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Act23 世界の旋律



「…触媒、というわけだ」

嵐神がしずかにいう。それに、応えるのは誰か。

「…――――」

「ああ、そうですね、…これからです」

 なにもかもが、と。

 そして、――――。






 小隊の安宿に戻ってきて。

 おもわずも、抗議の声をあげているひとりがいる。

「何がどうして、どうなってるんです?」

額を押さえて、訳のわからない事態に混乱しているのが丸わかりのかれ、――小国の小隊長であるかれに。

「グレッグ、…――落ち着いて?」

「これが落ち着いていられますか?いいですか?おれはですね?」

見返すのは、薄青が勝る蒼灰色の瞳。

 ――これ、も神だとかいってたが?

「エディ?エドアルド・ロクフォール?…これを説明してください!一体何がどうしてこうなったんですか、…!」

「怒らないで、落ち着いて、ね?」

なだめているエドアルド・ロクフォール――つまりは、いまの処、ロクフォール三兄弟の真ん中ということになっている神様らしき相手を、かれが睨む。

「これをどうやって落ち着いていられるっていうんですか?つまりは?どうしてこんなことに?!」

「…ええと、そのね?」

なんとかなだめようとして失敗しているのは、水色の将校服を着て、いわれなければ――いや、いわれても神様とは全然思えない幼なじみで。

「つまり?説明してください!ロクフォールは何処へいったんです?あんたのにいさんは?あの赤毛ねこは何処へ行ったんですか!」

怒鳴るかれに、丁度良くのほほんと介入してきた声。

「はいはい、落ち着いて、大将。ほら、これでも呑んで落ち着いてくださいよ」

「…ウィル」

慣れた手付きでかれの肩を軽く叩くと、目の前に水の入った革袋を差し出す副官に、かれが息を吐く。

 そして、無言で革袋を手にすると、水をのんで一息ついて。

肩を大きく落とすと、副官にたずねる。

「すまん、…しかし、なにがどうしてこうなってるんだ?おまえは知ってるのか?」

「知ってるわけないでしょうが。単に、まあでもめでたいんじゃないですかね?戦争が終わるのは?」

「…―――それはそうだが、」

つまるかれに、ぽんぽん、と馬にするように肩を叩く。

「いいですか?もうダメだと思ってましたからね?あの大きな竜とかまで帝国から出て来て。しかも、黒い雲みたいに群れてるワイバーンとかでしょう。空を飛んでこられちゃあ、もうこの戦、負けは大確定だと思いましたからねえ」

大きく慨嘆する副官に、かれも眉を寄せてうなずく。

「それは、…そうだが」

「でしょう?でしたら、まあ、帝国の気まぐれとでもいいますか、こうして金色の竜は敵に回らないし、その上、戦を止めてくださるというのなら御の字じゃないんですかねえ」

「…それは、そうだが」

同じようにしか返せないかれに、副官ウィルがうなずく。

「ま、あきらめてください。あんたひとりを人身御供に差し出せば、戦は終わるなんて、いいこと尽くめじゃないですか」

「…―――まて!だから、…―――おれを人身御供にするな!!!」

叫ぶ小隊長を、副官があきれながらみて。

「いいじゃありませんか」

「よくないっ!」

叫ぶかれに、副官が空になった革袋を手を出して受け取る。無意識で何も考えずに革袋を渡したかれに、副官が次に。

「りんご食べます?」

「…くう」

無言で受け取ったりんごをかじり出す小隊長に、副官がしみじみとうなずく。

それをここまで隣でみていたエドアルド・ロクフォールが感心したようにいう。

「大変だねえ、…。それにしても、グレッグの世話が本当にうまいね?こつはなに?」

「馬と同じように扱うことですかね?」

「きこえてるぞ」

横を向いたままりんごをかじっていうかれに、副官が肩を竦める。

「正直にいえば、馬の方が楽ですけどねえ、…」

「おまえな?」

振り向いてにらんでから、む、とくちをむすんで。それから、やけになったようにりんごをかじるかれに。

「…まあ、あんたの世話係ですからねえ」

しみじみうなずいている副官ウィルに、小隊長がそっぽをむいてりんごをかじる。

「あ、ぼく、…にいさん呼んでくるね?」

そして、そそくさと立ち去る青年将校を疑わしげにかれが見送るが。



 

すねている小隊長を、あきれた顔で副官がみる。

そう、これはすねているのだ。

 ―――まあ、わからないでもないですがねえ、…。

事態は急転したのだから。

 ――こういう急転なら大歓迎ですけどね?

