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Act19 小国の名


 単純な話だ。

 そのばかな話を受入れたのは。

 名参謀ロクフォールの話すことだから、というだけでもなく。


 とんでもない、ばかな話だとおもった。

 けれど、受入れるしかない単純なことが目の前に転がっていたからだ。

「本当にな?…ドラゴン、おまえさんの名が本当に黄金竜の伝説と同じ名かどうかはしらないが」

 皮肉に笑んで、かれは空飛ぶ黄金竜の輝く翼を見あげる。

 金に光を返し飛ぶさまは、やはり美しいとしか言い様がないだろう。

 とても、美しく。

 互いに、あわれだ。…

 そう想い、竜を見あげる。

 伝説と神話のグングニル、あるいは、オージン、それに多くの英雄が活躍する神話。そうしたものを、知ってこれまで生きてきたとおもってきたが。

 そうおもっていた。

 空を見あげ、天を仰ぎ。これまでの戦と生き延びる為に戦い続けてきたその来し方と。

 世界がなんで出来ているかなんて、考えもしなかった。

「…そういう、面倒くさいのは上の方に任せてきたんだけどな。そもそもが、向いてない」

 浅く笑んで黄金のドラゴンを見て、さらに背後に無数に飛ぶとみえる黒翼のワイバーンの群れを仰ぐ。

 これまでの敵にこの勢力はいなかった。

 だから、名参謀のばかな話にも乗ることにしたのだ。

「…本当にな?なあ、ドラゴン。おまえは、名をもっているか?」

 空を仰ぎ、黄金の翼をはためかせて飛ぶドラゴンが森の入口へと降下の姿勢に入るのをみながら。

 …そんなことは、思いもしてなかったぜ?

 皮肉におもうのは、そのことだ。

 名参謀ロクフォールが告げた「ばかな話」。

 そして、機密としてロクフォール邸で訊いた。

 信じられないほどに本当に「ばかな話」を。

 ある意味、それはいま空を舞い降りてこようとしている黄金のドラゴンにも当てはまる話でしかないだろう。

 お互いに、しらず。

 何もしらずに、戦いだけが続いてきた。

 それが何を目的とするかさえ、知らずに。


 …知らなかったのだ。


 だれも、共に戦う僚友達も、或いは、戦を主導していたはずの上官達でさえ。

 隊を率いるかれのような現場しか知らぬ小隊長クラスではなく。

 さらに上のそのまた上、いや、もっと上のこの国を治める力あるものたちでさえが。何もしらず、戦いを続けていたのだ。

 降伏も、交渉も何もないこの戦いを。


 世界が、何で出来ているかなんて。

 そんなこと、世界の中で生きる命にとっては、知らずにすむことでしかなかったのに。


「ドラゴン、…――おまえは、きれいだな」

 黄金のドラゴンが地に降りて、その美しい瞳がかれを捉えるのを確認して。

 浅く皮肉に絶望にも近い何かを飼って、かれは話掛けていた。

 いまこの故郷を守る方法は他にはない、…―――。

 ドラゴンに比べれば吹き飛ぶように小さいかれは、唯、手を差し伸べていた。

 金褐色の眸が、絶望に近い何かを飼って黄金のドラゴンに手を。

 ドラゴンの光を纏う強い力を秘めた眸が、かれを見返す。


 世界は、…―――。


 それが喩えまぼろしで、設定資料集なんていうものしかない状態のなにかの物語でしかない、手慰みの物語でしかない存在であるのだとしても。


「なあ、ドラゴン」


 かれは、黄金のドラゴンを振り仰ぎ話掛ける。

 それが唯一の方法だと。

 「ばかな話」とは別のばからしい話だが。

 まるで英雄譚の英雄がする行為だろうに、とあきれながら。

 それでも、やるしかなかったのだ。

 ―――…部隊の連中には任せられねーしな?

 小さな隊でも、それはかれの守るものだ。

 ならば、危険を負うのはかれの役目でしかないだろう。

 他の誰かに負わせるものではないだけのことだ。


「おまえさんとおれは、似ているらしいぞ?」

 

 すこし微笑んで、手を伸べていた。

 戸惑うようにドラゴンが首をかしげるのがわかる。

 小さなものがなにをしているのか、という処だろうか?


「世界は違うらしいがな、…?」

 手を伸べて、ドラゴンにいう。言葉が通じているのが当り前のようにして。

 そう、赤毛の大型猫が喋る言葉が、人に通じて当り前だと考えもしなかったように。

 

 かれは、話しかけていた。


「お互い、きちんとした設定は、まだされていないということだ、…――――――ドラゴン」


 小国の小隊長。

 役割としては、そんなものだ。

 深く設定する必要さえないほどの。


「ドラゴン、…――お互いに、名もないもの同士」

 に、とかれが笑む。

 金褐色の髪に金褐色の眸、いくらか野性味を帯びた容貌の小隊長。

 戦において、そのくらいの記号が成立していれば、物語には充分だろう。

 


 そう、物語のなかの存在。――――

 信じられない「ばかな話」のネタばらしはそんなものだ。


 この世界が「物語の中にある世界」だと。

 そんな「ばかな話」を信じるしかない証拠が、かれには提示されていた。

 いや、話をきいてしまえば、この小国に住む誰もが信じるしかないだろう。

 ―――…信じるというより、知ってしまえば逃れられないだけのことか?

 そう、だから。


「おまえに、話がある、…――」


 あまりに設定なども途中で、このままでは滅びるしかないという世界なのだとしても。此処は、故郷なのだから。

 他にかれらに、ドラゴンに。

 棲む場所も、生きる世界もまた他には存在しない。―――

 だからこそ、やってみるしかなかったのだ。


 かれもまた信じざるを得なかった証拠。

 世界が物語りだなどといううろんな話を信じるしかなかった。

 それは、とても単純で。



 かれの生きている国は、小国は。

 帝国との戦線を常に絶え間なく続けてきたその理由は。

 とても単純でしか、なかった。―――



 設定が、そこまで出来ていない。

 単純すぎる事実が。


「ドラゴン」


 かれが話かける。




 ドラゴンにも、かれにも。

 そして、―――。



 かれの住むこの国。

 小国であると常に認識してきた国だ。

 大きくはなく、それは帝国と比べてのことだろうか?

 何にしろ、…――――。



 そう、小国には、名がなかったのだ。



 小国とだけ。


 誰もその名をしらないことを。

 かれ自身も、小さな頃から暮らしてきたはずのその国の名を。

 小国に名のないことを知ってしまって。


 それを認識してしまえば「ばかな話」も信じるしかなかったのだ。


 かれの生きるこの国。

 小国には、名がなかった。





 


名参謀ロクフォール、いよいよ佳境です

次回、赤毛の大型猫と世界の秘密 3 を予定

解説回となる予定です

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