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Act20 赤毛の大型猫と世界の秘密 3

「これも物語の役割だったら、ですか?」

 副官ウィルが、偵察にきた山腹で隣りに立つロクフォールを見返してかるく笑む。

 強い炯をしっかりと底に抱いた眸でみて。

 赤毛の大型猫が名参謀ロクフォールというだけでもあきれるが。

 さらに人目の無い処でこうして人に似た姿にまでなってしまった相手が本当についでのように、はじめた話に。

 この世界が物語りで、小隊長であるかれを支えるというのも、単に物語で描かれる役割にすぎなかったら?と。

 眼下にその小隊長が立つはずの森があり、空には黒く群れたワイバーン。

 そして、空飛ぶ黄金竜と。

 確かに、物語とでもいいたくなるような舞台がそろったこのときに。

 どうみても人とは思われない、神話の英雄か神々のひとりとでもいわれた方が余程納得のいく相手から。

「このちいさき世界を上の方から神々がみていて、おれがたとえばその神々の一柱で、…――誰かがこの世界を物語として描いていて、きみのその立場や忠誠心なんかも、単に物語の役割だったとしたら、だ」

 何を計るのか。冷酷にもみえる蒼く灰を纏う鋭い眸で訊ねるのに。

 残酷にみえる問いを隣りに立つ副官ウィルに問い掛けた赤毛の豪奢な存在―――いまは名参謀ロクフォールと名乗る相手に。

 ボルヴィッツ戦線から後退し森を望む山腹で、何かのついでというように出た話に副官ウィルは応えていた。

 あっさりとしたくらいに。

「いけませんかね?なら、役割をまっとうする、というのも?」

「…やはり、あなどれないな」

「?」

嵐神の言葉に、副官が目を細める。それに、皮肉に笑んで。

「おれたち、神と呼ばれる存在は単にエネルギー量が多い存在というだけのことだ。ちいさき命と呼ばれようと、世界の中にある取り替えることのできない存在点であるといことに違いはない。―――エネルギー量が少ないというだけで、それぞれが世界の構成点であるということに揺るぎはないんだ」

「…なんだか、難しい言い方ですが、」

ふむ、と副官が眉をかるくあげて笑んでいう。

 少しばかり間をおいてから。

「そいつは、要するに軍も兵隊がいなくちゃあ、成り立たないって奴ですかね?将軍がいくら号令かけたって、走る兵が戦場にいなくちゃ、戦は始まりませんや」

「―――…おれの代わりに管理官をやらないか?」

 もしかしたら、神々のひとりかもしれない相手から、よくわからないことをいわれて副官は首を振る。

「お断りします。あなたがいう通り、ここが物語の世界だったとしたら、わたしゃ、あの大将の副官ですからね?それにまあ、…あのひとは本当に情けなくて世話のかかるお人ですからねえ、…。大事なお役目ですから、そういうのはお断りさせていただきますよ」

「…ふられたか」

軽く首を振り、名参謀ロクフォールといまは名乗る存在がいう。

「降りよう」

「はい」

山腹からさらに撤退した奥に待つ部隊のもとへ。そう促す名参謀に、飄々とうなずくと副官はともに歩き出していた。






 此の世界が物語りだと。

 或いは、そうしたことが事実であるのだとしても。


 ――大将の世話を誰かがみなくちゃいけないことにはかわりないでしょうよ?


 役割があるのだとしたら。

 それをまっとうするのもわるくはないんじゃないですかね?と。

 山を降りながら、副官がおもっているころ。




 黄金竜をみあげて、小隊長――かれは。


 「ばかな話」をロクフォール邸できいたときのことを思い返していた。

 少しばかり、本当にあきれた「ばかな話」を。

 それを信じることがなければ、楽だったのかもしれないが。


 ――何を、楽というかによるがな。


 皮肉に笑んで、青空を、黄金の竜が光を返し飛ぶ空をみる。

 美しく黄金に輝く翼を本当に見ることがあるとはおもっていなかった、と。


 世界が何で成り立つのかを。

 そんな話を、聴くなんてことは有りはしないとおもっていた。





 ロクフォール邸で、あの晩。

 シガールームで。

 あの質問がすべてを変えてしまったのだ。

「おまえ、おれがしゃべってるのを不思議とは思っていないだろう?」

 赤毛の大型猫兼名参謀ロクフォールの質問を、ロクフォール邸でかれは戸惑いながらきいていたのだ。

 その質問が世界を変えてしまう、とは知らずに。


 

 