まあ、それでも小隊長の気持ちもわからないではないのだ。

 ――ですがまあ、命の危機というわけでもないですしねえ。

そう副官がおもうのも、他人事ではあるからだろう。

そう、どうしたって他人事だ。

 ――本当にいいんじゃないですかね?命がとられるというわけでなし。

その点からいうと、これが本当に本音なのである。

大変なのは、小隊長であって、副官ではない。

いい加減、腹をくくってあきらめればいいと思うんですけどね?とは。

一応、まだくちにはしていない副官の本音である。

 つまり、いまどうなっているのかというと。



「号外――!なんと帝国の忘れ形見、唯一の生き残りの皇子がなんと!我が国の軍にいたってはなしだ!さあ、みんな買いな――!この度の大騒動、黄金の竜が生き残りの皇子を探してひとっとび、生き別れた皇子は黄金竜と再会して、帝国が戦をつづけるのをとめたっていうじゃないか!さあさあ、くわしい話が知りたい奴はみんな買いな!号外だよー!!!」

窓の外から、景気の良い声がきこえる。

それはそうだろう。この話が伝わってから、街の大新聞は号外を刷りまくり、どんなささいな情報でも追加となれば売れ放題なのである。景気が良い声にもなろうというものだ。

 そして、無言で額を押さえて、声と反対側を小隊長――かれが向く。

 ちなみに、すでにりんごは芯までかじって、ごみは副官が始末した処である。

 安宿の外にきこえる元気の良い声。新聞の号外売りの声が、部屋に響く。

「…―――――」

「まあ、事実とはいえますかねえ、…。一応、あの竜をとめたのはあんたでしょう?大将が戦を止めたといえないことはありませんや」

「…だれがだ、…。おれはな?」

ちら、と窓際に立って往生際のわるいかれをみながらいう副官に眉を寄せて。

「おれは単に、ロクフォールの云うとおり、その策略通りに動いただけだ!竜に名をつけて、…―――それで」

「それで、竜に帝国の後継者認定されちまったわけですよね?向こうはひとが滅んでいないんだとか?」

「…―――」

額を押さえて、目を閉じて現実逃避を計るかれに、淡々と留めを刺す。

「…仕方ないんじゃないですかね?あちらと交渉できる相手がもういないんでしたら、あんたが代表にかわりになって、いままで攻めてきてた竜の仲間さん達を、おとなしくさせる為に帝国へ行っていただくんで、平和になるんでしたら」

