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Act14 黄金竜


明け方も近い時刻。

薄闇の帳に光が射し染め、

地が光に晒され闇に隠れる者達が光に暴かれる刻が近づく。



ボルヴッツの小丘に身を隠し偵察に赴いた赤毛の大型猫

――名参謀ロクフォールを待つかれらのもとに。







「戻ったぞ!」

赤い疾風のように駆け戻るのは、赤毛の大型猫――名参謀ロクフォール。

丘を駆け下りて、伏せていたかれの肩に飛び乗る。

「いけ!」

「―――…!」

無言で、かれが伏せたまま隣に手を伸ばす。

「…あの?」

水色の将校服がそろそろその色合いで認識できる太陽の光が射し染めようとしている。戸惑っている手首をつかんで引き寄せる。

「ミル、」

「わかった!」

「え?」

一息で、かれが青年将校エドアルド・ロクフォールを担ぎ上げる。

「…えええっ?」

小声だが、おもわずくちからもれる声に両手でくちをふさいで。

目を見張ったまま、無言でおどろいている青年将校を肩に担いで、かれが撤退を開始する。その青年将校の背に器用に乗り移ったのは、赤毛の大型猫、名参謀ロクフォールだ。

 肩に担がれた青年将校ロクフォールは、驚いたまま目をみはって声もない。

 小丘を背に、肩に青年将校を担いで必死に走るかれに。

 後ろを向いて、その背に乗り背後を監視していた赤毛猫から声がする。

「まずいな、追いつかれた」

「…―――ちっ、武器は?なにがきく!」

その声を聞きながら走るかれらの背に、――――。

 黒い巨大な影が落ちてきた。

 丸いシルエットは胴体部分か。

 さらに泳ぐように黒い影が細く踊るのは、あれは。

「ちっ、…――――砲撃、準備!」

滑り込むように、展開していた陣地へとかれが背にしたロクフォール達ごと足から身を低くしながら逃げ込む。

 周囲に展開しているのは、枯れ枝を積み偽装していた移動式砲台が数台。

 さらに、身を伏せてライフル班が数名、枯草と積み上げた煉瓦の奥に隠れている。

 地面に伏せながら、味方の陣へと滑り込み。ついでに、背に担いでいた青年将校を適当に投げて。

「うわっ、…!」

それに驚いた声があがるが、無視して背後に迫る敵を振り仰ぐ。

「…―――まじか、…」

茫然とした声が薄闇に響いたのは仕方もないことだろう。

周囲も、何か現実を見ているのではないような、妙に弛緩したような、緊迫感が感じられない空気に包まれている。

 それもそうだろう。

 振り仰ぐ空にある。

 薄闇は薄明にいまだ道を譲りきってはいない時刻。

 それでも、充分に濃い影を落とす巨大な姿。

「…ドラゴン、が―――。…」

空を振り仰ぐかれらの前にあるのは、巨大な姿。

 神話にしか、みたことのない。

 光が後光のように背後からみえるのは、黄金の朝をまるでこの巨大な生き物が運び込んできたともみえる。

 黄金の光を背に纏い、その身に反射させて。

 神々しくさえある巨大なドラゴンが姿を現していた。

「…本当に、いるとはな、…」

 黄金のドラゴン。

 神話の巨大竜が生きて其処にいた。

 仰ぐ空に、太陽を塞ぎ黒い影となり。

 美しく黄金の光を全身に纏うドラゴンの姿が在ったのだ。

「…見てる場合じゃねーな、…砲撃、開始!」

 小隊長として、かれが初めて歴史を刻むことになる。

 歴史上初めて、ドラゴンに砲撃を行った戦闘の記録が、このとき刻まれていた。





 黄金竜――ミズガルド竜に対するニーズホルグ竜。

 対とされる竜の神話は誰もが聞いたことがあることだろう。

 暗黒のニーズホッグ或いは、ニーズホルグと呼ばれる巨大な黒竜は闇と地を司り、世界の半分を支配する。

 対して、天と海原を行く黄金の翼持ち空を支配するのは、――――。

「黄金竜ミズガルド」

 砲撃はかすかな吐息ででもあるかのように、黄金の体躯にまるでかすりさえしなかったかのように砂色に砲弾が砕け散る有様をみせただけで。

 人の持つ武器など、もとより無駄でしかないと。

黄金の鱗持つ巨大なドラゴンは、暗黒の影を伴いかれらの頭上にあり。

「―――――――…!!!」

 巨大な咆哮を上げていた。

 世界を崩壊のラッパが響き渡るのかと、耳にした人に脅威と偉大な力を感じさせる巨大な地を震わせ従える響きが。

 かれは、巨大なドラゴンを前に人の砲撃が幾重にも無に帰されるさまを見つめていた。





「黄金竜がくる、ミズガルド」

ロクフォール邸で赤毛の大型猫がいった通りに。

かれは、けしてそれを聞きたいわけではなかった。

 世界を終わらせる咆哮。

深更まで、続くこととなった会議。

いかにして、無力な人が神話の竜と対峙するかを。


 帝国は、黄金竜を復活させた、と。


神話でしかないと思っていた黄金竜、そして。

それだけではない、と。


暁の空に、黄金の竜。そして、その背に空を舞い飛ぶのは、――――。

