(五)三
こたけは思わずどきりとする。浜の家族や事情については多少知っているものの、耳慣れぬ異国の言葉を聞くのは初めてだった。
いや。
聞かぬふりをしたことは、ないでもないか。
あの場所に住まうのは訳ありの流れ者ばかり。
他所では暮らせない者たちがほうぼうから集まり、外では罪とされる血を互いに薄め合うように暮らすのだ。
そうしていつか、何も知らない子や孫たちがこの場所を巣立ってゆくのを、長い時間をかけて、息をひそめるように待っている。
だからあの地には、いつまでも仮の名しかないまま、住む者も束の間訪れる者も、一様に「港町」や「海辺の町」と曖昧に呼ぶ。
子どもの頃のこたけは何もわかっていなかった。しかしながら今では、あの町の異様さを理解しているつもりだ。
『隣人』を理解し、住民は助け合い、信頼し合わなくてはならない。
誰かを裏切れば、いつか別の誰かに裏切られかねないのだから。
――大晦日の供物番に選ばれるのは荒くれ者や嘘つき、それか働かない役立たずと相場が決まっている。
初めて寅吉が供物番に選ばれたあの年の正月。戻ってきた寅吉を、誰も咎めなかった。皆が本当に排除したかった少年たちは、例年通り消えたから。住人の秘密を売りかねない嘘つきさえ排除されれば、それで構わなかったから。
平治郎が血筋に負い目のあるこたけに舟を出させたのにも合点がいった。海の上では決して盗み聞きなどできないが、油断はできない。姉妹のように親しい浜とは秘密を抱えた者同士。こたけならば、寅吉と平治郎との会話を口外しないとの勘案だろう。
寅吉と平治郎はしばらくの間、家族や知り合いの話をした。ときには穏やかな笑い声を上げるほど、それはごくありふれた光景だった。
こたけも寅吉に「重三は元気か」と尋ねられたので、今は網漁をしていること、子どもが二人おり、ときどき会いに来ることなどを話した。
寅吉が重三のことまで知っているのはこたけにとって意外だった。幼い頃のおぼろな記憶では、こたけの家には母と余四郎と自分が住まっていて、重三は滅多に居ることがない。自分が覚えていないだけで、案外そうでもなかったのだろうか。
いや、それよりも、やはりおかしいのだ。
余四郎と寅吉は同じ歳で、重三とは三つしか離れていない。
ならば寅吉は二十五歳のはずである。
こたけは無言のまま、手ぬぐいで顔を拭いた。霧のような小雨が降ったり止んだりを繰り返している。
寅吉は子どもだ。
太くも低くもない、女と男のあいだのような声で喋る。消えたときのまま、痩せこけた十二、三歳の子どもにしか見えない。
なぜ今も当時の姿のままなのか。どうして寅吉は再びここへ戻ってきたのか。
平治郎はまだ何も肝心なところを聞いていない。