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鏡冥わたり  作者: 初雪
昔むかし、海辺の町にて
4/23

(一)四


 大晦日は雨が降りそうだからと、件の若旦那が荷車を用意したお陰で、供物捧げ物の類はほとんど昨日までに運び終えている。


 そのくせ供物番は朝からでよいと言うのだからおかしな話だ。荒らされるような食物を供える者などいないと、皆内心ではわかっているではないか。内心では賊に攫われても構わないような者を供物番に見繕うくせ、夜は寒いから家に居ろと言う。

 大事にされているのだかいないのだか、大人の判断はいつも曖昧で、子どもにはよくわからない。


 近所の年寄りから寅吉が聞いた話では、この近辺では昔から、元日になると歳神様がこの祠に降りてきて、三が日の間だけ明王様と成り替わるのだそうだ。


 そもそも「明王様」がどのような神であるのかも余四郎はよくわかっていないのだが、三が日の間はあえてこの祠を指して「歳神様」と呼ぶらしい。

 そして歳神様が祠におわす間、普段この近辺の守り神をしている明王様は山中へと入り、人々に霊験を与える修行をするために山籠りをする。町で聞き齧ったのはそのような話だった。


 ――では、この供物は明王様の元には届かないのだろうか。この町の柱たる守り神は、三日しかいない歳神様ではなく、明王様であるはずなのに。


 そんな疑問が浮かんだので、余四郎は隣であくびをしている寅吉に尋ねてみた。しかし寅吉も、やはり不思議そうに顔をしかめるばかりである。

「供物を置くのは大晦日なんだから、つまり今日だけは明王様の供物で、元日から片付けるまでの間は歳神様のものなんじゃないか」

 余四郎は再び首を傾げた。そもそも祠の前に供物を集めるのは、一年間の感謝や、っ来年の豊漁、豊作祈願のためという話だった気がする。


「同じ供物がそのまま別の神様のものになるんち、なんだか変だなぁ。だいたい、神様が同じ祠で入れ替わるっていうのも変わってんような気がするち」

「よその神様なんてよく知らねえし、どうでもいいじゃねえか」


 寅吉は曇天を仰いだまま独り言のように呟く。

「この祠だって、きっと何十年か百年か前からあるんだ。ここを住処にする人間にあわせて、伝承みたいなもんも供物の決まりも、きっとその時々で都合良く変わっていくんだろうよ」


 何が面白いのやら、寅吉はそう言いながらからから笑う。一方、余四郎はまだ何事か考え込んでいる様子で、しばらくしてから神妙な表情で「なあ」と寅吉を呼んだ。

 声が変わり始めたばかりの掠れ声だというのに、なんだかそれがやけにはっきりと聞こえて、自然と寅吉の見えぬ目をそちらに向けさせた。


「明王様が修行しに行く山ってんのは、どうせあの廃寺辺りのことだと思うち、行ってみないか。俺はあの道を行ったことがないんだ。どうせ昼になったら、供物番なんて座ってるだけで暇だに」


 唐突な余四郎の提案に、意外にも寅吉はすんなり肯首した。ただ座っているより余程良いと思ったのかもしれないし、特に考えなどないのかもしれない。

 実のところ、寅吉を誘った余四郎でさえ、自分がなぜそんなことを言い出したのかわからなかった。

 やはり余程、暇だったのかもしれない。


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