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鏡冥わたり  作者: 初雪
昔むかし、海辺の町にて
2/23

(一)二


「おう余四郎、ちゃんと朝飯食って来たか」

「妹の面倒見てたちに、食い損ねた。供物は?」

「食えるもんなんかねえよ。期待すんなって言っただろ」


 明王様の元に一年の御礼として置かれた供物は、織物や草履、色を塗って見栄えを良くした竹細工などが大半だ。たまに酒瓶を持ってくる人もいるが、上から少し垂らして、残りは持って帰るのが常である。


 余四郎がこの町に居ついて二度目の正月であった。『供物番』というものも故郷にはなかった習わしだ。

 選ばれはしたが、余四郎も寅吉も気楽なもの。大晦日に数名の供物番を用意するのは、供物を狙う獣や賊への用心のためであり、畏まるような神事の類ではないのだ。


 とはいえ食べられるものを置いて行く者などほぼいなかった。これほど海が近いのに、魚や貝といった生臭を捧げてはならないという決まりがあるせいかもしれない。海の幸を貰っておいて返すのは妙だろう、などと、供物については後から後から条件が付いたようであるが、余四郎の想像では

「食わなくても平気な神様に人間が食い物を譲ったら、この世から誰もいなくなっちまう」

 という寅吉の言が、最も的を得ている気がする。


「よく知らないが」と前置きをして寅吉が言うには、供物番には十二~二十五歳程度の男が選ばれやすいそうである。

 今年は余四郎と寅吉の二人がこれに就かされたわけだが、この町に居ついて二年目の余四郎でさえ、薄々、末子か三男あたりにお声がかかるらしいことには気づいていた。

 万が一ならず者に斬られたところで、さほど困らない。選ばれるのはそういう者だろう。たとえ兄弟が多い家の末子でも、海に潜るのが上手い子や、年老いた家屋の面倒を見る役割がある子ならば選ばれにくいかもしれない。


 寅吉と余四郎は少し、家の中での境遇が似ていた。

 寅吉は長男だが、美しい三人の姉がいる。上の二人の姉は既に町を出て子どもを育てているが、もう一人もつい最近夫ができた。相手は近所に住む商屋の若旦那様で、寅吉の家族とは長年のよしみがあった。

 生まれつき目の悪い寅吉は、今や家族からほとんどいないもののように扱われている。悪し様に言われることも煙たがれることもないが、どうやらいてもいなくても構わない、ということは、常々肌で感じるらしい。


 余四郎はもともと七人兄弟で、昔は兄が三人、姉も二人いた。が、まだ生きているのはすぐ上の兄と、まだ四つの妹一人のみである。父に至っては激しい戦火の渦中、どこで死んだのだかも判然としないが、大方あの山麓で、家とともに焼けて無くなったのだろう。


 三歳年上の兄はどこで何の仕事をしているのやら、たまに大量の土産を持って帰って来はするが、一、二日もすると、またすぐどこかへと行ってしまう。


「潮風がどうも身体に合わなくて具合が悪い。お母やお前たちを食わせるのは構わないち、ただ俺はこの場所を好かないに」

 いつかの去り際、兄はそう言っていた。



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