 輝く蒼に揺れるドラゴン酒に黄金の煌めきをみつけて、かれは瞬いていた。

「あ、運が良いね!グレッグ、黄金の光は千年王国のドラゴン酒でも熟成したお酒で質がいいと出ることがあるんだって」

手のひらにグラスを転がして、しげしげと蒼に揺れる金を見つめる。

「…きいたことはありますね。酒舗で縁のないばか高い酒瓶があって、そいつが確か、空になったあとのドラゴン酒でしたよ。…なんでも瓶の底にこういう金みたいなのがこびりついていて、それが価値があるんだとか」

不思議そうに蒼に金が煌めく酒を手にいうかれに、リチャードが肩を叩く。

「幸運だな。美しい酒に乾杯しよう」

「…リチャード、…まあ、そうですね」

苦笑して、隣りのリチャードと、赤毛の大型猫である名参謀ロクフォール、それにいまは蒼い将校服は着ていない末弟のエドアルド・ロクフォールとグラスをあわせる。

 そして、ひとくち呑んで。

「…結構きついな、…」

忘れてた、あんまり呑んだことはないが、確かにこういう酒だった、と。

額を軽く押さえてから、じっと小さなショットグラスに残った蒼に金をみる。

 蒼に金の揺れるドラゴン酒は確かに大層美しい酒だったが、きついことでも有名だった、と。実際にこうしてくちにする機会など、滅多になかったのだが。

 それから、顔をあげてあきれてみる。

 何処か楽しそうな名参謀ロクフォールである赤毛の大型猫に。

 その隣りでちびちびと、小さなグラスから蒼い酒を呑んでいるエドアルド・ロクフォール。

 一番あきれた視線を送るのは、隣りに座り上機嫌な金の眸もつリチャード・ロクフォールだが。

 酒を飲み慣れているかれでもきついこの蒼いドラゴン酒を、すでに飲み干して平然と次を手酌している大政治家だ。

「あいかわらず、酒に強いですね、あんたは、…」

あきれていうかれに構わず、蒼いドラゴン酒をゆったりと注いでうれしそうにいう。

「滅多にこれは開けられないからね?しかも、一度瓶の封を開けてしまえば風味が落ちてしまう。ひとりであけるには強い酒だから、こうして美味しく飲める機会があるのはとてもうれしいね」

「…あんたなら、一人でも平気じゃないですかね?」

あきれてみるかれの醒めた眸にもまったく堪えたようすもなく、リチャード・ロクフォールが楽しげに盃を掲げていう。

「ミル、夜も更けてきた。かれに話してあげたらいいんじゃないかな?」

「―――楽しそうですね、リチャード」

「楽しいからね?グレッグ」

実に楽しそうな金の眸を見返し、かれが溜息を吐く。

「…もういいです。つまり、勿体ぶってあんた達はおれに何を聞かせようというんです?世界がどうとか、…おれは一兵卒で、しかも小さな隊を任せられてる下士官にすぎないんですよ?大きな話をするなら、そうですね、…あの狸親爺とかにすればどうです?」

「まあ、そういわないで、グレッグ」

エドアルドの青みが勝る灰青色の瞳を見返して眉を寄せる。

「将軍にいってください」

かれのその文句に。

あっさり、却下が出された。

「ダメだよ、グレッグ。将軍は転生してないもの」

「――――…はい?」

思い切り疑問を聞き返していても、失礼とかそういう話ではないだろうと。

「…転生?なんですって?」

顔をしかめて、そういえば、こいつに昔話してしまったんだった、…と。

己の取り返しのつかない失敗を思い出して。

「…なんの話です?エドアルド?」

ロクフォールが揃い踏みしている為に、他に呼びようもなくいうかれにうれしそうにエドアルド・ロクフォールがいう。

「あ、初めてきみに、エドアルドって呼んでもらえた!」

「…呼びたくはないです、…」

額に手をあてて、視線を逸らしていうかれに構わず実にうれしそうなロクフォール末弟に頭痛を憶える。

 いま、もし昔みたいにエディとか呼んじまったらどういう反応になるんだ、…。

ふと考えて寒くなって、いや、それは絶対にさけたい、と真剣になっているかれに対して。

「まあ、いろいろとあきらめてくれ」

「何をです」

 赤毛の大型猫がいうのに、鋭い視線を向けると。

 に、と実にハンサムな笑みを赤毛猫が返して、かれにいっていた。

「きみが転生しているのは確認している。簡単にいうと、転生者の義務として、世界を救ってほしいんだ」

「…―――はい?」

また、疑問で本当に失礼な聞き返し方になったとしても、誰もかれを責めることはできなかったろう。








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