(三)二
こたけの兄の余四郎は、よく働き母を助ける真面目な子であったと聞いている。こたけは寅吉という人のことはあまり覚えていないが、その人と兄とは元々仲の良い友人同士であったらしい。
和嘉葉屋の若女将は名を浜という。とびきりの美人で頭も良いと誉めそやされるこの浜は、寅吉の実姉であった。
浜は幼い頃から見知っているこたけを可愛がり、よく高い賃金で店の仕事を手伝わせてくれる。そんな恩のある浜に、面と向かって寅吉のことを聞くのは良くないだろうか。とはいえ、こたけの兄がなぜ姿を消してしまったのか、それについて寅吉が全く関係していないとも思えない。
明くる日、店の奥にある座敷で正月用の貝をせっせと剥いている最中、こたけは思い切って寅吉が供物番に選ばれたときのことを浜に聞いてみた。
「ああ、お母上から聞いたのね」
浜は表情を変えぬままそう言い、貝の肝を桶で洗いながら、弟である寅吉や供物番のことを淡々と話し始めた。
寅吉は生まれたときから瞳の色が薄かったという。父親もそうだったので、少女の頃の浜は気に留めたこともなかった。船乗りをしていた父には南蛮の血が混じっていたと聞く。
しかしながら、浜や姉たちがそれを気にせず呑気に暮らせたのは、どうやら浜の両親に先見の明があったためで、つまり世の中には南蛮人と見るや問答無用でひっ捕らえる大名もいれば、美術品や鉄砲を売り買いする客として大切に扱う大名もいた。
余所者か、それとも賓客か。天下泰平とは程遠い世では狭い土地のなかで立場がころころ変わったが、父母はうまく立ち回っていたようである。
寅吉は、自分の瞳の色についてまるで無頓着で、他者から指摘されても不思議な顔をしていた。生まれつき目が弱く、鏡など覗いたところで、瞳など小さくてろくに見えなかったのだろう。
だからいつも杖を持って歩いていたのは却って良かった、と浜は振り返る。特に言い訳をせずとも、寅吉の瞳の色が妙なのはのために違いないと、勝手に思われる節があったのだ。
浜の父もそれに便乗し、この町にやって来た当初は目が悪いふりをしていた。しかしそれも僅かな間で、あるとき「今日からは別々に暮らす」と言って出て行き、その人とはそれきりだという。
今思えば、父が蒸発したのは『信仰心』の厚いことで知られる西九飯山の大殿様が斃れた直後であった。
南蛮人がいるだとか言い掛かりを付けられて、いつか家に火でも付けられはしないかと、寅吉と共に残された母親は気が気でなかったはずである。
既に親元を出たとはいえ、寅吉の血縁とわかれば上の娘たちもどんな目に遭うやらわかったものではない。母の不安は年月を経るにつれ膨れ上がった。
そうして独りで悩んだ挙げ句に耐えきれなくなったのか、遂に自ら息子の寅吉を供物番にと申し出たのだ。
目の利かぬ寅吉が、この先どれほどの稼ぎ人になれるだろう。女手一つで大きな息子の面倒を見るのは骨が折れよう、と、母からの申し出を訝しむ者はいなかったようである。あるいは、戦場へ駆り出されて惨い死にかたをするよりは、供物番の方がいくらかまし、という見方もあったかもしれない。
寅吉が実の母により供物番に差し出された冬。それはちょうど、こたけが家族とともに流れ着いたこの町で、初めて迎える年の瀬であった。