかれをみる嵐神――赤毛のロクフォールに。
「それは一体?キャンセル?…―――ねこ様?」
深く赤毛の美形が真面目にうなずく。
「そうだ。…―――特殊な状況でな、…。本来、死んできみに転生するはずだった。だが、それをキャンセルされてしまった為に、―――エネルギー線だけが一部繋がった状態というかな」
「…――つながってる、…」
ぼんやりというかれに、嵐神が続ける。
「そうなんだ、…だから、記憶とか前世についてはっきりとしたものは持たないと思うんだが?エドアルドもきみに接触して、きみの幼い頃からそれを確認していたとおもうが」
「…ああ、あの?あいつに、…――そういや、相談しましたね?まったく、…あいつが、こどもの頃、おれに会ってたのはそういう理由があったんですか?」
「そうなるな。正確にいうなら、きみのこどもの頃を観察する為に孤児院という場所を限定して出現していたんだが。…おれとエドアルドは本来のロクフォールではないから、当時は出現を限定する必要もあって、エドアルドはきみに逢う為にだけ、あの場所に出現することを許されていたんだ」
「――――…そうなんですか?」
エディ――こどもの頃にあっていた、そして現在進行形の青年将校ロクフォールの非常識さ加減がなんだかそれでとても納得できるような気がして。
それから、額をかるく押さえて目を閉じて。
「わかりました。あいつが非常識なのは神様で、――しかも、そんな限定とか、――世間を知らないというか、この世間にそれまでも存在したことがなかったからなんですね?ときどき、現れていただけだった?」
孤児院で逢っていたときを思い起こしながらいうかれに、嵐神がうなずく。
「きみに逢う為だけにこの世界に接触することをゆるされていたからな。…――これほど連続してこの世界に出現しているのは、最近になってからだ」
「それだけ、危なかったってことですか?」
ふと、真面目な顔で問うかれに、何といっていいかわからない表情で名参謀ロクフォール――そして、嵐神でもある存在が。
「そうだな、…。そして、そこにきみがいてくれたんだ。転生としては半端な、けれどだからこそ、元の世界とのエネルギー線がつながり、導くことができるきみがいた。…本当に、きみでなくては出来なかったんだ」
真剣にみていう嵐神に。
「―――ですが、それは…おれはもう生まれてますけど、その、―――キャンセルされた人?とのかかわりってのはどうなってるんです?一体?」
「本当に特殊だからな、…―――ああ、それでひとつ、きみに謝らなくてはいけないことがあるんだ」
一度視線を逸らして、ちら、と本心から気の毒に思っている、と。
雰囲気からとてもわるい予感を憶えて、かれが身を引く。
「…あんた、――いや、いわなくていい」
本能的に続きをきくことを拒否したかれだったが。
その言葉を、聞くことを。
「つまり、…――きみとつながりのあるその存在――人なんだが、――は、本来死んでいたはずでな?」
「…――ロクフォール!」
聞くのを拒否しようとするかれに、だが。
「…死んでいるはずの存在と、本来世界とのつながりをそれ以上増やしていくわけにはいかないんだ、…だから、」
「なんだって、そんなことになるんですか、…―――――!!!」
嵐神の続けた言葉、その内容に。
小隊長が叫んでも、今度は副官も同情して咎めることはしなかった。
そのくらい。
世界の触媒として存在することになってしまって。
さらに、そこに告げられた内容は、…―――。
「…本当に、すまない、―――」
真摯に嵐神が、神として謝るのが。
そして、副官が気の毒そうに視線を送るのも。
本当に、気の毒な内容がかれ、――小隊長であり、今後どうやら帝国の帝として存在していくことが必要になるらしき存在。
かれに対して、告げられていたのだった。
――まあ、本当に、それはあんまりですよねえ、…。
とは、帝国の忘れ形見とか皇子とか呼ばれるのを拒否したがっていた小隊長には淡々としていた副官さえも同情する内容ではあったのだ。
――本当にねえ、それは哀れですよ、…。
副官にさえ同情させるその内容、それは。