「ワイバーン、…帝国の飛竜部隊」

冗談にしてほしいな、と。かれは、黒く小さくドラゴンと比べればみえる飛翔する影が無数にみえるほど空を覆い尽しているのを見上げていた。

 制空権。

その概念は、いまだ飛行する術を持っていなかった人々にとり、初めて生まれた概念といってよかっただろう。

 これまでの帝国との戦闘でも、けして空を飛ぶ者達などいはしなかった。

 ――これで、戦闘が平面から、空を含む立面にかわる。

 鋭い表情でかれが黒く空を舞う影達を見つめる。

 そして、視線をかれの命令を待つ部隊へと移す。

 黄金のドラゴンに黒い影舞うワイバーンの無数の群れ。

「城壁まで撤退!」

鋭く告げるかれに、偽装を兵達が捨てて走る。砲台を放置していくのは計画の通りだ。

「ライフル隊!斉射!」

右側面を担当するライフル隊に命令し、長距離射程を持つライフルを一斉に空のワイバーンに向けて撃つ。

 煙幕程度にはなる。

思いながら、その間に左側面を撤退させる。城壁はもとより、防衛線として決められたものだが。

 一斉に撃ち掛けられた銃弾に、ワイバーンの群れがいくらか飛行形態を乱れさせるのがみえる。

 黄金竜の巨体が、首が僅かにゆらめく。

「…―――さがれっ!」

大音声でいうかれに、部隊が撤退の足を速める。

 しかし。

「クオオオオ…―――――――ン!」

黄金竜が唸り、その首が振られる。

 それだけのことだ。

かれは、咄嗟に身を低く地面に転がらせていた。

巨大な竜の首が、大きく城壁近くにある樹を薙ぎ倒す。

吹っ飛ぶ樹の幹に直撃されれば命はないだろう。樹の枝が地面に当たり、石を弾き飛ばして地を抉る。

 災害を見る思いだった。

 人の生み出す武器など、比べ物にならない。

 唯の首を一振りしただけで、地が抉れ大樹が倒され城壁を抉った。

「…撤退!急げ!」

他に何もいうこともできない。唯、部隊に出来るだけ損害を出さずに撤退を命じるだけの。

 ――くそっ、…――。

これまでとは、違う。これまでも何とか負けないだけで勝ってはいなかったが。それでも、それは人と人の戦いであり、このような巨大な破壊とは別の戦い方でお互いに戦っていたのだ。

 竜が、尻尾を振った。

 城壁が当たり崩れ落ちる。

 ――ふざけてるな。

腹が立つ。見ていて、本気でかれは腹が立ってきていた。

 黄金のドラゴンが一暴れしただけでこの有様だ。

傷を負った者がいないか、周囲を確認する。先に部隊を展開する際に命じた通り、無駄に抵抗するものはなく淡々とさえみえるほどに撤退した兵達にまだ負傷者はいない。

 本来なら、城壁までさがればそこで終わりだ。

 防衛ラインとした城壁内部へと駆け込む兵達。

 その背に叫ぶ。

「城壁放棄!」

最終ラインとして司令部で設定されている防衛線。

そのボルヴィッツ城壁を捨てる命令を独断で出す。

走る兵達に、その背を見送りながら、大樹により抉られた地面と崩れていく城壁から落ちる石を避けて、古い石積みの城壁を内側へと。

 ワイバーンが空を黒々と飛ぶのがみえる。

 煌めく光は黄金竜の鱗に反射する太陽か。


 無言で、炸薬を昨夜仕込ませていた城壁の下部へ取りつく。

 ―――流石に、良い仕事だ。

 に、と無意識に笑むと、色男の痩せた部下を内心で誉めてその仕掛けを手にする。炸薬を得意とする二等兵ヴォーグの芸術的とさえいえる仕掛けだ。

 足許に黒い影が射す。

 巨大なドラゴンの影は、城壁の内側にさえ闇を運んできていた。

 起爆装置を手に、かれが空を仰ぐ。

 副官を中心として撤退させている部下達の姿は既に城壁周辺にはみえない。それを確認して笑む。

 黒い影を落とす黄金竜は煌めく鱗を持つ尻尾をふたたび大きく振ろうとしている。

 空に射す影であるワイバーン。

 赤い釦を押すと、起爆装置が作動を始めた。

「…―――――!」

 愛馬を指笛で呼ぶ。樹木の影に隠れていた馬がかれの呼ぶ指笛に駆け出してくる。

 それに、走りながらたてがみに手を置き、飛び乗る。

 鐙を一瞬、蹴って。―――

 黒い影が城壁を襲った。

 しなる黄金の尾が城壁の石組を砕く。

 その瞬間、――――。



「っ、…――――」

 馬の背に身を伏せる。鐙を蹴り、馬を走らせる。

 黒煙と爆風が。

 一振りした尾に砕け散ると同時に崩れた城壁の下で炸薬が炸裂する。

 急激に生まれた空隙に、ドラゴンの攻撃で弱り崩れた城壁の石が。

  

 爆風を背に馬を駆る。


 城壁を構成していた石が組まれた支えを失い、炸薬に弾けて跳ぶ。

 爆風に勢いを増し石礫となり、衝撃波とともにドラゴンへと。

 

「…グオオオオン、…―――――!!!」

 怒りを増したドラゴンの咆哮が撤退する兵達を飲み込むほどに大きく響いていた。



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