(一)三
余四郎にとってもそうだが、母にとってもいまや三男である彼が大黒柱という認識で、まだ子どもの面影が残る余四郎は、稼ぎ手として兄の足元に及ばない。兄も母も、適当に仕事を見つけてお前はどこへでも好きなところへ行けと言う。
近頃の母は、余四郎を見るにつけて、死んだ兄たちや父の面影を、家族が賑やかだった頃の幸福を、ときに痛いほど思い起こしてしまうらしい。
余四郎の顔からも身体からも、声や話し方からも、もう戻らない匂いや色が滲み出て、それが母には毒なのだ。とは言うものの、母にとっては余四郎も腹を痛めて産んだ子の一人であり、何も恨みがあるわけではない。それは余四郎も判っている。
ただ、たまに死んだ兄たちの名を呟きながら、母は暗い顔をするのだ。
この町に来て以来、母は余四郎の顔をろくに見なくなった。母は余四郎を酷く罵ることも叩くこともなく、食事も着るものも用意してくれるが、視線は幼い妹ばかりを追っていて、いつも余四郎のほうを見ようとしない。
四歳の妹は、山麓の家での暮らしを覚えていないのか、父や生家の話をしなかった。そんな妹を見ているとき、母は過去の一切を忘れられるのかもしれない。
そういえば余四郎は昔、一番上の兄や姉たちに似ているとよく言われた。そんな相貌ならばますます、母が自分を見たくないと思うのも仕方ないように思える。
母からすれば、手塩にかけて育てた子どもを四人、さらに夫まで亡くしたのだ。今時どこにでもある話とはいえ、決してどうでもいいことなどではない。
余四郎は想像する。かつて腕の中に確かにあった愛おしい温もりが、突然奪われ冷たくなったことを、母はきっと生涯忘れないことだろう。
* *
「なあ余四郎、半分くらいは昨日のうちに運び込んだだろう。今日はもう、誰も来ないんじゃないか」
「だろうなぁ。そろそろ降りそうだし、物乞いどころか狸も来ないまま日が暮れそうだ」
寅吉の言葉に応えながら、余四郎はごろりと地べたに寝そべり、相変わらず暗い空を仰ぎ見た。