(二)二
老人の皮膚のような色をした木枝には、葉の一枚も付いていない。ブナに似ているがどうも違うようだ。
余四郎が知る限り、この辺りの雑木林は冬でも葉が落ちない樹木ばかりである。この場所の木だけ、むかし誰かが植えたのだろうか。
からからに乾いた刺々しい木々の枝に覆い隠された道は薄暗く、少し先さえ見通せない。寅吉の歩調に合わせ、二人はゆっくりと、踏みしめるように細い坂道を進んだ。
「あそこ、何かいるな。誰だ」
ぼそりと寅吉が呟く。
え、と声を漏らす間もなかった。寅吉は余四郎の腕からするりと左手を引き抜くと、突然余四郎を置いて駆け出した。火の中の栗が弾けたような勢いで、寅吉の後ろ姿はみるみる遠ざかってゆく。
余四郎は一瞬混乱した。しかし独り置いて行かれるのはひどく心細く、戸惑いながらも友の後を追いかける。小枝に身体を引っかかれるのにも構わず、全力で下り坂を走っても、走っても、なかなか寅吉に追い付けない。
余四郎には人の姿など見えなかった。
道の先はこれほど暗いのに、寅吉には見えたというのか。余四郎よりも目が利かぬはずの寅吉に。
そんなはずはない。
「おおい、寅吉!」
叫びながらなおも走り続けると、余四郎の視界が開けた。
見えた。道の先に平地が広がっている。
余四郎はもつれそうな足に無理やり力を込めて、寅吉の名を呼びながらいっきにその場所へと躍り出た。
途端、周囲がふわりと明るくなる。息を切らしながら天を仰げば、つい先ほどまで分厚い雲に覆われていたのが噓のようによく晴れていた。が、夕日が射し始めたときのような黄色っぽい空色はどこか作り物めいていて、余四郎に僅かな違和感を抱かせもする。
――寅吉は無事だろうか。
木々の中にぽっかり空いた土だけの場所。その端のほうで、寅吉はぽかんと突っ立っていた。友人はただ呆けているわけではない。周囲の様子を慎重にうかがうとき、寅吉はいつもこうして棒立ちになる。薄目で口を少し開き、静かに深く息を吸い、耳と鼻と肌とが捉える感覚に専心しているのだ。
二人をぐるりと取り囲む木立は、坂道で見たあの不気味なブナもどきではない。いくらか見慣れた様の雑木林に出たことで余四郎はようやく安堵する。身体の中に溜まった不安を追いやるように、長い長いため息を一つ吐いた。
「ここも、さっきまでいた場所に似てるち、なあ寅吉」
余四郎が声を出せたのはそこまでだった。周囲を探る時に寅吉がまとう、どこかぼんやりとしたあの雰囲気。目が合った時には、もはやそれは消えていた。一変、寅吉はいたく緊張したように、あるいは何かを堪えるかのごとく唇を嚙みしめ、強張った肩を微かに震わせている。
「余四郎。おまえ、さっきのが聞こえたか」