4 失業しました
※ 不幸なニンゲンの話ですので、苦手な方はお避けください。
人生ハードモードなニンゲンです。
ニンゲン、……不幸すぎじゃね?
神様の困惑は、思わず言葉使いを神様的には昨今の若神達に流行しているものを雰囲気で採用してしまうくらいには、ちょっと動揺してしまっているからでもあった。
もっとも、神様は練達の存在なので、動揺を多世界に影響させる何て初歩的な失敗はしない。これが、若輩の神達なら、うっかり世界の一つや二つ、バランスを崩させて崩壊させている処である。
いや、世界が崩壊しなくてよかったのう、…。
ついうっかり世界を滅亡させた過去を思い返して、神様はほっとする。
そして、困惑して異世界転生をキャンセルされた小さきもの。
ニンゲン、の様子を見る。
そして、思う。
―――ニンゲン、……不幸すぎじゃね?
しみじみと困惑しながら、神様はニンゲンを眺めていた。―――
下界では、神様が見ていることは知らないニンゲンが、呆然としていた。
思わずノリツッコミしてしまうくらいには動揺して。
―――失業した。
何をいっているのかわからないと思うけど、自分もわからない、うん。
――って、誰にいっているんだろう、とか自分自身にノリツッコミしつつ。
ニンゲンは、茫然としていた。
時は、ニンゲンがケガをして病院から診断書をもらい勤務先に提出しにいったときにさかのぼる。
そう、失業したということは。
一応、ニンゲンには勤め先というものがあったのである。
過去形だが。
いまはもうないが。
うん。
ニンゲンの受けているショックは、思わず現実逃避をしてノリツッコミを一人脳内で展開してしまうくらいには深かった。
いや、深くないって?
そんなことはない。
人間、ショックが本当に深刻なときには、受け止めることさえできないのだ。
だから、ついノリツッコミに逃げるというのは、現実逃避をしている深刻さを表している状態なのだ。
多分。
というわけで、失業していたニンゲンである。
何が起きたかというと。
「他人に迷惑をかけて何を考えているんだ!おまえのようなヤツは、――――
○○××△△▲××…―――!!!!!!!!」
途中から、罵倒されているのは理解していたが、脳が逃避して言葉を記憶するのをリリースしてしまった。
叫んでいるのは、上司。いや、正確にいうなら、当時の上司であろう。
その瞬間までは。
痛みを堪えて、会社に行った。
交通事故を起こした当日の午後は会社に一旦戻り、早退。
勿論、許可をもらっている。
タイムカードを押して、迷惑をかけることをあやまって、タクシーを呼んで病院へ行った。そこで紹介状をもらってしまい、翌朝。
大きな総合病院に。
簡単に手続きだけで終わると思っていたら、検査に次ぐ検査で時間は午前中を丸まる潰してしまうものであった。
困るなと思いながら、検査があるとわかった時点で会社に連絡をした。時間がかかりそうなので、申し訳ないが遅刻するという連絡である。
前日に伝えられれば良かったのだが、もう遅くて会社には誰もいなかったので、急なことになってと謝る。
午前中一杯くらいはかかりそうだとも伝えた相手は、快く了解してくれた。
電話口だったけど。
もともと、その人はとても温厚な人で、休むことで会社に迷惑をかけることになるとしても、前日に交通事故にあった相手に迷惑とか思ってもいったりしない人だ。
急なことではあるし、午後だけでも出たかった。
その日は当番で、一日ほとんど誰も来社しないのだが、習慣的に誰か一人だけが出勤して、万が一の顧客に備えることになっていた。
殆ど有名無実になっている当番だが、その日は他の仕事に煩わされることなく、書類作成や滞っている仕事を仕上げたりできるので、当番自体はわるくないと思っていた。だとしても、一人だけの出社に穴はあけたくない。
何とか、痛みをこらえて会社にいったのは。
入院をねこ様達のお世話を理由に断ったのは。
無理しながらでも、当番の日だから、仕事も座ってならできるかな、とか。
無理しないでいれば大丈夫かな、とかとか。
いや、それは無理でしょうという無理を重ねて実は仕事にも行こうと考えてしまっていたのは。
会社は、人数が少ない処だった。
当番の日は他の人達は全員休みだ。だというのに、他の人達を一日休むからと呼び出すのは悪いとおもってしまった。
連絡をして、了承ももらって。半日にはなってしまうけれども、とにかく当番としてその日は他の人に迷惑をかけないように怪我にさわらないようにじっとしてデスクワークだけをしようと。
少数精鋭で回しているといえば聞こえはいいが、単に人手不足かつ、人がいつかない職場に迷惑をかけたくなくて。
無理に出社しようと思ったのだ。
―――入院を断って。…
それに、…。
ニンゲンが就職できたのも、前任者が決算時期に退職するという超絶繁忙期に人がいなくなったときの求人に応募したというタイミングもあったからだろうとおもう。つまりは。
そう、交通事故にあったとき、ニンゲンは試用期間だった。
―――――…。
罵倒はまだ続いている。
診断書を出す処ではない。