「…いや、それはかまわないんだ、――」

「なら、なにがいけないんです?」

そう、竜は名を与えることでかれを主と認定したらしい。本当は色々もっとあるらしいが、簡単にいうとそういうことで。

 つまりは、かれは黄金竜の主となってしまい。

「帝国は結局これまで、帝国を治める帝とやらがいなくて、残された生き物たちが、帝国を護ろうとして戦を続けていたってんでしょう?」

「そうらしいな」

がっくり肩を落としていうかれに構わず、副官が続ける。

「つまりは、こっちでいうなら飼い主がいなくなった馬が主亡き後、国を護ろうとしてたって泣ける話じゃないですか」

「…泣けるか?」

振り向いて疑念をあらわにしていうかれに、うんうん、と腕組みして副官は頷いてる。

「泣けるじゃないですか。動物が出てくる話は受けが良いんですよ」

「何にだ!何の受けだ?」

「世間ですよ。もちろん」

「…せけん?」

疑念を露わにする小隊長に、こどもに言い聞かせるようにして副官がいう。

「いいですか?大将。今度の戦で、こっちは負ける処でした。だから、戦を止めたのはいい」

「?」

眉を大きく寄せて見返すかれに、懇々と諭すように副官が続ける。

「戦を止めたことに関しては、あんたの印象はいいでしょう。ですが、…――竜達が戦をつづけていた原因が、あんたを探す為だったというのはいけません」

「…―――ウィル?」

不思議そうにみるかれにためいきをつく。

「あんた、死にたくないでしょう?」

「…―――?なにが、どうしてそうなる?」

問うかれに、しゃがみこんで、ベッドに座るかれの前に視線をあわせて。

「大将、竜はあんたに従った」

「―――ああ、」

「それで、戦が終わった」

「ああ、…そうだな?」

ふう、と副官が息を吐く。

「そこまではいいんです。いいですか?大将。これまで、帝国とは小競り合いを含め、たくさんの戦を繰り返してきました。それは、あんたもわかってるでしょう?」

「…そうだな。帝国は敵だった」

うんうん、とうなずく副官をかれが訝しげにみる。

「だが、それがどうした?」

「いえ、…ですからね?恨まれてますよ?帝国は」

「そうだな、…?」

「次に、その恨みが向かうのはあんたです」

「 …何?」

驚いてみるかれに、溜息を吐きながらいう。

「大将、…。たくさんの連中が、帝国との戦で命を落としました。あるいは、怪我をして元通りにはならずに傷病兵として帰国して苦しんでたりね?ですから、誰かを恨みたいものなんですよ、人間なんてのは」

「それはそう、…だろうが」

「ですからね?いまはいい。帝国との戦を止めたあんたは英雄だ。竜を止めたんですからね?物語の主人公になったっておかしくない」

「…それはごめんだ」

金褐色の眸が本当に困惑しているとわかる小隊長に。

「ですがねえ、それもいまのうちですよ。今度は、竜達が帝国が戦をしていた理由が掘り出されます。…それが、後継者がいなくなった為で、命令できる人間がいなくなったから、―――そして、ひとじゃない連中が、実はあんたを探す為にこちらに攻め込んできていたわけでしょう?行方不明の皇子を探して」

「だから、…なんでそんなことに!おれは皇子なんかじゃない!」

「そこは肯定しましょうや。…あの金色のドラゴンを止められた理由が他にあるとでも?」

「…―――そんな、後付けの設定は、―――…後付けられたのか、…」

肩を落としてぼそり、とつぶやくかれに副官が肩を竦める。

「まあ、そこらへんはどうでもいいんです」

「よくないだろう!設定を変えてもらうとか!」

訴えるかれに、しみじみと。

「そこはかえない方がいいとおもいますけどねえ、…」

「なんでだ!」

深く副官がうなずく。

「だってね、命大事にとおもうんでしたら、その設定は呑んでおいた方がいいかと。あんたが竜を止めたことはもう知られてますし、帝国が竜を止めたあんたの為に戦を止めるというのも知られている」

「だから、…戦が終わればそれで、」

「ですから、申し上げたでしょう。帝国は恨まれてます。あんたが戦を止めただけならともかく、その帝国の忘れ形見とやらだから、竜を止められたとなれば、――――あんたを探すことが原因で戦が起きたってことは、…理不尽ですが、あんたがそれまで何もしらなかったとしても、あんたがいなければ戦が起こらなかったといいだす連中が確実にいるでしょうよ」

「…――――だから、おれは皇子なんかじゃ、」

「それじゃ、なんで竜を止められたんです?」

「それはだから、ロクフォールが、…」

「なんでロクフォールが自分でやらなかったといわれるでしょうねえ。それで、ロクフォールはあんたの素性を調べていて、帝国との繋がりを見つけたから前線に放り込んだ、とでもいわれるとおもいますなあ」

