(三)浜の話
北の吠釜峠から南の白々槍岳まで、ぐるりと山脈に囲まれた一帯からこの港までを領地とする大名様が、何某殿のご助力を得て遂に十二人からなる鉄砲隊を戦場に送り出したらしい。
と、聞かされたところで、こたけには何が何やらわからない。そもそも鉄砲なんてものは見たことがなかった。
西で謀反があっただの、東の城が落ちただの、他人事のくせに他人事ではいられないのだから厄介この上ない。
いくさは毎年増える一方で、今年の大晦日は男手が足りないからと、供物番を置かないことにしたようだ。
堅魚を吊るす季節はとうに過ぎ、時おり降る雨には、徐々に雪が混じり始めた。人々も町も、どこか騒々しく忙しなく、乾いた風は仄かに炭の匂いを纏う。
こたけの兄・余四郎が失踪してから八度目の正月を迎えるのだった。
供物番に女は選ばれないが、それは女が供物番を選ぶ立場にあるためかもしれない。こたけも一昨年頃から誰がいいかと聞かれて驚いた。えらい大人や金持ちが内密に決めるものと思い込んでいたのである。
ならば昔、このようにして兄も選ばれたのだろうか。と、少々不安な心持ちとなり母に当時のことを尋ねてみると、母は弱々しく白い首を振った。
「本当は、あの年の供物番に選ばれたのは寅吉だけだったんち。けど、あの年の大晦日の朝、気付いたらあの子もいなくなっていたの。大勢で夜更けまで探したけど、結局それきり。二人とも見つからず仕舞い」
母は憂鬱そうに頬へかかる髪をかき上げて、ほうと溜息をつく。
「時々そういうこともあるんだって、和嘉葉屋の大旦那様は仰っていた。本来の供物番だった寅吉は、前の年に一度供物番から帰ってきたんに。だから次の年に帳尻合わせがあって、寅吉の他にも一人余計に連れて行かれたんじゃないかって」
「帰って来たの? 供物番に選ばれたのに?」
こたけは思わず素っ頓狂な声を上げた。
大晦日の供物番に選ばれるのは荒くれ者や嘘つき、それか働かない役立たずと相場が決まっている。昔はそれを生贄と呼んだかもしれないし、食い扶持減らしの手段であったかもしれないが、ともかくこたけがこの町に住まうようになった頃にはもう、供物番はすなわち厄介者を指すものだった。
供物番に選ばれた者は、たとえどんな怠け者であっても、なぜか大晦日だけは日の出と共に明王様の祠へ向かい、きちんと供物番としての役目を果たす。
そうして任を終えた供物番は、新年の訪れとともに忽然と姿を消してしまうのだった。どうしてかはわからない。
これまで供物番の役を担った少年たちが、何処へ行き、どんな目に遭ったのか。死んだのか生きているのか。誰一人として知らない。綺麗に消えていなくなること以外、何も。