こういうときって心が無になるんだな、…とか、ニンゲンは思っている。
休んで迷惑をかけるのは確かだ。
だから、無理を押して出勤しようとした。
診断書をみせて――元々デスクワークではあるが――できるだけじっと座って仕事をするだけにしてもらって、これから治るまで、悪いけど重い物をもったりとかはしなくてすむように頼んでみよう、とかとか、…おもっていた。
痛くても、無理をして。
試用期間だから、――――。
無理をしないと、仕事がなくなる、とおもったのはある。
入院なんてしたら、確実に、…。
けれど、それ以前で。
「―――……×××!▲△▲××…!!!!!!」
同じことを相手は繰り返して罵倒している気がする。ループしているのだが、赤い顔をして怒鳴りながら続けている相手には、もう何も云う気も起きなかった。
交通事故に遭って。
早退をしたのも、今日遅刻になってしまったのも確かに迷惑をかけているとはおもう。けれど。
どうやら、電話に出てくれた温厚な人は了承してくれたけれど。
この人に連絡がいっていなかったことで怒っているらしい、と理解する。
でも、確かこの人、休みだったのでは。
というか、現状を確認すると、今日は会社自体が休みで当番として自分が出る予定だったのだ。
だから、半日当番がいないことになって、怒るのは理解できる。
連絡はしたが、急に休んだことには違いないだろう。
だから、悪いとおもって自分も謝って、怪我の状態を説明して――それで出来る限りの範囲でがんばって働こうとおもっていた。
―――無理、しなくていいかな、…。
コルセットをしたおかげで何とか此処まで来た。その時点で本当は仕事するなんて無理なのはわかっていた。
それに。
実は、此処へ来て気付いていたのだ。
右手に力が入らない。
キーボードを操作しようとして、気付いた。
病院では、握力を測った際に、左手の半分以下の握力しかないことがわかっていた。
そもそも、問診票に文字を書くのからしてつらかったのだ。
動きはするのだが、普通には動かない。
――――ばかかなあ、…自分。なんで、こんな処で無理しようとおもったんだろ?
かなしくなりながら、おもう。
休んで、迷惑をかけた。
そのことを、交通事故にあった怪我に関してまったくいたわる言葉もなく、大丈夫とかの一言もなく罵倒される状態が続いている。いや、いたわる言葉がない理由はあとでわかるのだが。
「××…!!!!!!」
罵倒し続けている上司に、心がさめていく。
――――もう、いいかな、…。
無理を続けて、この会社で仕事をつづけて。
身体を壊して、動けなくなったらどうするつもりだったのだろう?
いや、すでに交通事故で病院に行った時点で罵倒され続けているのだが。…
――すごい会社だなあ、…。
交通事故なんて、予測できないことだ。
当番の日は勤務開始時間が遅い為、病院で手続きをしたらすぐ終わるとおもっていた自分にも非はあるとおもう。多分に、怪我を軽くみていたいという心理が働いてもいたろうとおもう。
当番の日は一日誰もやってくる人がいないことも多く、万が一、顧客が来ることに備えて一人だけ勤務する人を出していたのだが。
だから、電話を受けてくれた温厚な人も、大丈夫といって了承してくれたのだが。
ずっと立ったままなので、痛みがつらい。
罵倒されながら、何でこの会社でがんばろうとおもったのかな、とおもう。そう、多分、温厚な人とかもいて、人数がとても少ない状態で、他の人に迷惑かけちゃいけないとかおもったりしてたから、だとおもう。
上司が真っ赤な顔をしてつづけている。
「 ――――…大体、○○の業務はどうなるんだ、…!!!」
ちょっと交通事故で怪我をして業務を休んだことに関する罵倒以外のことが出て来た。しかし、それもニンゲンが進めていた――会社の為に新しいルートを開拓するという仕事だったが――が、どうなるかという話だった。
――それは、本来の業務以外です、…。
少しだけ前職とのつながりがあり、それで決算要員として動いていたのに、別ルートで案件を引っ張ってきてしまっていたのだ。
―――会社の為に。
なんでそんなことしたかなあ、…とおもう。当番の日は、仕事がないので業務外の案件の資料を纏めて、相手先との折衝に使う資料を製作しようとおもっていた。
かなり時間的にタイトな面もあったから、入院しないで仕事をしたいとおもったのには、それもあった。
でも、だ。
此処で無理をして。
身体に無理を強いて、もしここで取り返せない後遺症にまでなってしまったとしたら?そんな身体に無理をしてまで、やる仕事だろうか?
無理をしようとおもっていた。
その無理をしようとおもった心の支えは、温厚な人やその他のパートさん。
時間がない中で無理をして仕事をしている人達や、ボランティアでがんばっている人達の為だった。
その人達の為に、案件は仕上げたいとおもう。会社に対して、かなり有利な条件を引き込める案件だったから。
けれど。
ある程度の引継ぎや、相手先に根回しはしておけるだろう。
それにもともと、本来業務ではない。
そちらは、一旦目途がついて終わらせてあるのだ。
―――うん、試用期間に無理しすぎじゃね?