「…――作るな!設定を!」

「まあそういう、物語の中でわたしらが生きてるなんてこと、公表できるとおもいます?」

「…おまえ、平気だよな?この話をきいても?」

平然とした副官に疑問をぶつけるかれに、かるく肩を竦める。

「あんたの世話係だと例の名参謀には太鼓判おされましたからねえ、…物語だろうとどうだろうと、やることは同じですから」

「…――おまえ、妙に悟るな」

副官のしみじみした言葉にかれが困惑する。

「まあ、そのくらいどうしようもないってことです。そもそも、神様とか、世界を救うとかなんとかなんて、スケールが大きすぎてわけがわかりません」

「おれもそうだ」

「でしょうが、その設定とやらの中で、戦を治めて帝国とこっちが仲良くやる為には、あんたという犠牲が必要になるというわけでしょう」

「…犠牲になりたいわけじゃないぞ」

ぼそり、というかれにうなずく。

「ええ、ええそうでしょうとも。わたしだって一緒ですよ。あんたがひとり人身御供になって終わるのも寝覚めが悪いですからね?」

「…ウィル」

ここでようやく、窓際におかれた小机の傍におかれた椅子を引き寄せて副官が座る。

「大将」

「なんだ」

ほう、と息をつくと。

「…犠牲になんてならなくていいですよ」

「ウィル」

ですがねえ、と遠くを見るようにして。

「いまいったような理由で、ひとなんて理不尽なもんなんですよ。戦が終わる、終わるとなれば、なんでこんなことこれまでしてなきゃいけなかったんだ、とか。死んだ奴は戻りませんし、足を無くしたり、腕や目を怪我したり、…―――そのまんま終わってもしあわせになれないやつらはたくさんいますよ。そうしてね、そういうやつらはどこかに捌け口を求めます」

「…ウィル」

手をながめて、それから。

「わたしなんかは、幸いなことに大きな怪我もせずにこうしておりますがね?戦が終われば、必ず不満が噴出します。それで、――向かう矛先としては、あんたは非常に丁度がいい」

「丁度いいとかいうな」

嫌そうに視線を壁際に逸らして、眉を寄せたままいうかれに笑う。

「…おまえな」

「ですがねえ、…――おわかりでしょう?帝国の忘れ形見、竜を操る皇子。後継者が他にいないってことは、あんたはこれから帝国の王とやらになるんでしょう?帝国ですと帝ですかね?皇帝?」

「しらん」

「まあ、それはどうでもいいですが、…――。竜達やなにかがこちらを攻めてきていたのは、いなくなった皇子を探して、――こっちに攫われたとかいう話にでもなるんですかね?そういう話になるとして、何にしても」

「勝手に話を作るな」

ぼそりといって天井を仰ぐかれに。

「そうはいいましても、先程も売りにきていた新聞とかでもう持ちきりですよ。

主を求めた竜達が健気にも先帝の皇子を探して、わけもわからず人の国へと攻めてきていたとか、先帝の遺言を健気に護ってとか、お涙ちょうだい路線が一番無難だとは思うんですけどねえ、…」

「作るな」

「わたしじゃありません。新聞です。いろんな話が持ちきりですが、その路線がいまのとこ、一番売れてるようですよ?」

「…―――つくるな、…」

がくり、と肩を落としていうかれに同情する視線を投げてから。

「ですからねえ。命があるうちに、人身御供でもなんでもいいですから、帝国に皇子として帰還しちまうのが、あんたの為にはいいんじゃないかと思うんですがねえ」

「…だから、誰が皇子だ、…そんな後付け設定はいらん…」

しみじみと呟き肩を落とすかれに、副官ウィルはあっさりといっていた。

「ま、いいんじゃないですか?孤児院育ちの少年が軍に入り、小隊長にまでなって、前線に出て黄金のドラゴンと出会って、はじめて自分が帝国の失われた皇子だと知った。…民衆受けする貴種流離譚のできあがりじゃないですか」

「つくるな!…だから!」

抗議するかれに、肩を竦めて。

「そういわれましてもねえ、…。あの名参謀ロクフォールにいわれちまいましたからね?あんたの本当の名が」

「いうな!」

 さらりと、副官がくちにする。

 それは。

 失われていた名。

 いや、手にしていなかったその名か。

「アルバ・グレゴリウス―――正確には、アルバ・なんとかなんとか、で、グレゴリウス、とかでしたっけ?帝国最後の皇子様?」

「…様とか気持ち悪いからやめろ」

「大変ですねえ、…あんたも」

「おまえ、完全に他人事だろう!」

「当り前じゃないですか」

「…――――」

小隊が泊まる為に確保されている安宿で。

がくり、と肩を落としている小隊長に。

 ――いい加減、悟ればいいと思うんですけどねえ、と。

隣で、のんびり窓の外に空を眺めてみる副官である。



 アルバ・グレゴリウスⅠ世―――後に新帝紀アルバ王朝をひらき黄金帝アルバとも呼ばれた帝王。

 黄金竜と共に世界に夜明けを呼んだといわれた黄金の帝。

 孤児としての名は、グレッグ。

 失われた名を取り戻し、アルバ・グレゴリウスⅠ世と名乗ることとなる。


 尤も、いまはまだ小国の小隊長として、安宿で憮然として壁を眺めているかれである。―――――





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