(五)浮舟の密会
昨年の晩秋のことである。和嘉葉屋の平治郎と浜とのあいだに、難産のすえ三人目の子が生まれた。
以来、三十路を迎えた浜は、随分と床に臥せることが増えてしまった。年明け頃までは肥立が悪いせいと思われたが、近頃はこんこんと咳をするし、どうも肺を弱らせているらしい。本人が湯治場で実母と過ごすのが楽だと言うので、暖かくなってからはそのようにさせている。
五歳と四歳の上の子らは、最初こそ和嘉葉屋と湯治場とを行ったり来たりしていたが、平治郎はここしばらく二人の顔を見ていない。浜の便りによると、向こうで同じ年頃の友人ができたので、毎日遊ぶのに忙しいそうである。
末の子は、隠居した両親が別宅で面倒を見ている。浜も助かると喜んでいるし構わないのだが、おかげで平治郎は二、三日に一回、我が子の顔を見るか否か、という有り体だった。
ともあれ、平治郎は「独りでいれば静かなのか」ということを度々思い出すようになった。子どもの叫び声やばたばたと駆け回る音がないと、自分のあくびさえ大きく聞こえる。
いつもより静かなその夏は、じめじめした日が随分と長く続いていた。
その日は夜明け前からずっと濃い霧が出ていて、港へつけようとした船は随分と苦労したようである。
そんな朝、和嘉葉屋へ駆け込んできた老婆があった。
「寅吉が」
ひどく狼狽えながら、ようやっと喉から絞り出した言葉がそれだ。平治郎もまた仰天した。何が起きたのか、その名を聞いただけでおおよその見当がつくというもの。
供物番の寅吉。彼が余四郎とともに姿を消してから、もう十年以上の月日が経っている。なのに寅吉は帰ってきたのだ。一度ならず、二度までも。