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Act16 帝国戦線


「ここまではうまいこと撤退できたな」

愛馬に乗り、無事後方へ。

森の奥に臨時に設けた陣で、周囲を見渡し欠けた兵がいないことを確認してかれがいう。

「隊長、よくご無事で」

「まあな、…これで、冗談じゃないのがわかったろう?といっても、おれも半信半疑だったんだがな?」

副官ウィルが馬を降り、好物を与えているかれの隣まで来ていうのに答える。

 それに、副官が肩をすくめて。

「ま、本気でドラゴンがいるとはたまげましたがね?宿であんたが言い出したときには、吞みすぎて壊れちまったかと。ロクフォールの話で裏が取れてもまだ信じがたかったですからねえ」

「まあ、すぐに信じる方がありえないな、…神話のドラゴンにワイバーンとやらまで」

いいながらかれが金褐色の眸を眇めて上空をみる。森の奥まで撤退を進めたのは、この樹木の影が必要だったからだ。少なくとも、あの黄金竜は森の入り口付近までは来たようだが、瓦礫と化した城壁が広がる廃墟まで戻っていったようだ。

 ワイバーンらしき黒い影が上空を飛ぶのはみえるが、まだ動きはみえない。

「森ごと焼き討ちを掛ける気なら、とっくにやっておかしくないでしょうにね」

「あの位置から石でも落とされたら、それだけで脅威だな」

「やなこといいますねえ、…大将」

「或いは、槍とかな?銃なんて使わなくても、こちらの被害を拡大させられる」

「どのくらいの積載量があるんでしょうね?石礫なんて大量に積まれた日には詰むんですが」

構わず続けるかれに、あきれながらも副官ウィルがつきあって肩をすくめる。

「ま、もうとっくに詰んでるとかありますかね?…あちらさんは、戦上手ですからなあ、…」

「そういうな、――ロクフォールは、勝つ気でいるらしいぞ?」

「…この状況下でですか?」

正気ですか?とあきれた目で問いかける副官に、つい視線を空にあげたまま遠くを見る。

 黄金竜の破壊力。

 砲弾などかすり傷ひとつつけられない鱗。

 災害に近い巨大なドラゴンの圧倒的な力。

 さらに、ワイバーンという飛行勢力がこれまでの戦を塗り替えようとしている。

 対するに、こちらはこどものように無力だ。

「どうやるか、まったくわからん」

 できればありがたいんだけどな、と。

 これも肩を竦めていう小隊長に、副官もまた天を仰いでワイバーンの影を見る。

「勝てそうには、ありませんなあ、…」

「降伏でもするか?」

「あちらさんに受け入れるメリットってありますかね?」

「―――――…」

しみじみという副官ウィルに答えを失う。

 どう考えても、特に帝国側が譲歩する必要性も、降伏した処で受け入れる必要性すら。戦況の暗いことが、何処からみても納得できてしまいそうなのが単なる事実だろう。

 ――負けか。

本来なら、それも飲み込んで戦後交渉などを行うのが政治の役目だ。

 そう、本来ならば、戦を続けて得るものは領土、或いは他の何か。

 そうした目的があって始めるものだから、本来ならば着地点が存在するはずだ。

 …着地点、か。

 一兵卒の身分からは、考えもしなかった視点だ。

 この戦が「まるで終わることのないように続く」かと、かれ自身もまた何処かで思ってしまっていたのだ。

 戦は続くと。

 終わりはないのだと。

 それは、何故だっただろうか、…?

 薄暗い森から空を仰ぎ考える。過る黒い影はワイバーンか。

 ロクフォールのいっていたとおり、ドラゴンは森に入っては来ない、―――。

 この世界の仕組み。

 子供の頃から、既に帝国との戦は続いていた。

 ――世界の仕組み、か。

 戦は常に続き、小競り合いが戦線では日常として続いていた。負けが続いていることも、帝国が力押しで攻めればいつでもこの脆い戦線は崩壊すると思っていたものだ。

 瓦礫が街を彩り、畑は焼け、人は家を失い国境から中心部へと逃れた。穀倉地帯である南アンバーが国境線である大河に接しておらず、中心部である首都から向こうに広がっていたことは幸いだったろう。だから、最終的には敵はこの穀倉地帯を狙っているのではないか、とはよくいわれたことだが。

 降伏して穀倉地帯を差し出せば、食べるものがなくなり飢えることになるだろう。国が、穀倉地帯を割譲して降伏条件に乗せることはない。だが、どうだろう?

 帝国は、穀倉地帯を欲しがっているのか、…?

 そもそも、この戦の目的は何なのか?

 何故、戦は始まったのか。

 中断しながら、長く続く帝国戦線。―――

 かれの記憶にある限り、戦は常に続いていた。

 それは、何故なのか、――――。


「ウィル、引くぞ」

「はい、さらに奥へですね?」

「そうだ。…どうやらロクフォールのいう通り、ドラゴンは神話と同じく森には入ってこないようだからな。このまま森の奥へと撤退する。怪我をしたものや、調子の悪いものはいるか?」

「いまのとこ、いません」

「よし、…―――撤退した先で始めよう。予定通りだ」

「了解しました」

小柄な副官が素早く動いて、無言でサインを出し森の中でやすんでいる連中に指示する。かれは、愛馬の尻を軽く叩いて、兵達と共に先に行かせた。

 他にも、荷を運んでいた馬が数頭。

音を立てずに密やかに森を移動していく。

移動先で待っている仕掛けが、今後を左右することになるだろう。

 帝国戦線―――その今後を。

 厳しい金褐色の眸でかれは森の暗い空を仰ぎ、しずかに影のひとつとして森を奥へと進み始めた。



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