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Act22 黄金竜の名


 暁は黄金に天を染め、世界は朝を迎え。

 黄金の光もて竜は舞降り、かくして世界は始まる。

 黄金竜の名は、――――。





「まだ、設定されていない、か、…」

ばかな話だ。そんなことが有り得るという。

しかし、小国の名さえ知らぬ己の身を顧みるに、そして己だけではなく。

この戦を戦う誰もが己の仕える旗を、それを捧げる国の、我が軍といい戦いながら、その名を知りはしなかったのだという。

 そんな、唯の事実に。

 くだらないばかな話も、信じるしかなくなってしまったのだから。

 だから、…――――。

 それだけのことだと。

黄金のドラゴンを見あげ、その人よりも賢そうな深い光を宿す瞳をまっすぐみつめて。

 問い掛けていた。

「この物語が何であっても。おれたちは、―――滅びたいわけじゃない」

 そうでなくては、戦いもしないだろう。

 戦わず、滅ぶ。

 その選択はけれどなく。

 何も知らないままに戦は続けられていた。

 もっとも、…――――。

「おれたちは、何と戦ってきたんだろうな?」

 黄金竜を見あげ、そして、おもうのはそれだ。

 戦として、小競り合いが続き。銃弾を戦場の糧として、戦は続けられてきたのだが。けれど、そう、―――考えてみればおかしなことばかりだ。

 捕虜はいたか?

 敵兵の姿を一度でもはっきりとみたことはあったか?

 大河を挟み、敵と撃ち合う。

 或いは、失地を回復しようと突撃して、―――放棄された敵地を再度、領国とする。しかし、――――。

 考えてみれば、一度も。

 前線に赴いて戦い続けて来たはずのかれ自身すら。

 一度も、人の姿をしたはっきりとした敵をみたことはなかった。

「おそろしい話だ」

 そして、ばかげている。

「…ドラゴン」

 おまえは、と。

 金褐色の眸で黄金竜をみあげて。

 問い掛けていた、そう。

 たったそれだけの。

「おまえに、…―――名を、おれがつけてもいいか?」

 手を差し伸べるかれに、黄金竜が首をかしげるような仕草をする。

 それに、なんだかおかしくなって微笑んで。


 名を、つける。

 それだけのことが、――――。



「ばかな話だとおもうが、そうするのが一番、おれたちとおまえたち、…――おれたちは帝国と呼んでいたが、おまえたち、ドラゴンの棲む世界と」

 名参謀ロクフォールといまは名乗るあの赤毛の大型猫はいっていたのだ。

 単純な方法を。

 とても、ばからしい、―――。

「おれたち、銃があり、科学というものが発達を始めたばかりの人が住む世界とが」

 二つの世界が混ざり合って、それぞれの世界がきちんと造られる前に、世界の要素が混ざってしまった、と。

 その意味なんて全然わかりはしないのだが。

 単純な方法を。


 ――世界を造り直すには、ひとつ単純な方法がある。…むしろ、それ以外ないという方法になるんだが。


 おそらく、いまかれらのいるこの世界をふくめ、多くの世界を管理している神というものなのだろう、赤毛の大型猫が。


 ――世界に、名をつける。


「本当に、ばかなのか?っておもったけどな?」

 あきれながらも、黄金竜に苦笑してみせて。

 それから、いっていた。

 たったひとつの、ばかな方法を。

「世界に名がないなら、つければいいんだそうだ、―――。そして、その世界は存在を始める。世界が生まれ、二つの世界が混ざってしまっていてもう分離できない世界でも」


 ――新たに名付けることで、世界はかわる。生まれなおすことになる。


「一緒にやっていくか?ドラゴン。―――…おれたちは、訳も解らずに戦ってきたが、それはどうやら世界の存続とかを賭けた、唯の生存を競うだけのことだったらしい。だが、それもこのままではどちらが勝っても共倒れにしかならないんだそうだ」

 はたして、かれに視線をあわせている黄金竜は、かれの言葉を理解しているのか。

 わかりはしないが。


 ――世界は、名付けることによって誕生する。


 おまえが、と。

 赤毛の大型猫は真面目に。

 ―――新たに名付けることで、世界を定義しなおす。そうすることで、


 その言葉は理解できなかったが。


 ―――構成要素が確定し、世界の再編成が起きることになる。そうすれば、二つの世界が要素を共に提供して、新たな世界として産み出すことができる。…本来なら、別々の世界要素だから、混乱して互いに独立を取り戻そうと単要素世界としての還元を求める為に、きみたちの認識では戦いという形態をとった表現として理解される現象が起きていた。だから、


「うん、全然わからなかったぞ?名参謀」

皮肉に笑んで、かれは黄金竜に差し伸べた手を、その黄金の鱗に近くしていう。

輝く金褐色の眸は、その皮肉をある意味面白がってもいるのだろうか?

 黄金竜と、小国の小隊長である、人であるかれ。

 互いの世界の代表としては、釣り合いもしないものだろうが。

 それでも、まあ。

「おまえさんに、名をつけてかまわないか?」

 こんな立派な黄金竜におれが名をつけるなんてとんでもないとおもうが。

 それも含めて、いろいろととんでもなさすぎる「ばかな話」でありすぎるな、と名参謀ロクフォールが持ち込んだ話をおもうが。

 それでも、だから。

 やってみるしかないのだろう。

 そうでなくとも、いずれにしろ戦線は後退し、かれらに勝ちはみえていないのだから。

 此処は、名参謀ロクフォールの策に乗るのもわるくないのかもしれないな?