試用期間だから、無理をしたというのもあるが。
何か色々、まだいっている上司をみて。
「…―――今日は帰ります。怪我の具合が悪いので」
「なんだと!具合がわるい?!それは本当だろうな、…!」
――ええと、…。今日、沢山検査したし、入院も勧められたのに無理に仕事しようとして、ねこ様達のお世話理由に断ったし、…―――。
鞄の中には診断書もあるが、此処で出すと破り捨てられそうだとおもって出すのをやめた。
―――後で、別の人宛にファックスで流そう、…―――。
まあ、診断書の加療期間を知ったら、その場で辞めろ!とかいいそうだけど、…。
とか、おもいつつ。
いや、確かにここに立って自分で歩いてるけど、階段登るのも一苦労で、ゆっくりとしか動けないんです。…
とか思いながら、それにしてもすごいなあ、…とおもう。
「大体!交通事故なんて本当なのか、…!!!!!」
とうとう、そんなことを云い出した。どうも最初から怪我を気遣ううわっつらの言葉すらなかったのは、交通事故にあったという申告時自体を信じていなかった為らしい。
―――そんなの、…偽装してどうするんですか、…。
「×××…―――!△▲××…△▲××…!!!!!!」
まだ何か、事故が本当でないという視点からの斬新な罵倒を上司が繰り返している。
―――ああもう、やってられないな、…。
多分、これを思い込む根拠のひとつは、相手が逃げたと自分が伝えたことにあるのだろう。多分、…それでも、そう思い込む理由というか、論法があまり理解できないけど、…。
「大体、相手がいるのか、…!ウソをつくな、…――――×××!」
――あ、やっぱりか。…
しかしなぜ、そう思い込むんだろう?謎だ、…。
何となくそう思ってるんだろうとはおもったけど、本当にどうしてそこに辿り着くのか理解ができない。
だから、簡単につげる。
「相手は見つかりましたよ?」
「なんだと!……×××!△▲××…!!!!!!」
警察を呼んで現場検証とかもしてもらったのに。目撃者もいたというのに。
事故なんて偽装できるものではないだろうに、…。
どうやら、斜め上に事故自体があったかどうかを疑っているらしき上司にあきれかえる。
――もうダメだな、会話したくない、…。
うん、もう無理だ。
どうして、こんな会社で無理して仕事をしようと思ったのか。
試用期間だから。
休みたくなかった。
多分、試用期間に一日でも休めば、仕事がなくなる気がしたから、…。
元気で健康で、一日でも休まない鋼鉄の社員が必要だったのだろう。
休まれるのが困るのは理解できるけれど。
交通事故は不可抗力で。
青信号で渡ってたんだよ、…。
無理せず、注意して。
時間に余裕をもって。
―――ひき逃げされたけど。
尤も、相手が見つかったと連絡が来たのだ。
認めていて、謝りたいといっているらしいが。
それはともかく。
――――交通事故、狂言してどうするんですか、…。
上司の言動が理解できない。
なぜ?ほわい?
どーしてそうなる?…?
やつぱり、まったく理解できない、…。
だから。
一礼して、タイムカードを押して。
「何をしてるんだ、…!!!!!本当にケガなんかしてるのか、…!!!」
怒鳴る上司に背を向けて、立ち去る。
階段の上から、まだ何か怒鳴っている上司を振り返らずに。
―――無理をして、仕事をしようと思っていた。
それは、試用期間の、何とか就職できた仕事をなくしたくなかったからだ。
少しは、短い期間でも――ああでも、通常より試用期間は長く設けられていたのだが―――他の部署で、ボランティアで仕事を何とかしようとしていた人達の為に、新規案件を引っ張ってこようと業務外で努力してしまうくらいには、恩もある人もいたのだ。
…上司にあたる立場の人ではないのだけれど。
少人数で回す弊害も真面目に感じた。突発的な防げない何かというのは、起きるものなのだ。そのときに、――――。
失業した。
そうなるのが確実だった。
そして、多分、会社都合ではなく自己都合で退職届を書かされることまで理解できる。…―――
―――失業したな、…。
うん、まったく、何が起きているのかわからないぜ、と。
何をいっているのかわからないと思うけど、自分もわからないよ、うん、と。
ノリツッコミをしてしまう事態に陥りながら。
しまった、…―――。
歩けないからタクシー呼ばないと、…。
交通事故にあって、検査に半日かかったら、上司が怒り狂って罵倒されました。
ついでに失業決定となりました。
…あの人が怒り狂っていて、この状況で組織に残る未来がみえない。
うん。
とりあえず、身体が治るまで、――――。
入院しなくてよかったな、…。
少しでも節約しないと、…―――と。
「…でも、歩けないからタクシ―…かなしい、…」
節約したいのに、と。
思いながら、何とかスマホを出して電話するニンゲンを。
神様は、下界のニンゲンをみながら、おもっていた。
―――ニンゲン、不幸すぎじゃね?
と。
「もしかして、異世界転生させた方がよかったかのう、…?」
白い髭をなぜて、おもわずそうひとりごちてしまうほどには。
神様からも不幸にみえるニンゲンであった、―――――。