Act21 槍と紋章
「世界って、何の話です?そもそも、エディ!おまえな?前にいってたろ、転生なんて三軒隣のいとこの友達くらいよくいるって!つまり、俺以外にもいるんじゃないのか?そいつに、」
「え、でも、グレッグみたいな転生者はいないし」
「何だそれは?」
突っかかるかれにエドアルド・ロクフォールが真面目に見詰め返して。
「だからさ?グレッグは転生した人のなかでもなんていうか」
「大体!そんなこといってるおまえはどうなんだ?転生とか、…そういうんじゃないのか?」
「いや、俺達は違うな。異世界転生じゃなく、転移の方だ。他の世界というか、此処の他にもある世界を管理するのが役目の神をしていてな、…だから、異世界転移だ。大きな違いだからな、それは」
「―――はい?」
何かいま聞いたが、と。かれが疑問をきれいに顔にえがいて、さらに指さす。
二人、というか。
エドアルド・ロクフォールと、赤毛の大型猫――名参謀ロクフォールを。
疑問だらけのかれに、名参謀ロクフォールがうなずく。
「その通りだ。俺達二人は神と呼ばれる仕事をしていてな?」
「…神様?あんたたちが?」
これも?と。
信じられないものをみる目で、かれがエドアルド・ロクフォールを指して云う。
そう、こっちは考えられなくもないが、…と。
赤毛の大型猫は、なんだか神といわれてもそのまま信じるしかないような雰囲気があるが。
「これも?」
エドアルド・ロクフォールを示していうかれに、エドアルドが抗議する。
「ひどい!ぼくの方は疑わしいの?そりゃあ、なんだかわかる気はするけど」
「わかるのか」
思わず睨んでから、二人を見比べる。灰青色の瞳で人型をしたエドアルド・ロクフォールと、赤毛の大型猫。
――…なんでか、こっちの方は神様っぽい気がするな、本気で、…。
「ぼくは神様っぽくないの?納得するけど!」
「するのか、―――ともかく、何がどうなってるんです?神様?説明してください」
赤毛の大型猫が、その言葉におもむろに頷く。
「簡単にいうと、俺達は、――この場合、なんていえばいいんだ?おれはどうも説明が下手でな」
困った顔で、赤毛の大型猫がリチャード・ロクフォールを振り仰ぐ。
それに、にこりと微笑んで。
淡い金髪に金の眸もつ長兄のロクフォールが、にこやかに。
「かれらは、世界の外で、此処以外にも沢山ある世界を管理している神様達なんだ」
「…リチャード、とても簡単ですが、それは正気でいってるんですか?」
振り仰ぐかれを、微笑んでリチャード・ロクフォールが見つめる。
にっこりと。
「勿論だよ?」
「――なら、神様とかいうのなら、そもそも、どうして名参謀ロクフォールなんてやってるんです?大体、神様がこんな処に現れてていいんですか?神様が戦争に介入してるとか、きいたことがないんですが?なんだかまずい気がするんですが?」
「そうなんだ。実際、本来は神の立場にあるものが、こうして下界に降りて世話をしてはいけないことになっている。理解がはやいのはたすかるな」
怒っていうかれの言葉に、赤毛の大型猫がしみじみ腕組みしながらいうのに、思わず振り向く。
「あの?本気で神様だと?それで、―――それこそ、そうですよ!どうして戦争に手を出してるんです?帝国との戦いに、―――…」
いいながら、思い出す。
この「名参謀ロクフォール」と名乗る存在がなければ、とうに。
そう、とうに帝国にかれの所属する小国は負けてしまっていただろうと。
「…―――何か、特別に帝国におれたちが負けてはまずい理由でもあるんですか?」
慎重に訊くかれに。
「その通りだが、――帝国が勝つとまずい、というのとは少し違うな。勝敗ではなく。…簡単にいえば、グレッグ。このままでは帝国だけが膨張して、此方の国は破れる。それはバランスを欠き、世界全体を破壊する」
「―――…まったく意味がわかりません」
きっぱりいうかれに、困った顔を赤毛猫がする。
「そういうな。原因は、こちらにあるんだがな、…」
「そういわれましても」
難しい顔で見返すかれに、赤毛の大型猫が苦笑して。
「単純にいえば、神話のように話せば、―――女神達が幾つもの世界を創世し管理していたが、その中で、この世界と帝国のある世界を間違って一緒にしてしまったんだ。世界のもとがはいっていた壺を二つ、落としてしまったといえばいいか」
「壺を二つ?それで、中身を零した?」
「そう、その喩えでいくと、零れた中身は液体のようなものだったから、混ざるともうもとへは戻せなかった」
「ロクフォール」
さらり、と赤毛猫が。
「分離することはもうできない。それがまた、慌ててひとつの器に女神は二つの世界が混ざったものをいれてしまった」
「ドジくさいですな、…。その女神に文句をいってもいいですか?」
「無論、してくれ。で、だ。このままだと、二つの世界がともに完全にダメになってしまう。だから、本来してはならない干渉を行ない、破滅を防ぐ為に此処へ来たんだ」
「無茶苦茶わけがわかりませんが、…―――。そんなことがあったとして、もうもとには戻せないんでしょうが?」
「その通りだ」
真面目にうなずく赤毛の大型猫を睨む。
「だから?なにをどうしろと?神様達にできなかったことを、人のおれにできると?」
「その通りだ」
「ロクフォール?」
他に呼びようもなくいうかれに。
真剣に赤毛の大型猫は見返していた。
「こいつとおれは、その為に来た。きみに頼みたい。―――世界は、きみの住むこの世界はこのままでは崩壊する。帝国が勝とうと、この国が勝とうとそれはまったく関係がない」
「…ロクフォール」
ききたくないなにかを。
ひくことができずに、――これから、なにかをきいてしまうことになるのだと。
世界を、変えてしまう一言を。
「まず、信じられないといったな?それが当然だろう。それに、答えをやる」
「―――――――…、」
ききたくない、と反射的にいいたくなった。
それは、もう遅かったが。
世界は、…――――。
「きみは、この国の名前を知っているか?」
この刻、景色を変えた。
信じてきたことが。
あるいは、当り前だとおもっていた前提が覆ったとき、ひとはどうするだろうか?
足許が崩れ落ちたときに。
此の世界が、――――。
「…な、まえ?」
国の名を、そんな当り前のことを。
残酷にもなにもしらなかったのだと。
戦をして、小隊を率い。
幾度も戦場に出て、その旗の下で闘ってきた。
その旗の名が。
描かれた紋章。
槍が二つ交差したその紋章は目に焼き付いている。
描こうと思えば、描けるだろう。
槍と紋章、―――――。
遠くからも、その旗をみて集い。
その旗を掲げて戦ってきた。
国を代表するその旗を掲げて。
しかし、それは、―――。
その名は、かれのなかには何処にもなかった。