 戦を、勝利で終わらせるのだという。

 とんでもない、勝利で。

 それは、――――。


「きれいだな、しかし。…―――黄金の夜明けか、…」

 美しい黄金のドラゴンをみあげて、想うのは。

 黄金の夜明けを連れてくる神話の竜か。

 そして、黄金の光とともに世界が始まる、―――。

「わるくないな」

 に、と笑んでかれは黄金竜に話しかけていた。

「こういうのは、どうだろう?」

 見あげる先のドラゴンの瞳は、やはりどう考えてもかれより賢そうだ。

 皮肉に笑んで、そして告げる。


 暁の光、闇を払い、―――。

 世の闇を閉じ、世界に黄金の光をもたらす。

 朝を連れてくる黄金竜、その名は。



「ドラゴン、…―――黄金の夜明け、―――

 アルバ・ディオーロ、…―――黄金竜アルバ・ディオーロ」

 その名を、かれが告げたとき。

 なにかが、…―――。

 戸惑うかれが、黄金竜をみあげたまま瞬く。

 その手に、ドラゴンに差し伸べる右手ではなく。

 左の掌に、まるで契約の証とでもいうようにして。


 赤い短剣――いや、掌ほどのながさに細剣の装飾された美しいミニチュアの赤剣が浮かび上がり。


「これは、…?」

 驚いてかれのみる前で、その剣は形をかえ、手首に巻き付いてまるで竜の尾のようにして、その皮膚に紋様として定着した。

 よくみれば、赤い剣とわかる紋様がかれの手首を取り巻いている。

「どうして、…なにが?」

そうして、かれは黄金のドラゴン――黄金竜アルバ・ディオーロと共に、同時にその光景へと目をやっていた。

 黒いワイバーン達にそれが。

 白く淡い球体、――淡く白い光が、黒いワイバーンの翼に幾つもの光を灯している。

 そして、それに従い、羽ばたき暴れ、宙を落ちていくワイバーン。


「ああ、…飛翔草のたねか」

 森の中に、名参謀ロクフォールの依頼で仕掛けたこれまたばからしい仕掛けだが。

「こんなに効くとは思わなかったな」

 かれ自身も驚いてみあげる。

 空に幾重にも無数に白い球体を想わせる、ほわほわと白い飛翔草の種がとんでいく。そして、―――どうやら。

「…かゆいのか、…本当に」

 空を飛んでいたワイバーンが、黒翼に白い淡い光がまとわりつく度に、羽ばたいて逃れようとするが。

 黒翼に白い光を纏わせて、地に墜落して、どうやら地面で綿種を取ろうとして転げているワイバーンに、なんといっていいかわからない顔になる。

 ――ロクフォールが云い出したときには、一体そんなことがあるのかとおもったが。

飛翔草の綿毛が、―――種を飛ばす為についているふわふわとした毛だが――どうにもワイバーンは苦手らしいと。話をきいたときには半信半疑だったが、こうしてみると効果は絶大だ。

 平和に、綿毛が青空を飛ぶ中を、綿毛にとりつかれたワイバーンの群れがおおきく羽ばたいては地に落ちていく。

 空には、白く光。

 丸い光が青空を背景に幾重にもふわふわと飛び。

 黒いワイバーンの群れはすでに殆どが地に落ちていて。

「確か、――…摩擦とかいったな?」

 ワイバーンがかゆがってこすり落とそうとがんばっていても、白い綿毛はどうにもとれない。

 背にした黄金竜がどうしてか、かおをしかめているようにおもえて振り仰いだ。

「どうした?アルバ」

思わず、その名で話しかけてから。

 人でいうなら、おおきくまゆを寄せて、ワイバーン達に同情に堪えない、といいたそうな黄金竜に。

「おい、…おまえ、」

 思わず、笑みが零れて見あげていた。

 そう、名付けが世界を救うとか、そんな「ばかな話」はよくわかりはしないが。

 黄金竜アルバが、不機嫌そうに笑うかれを見返すから。

 名を付けるということは、…――随分と。

「名前っていうのは、いいものだな?」

 呼ぶときに、その個体と認識する。

 或いは、確かに世界の有様さえ、名をつけなくては存在せず。

 名をつけることで、初めて認識できるものにとかわるのかもしれないと。

「アルバ」

 無言で、黄金竜がその額を下ろし、目を瞠っていたかれの額に、挨拶のようにかるくついた。

「え?…――ああ、よろしくな?」

おもわず、そのふれた額に手でふれて、そうして何故かそういっていた。

 ふん、というように黄金竜アルバがかおをあげて、―――。

 そして、何故だか、あきれるというか。

 情けないものをみるようにして、黒翼のワイバーン達が地面に転がって白い綿毛をとろうとがんばっている姿をみるのに。

「ああ、…まあ、―――」

 確かに、ちょっと情けないな、と。

 一応くちにしなかったかれと、黄金竜アルバ。

 ひとりと一頭がおもうことは、この刻同じだったかもしれない。――――



 青空に白い綿毛の光が舞い。

 黒翼のワイバーンは地に落ちて。

 地に立つはひとりと、黄金竜アルバ。



 黄金の光もて、地に暁が朝をもたらし、

 平穏は白き光の使者をもて地に満たされる。

 なべて世はこともなく、―――――。




 





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