9話 打ち上げ
「「「かんぱーい」」」
夜。
俺とエリザとローランドは酒場『銀の精霊亭』に打ち上げに来ていた。
魔法学園の近くにあるお店で、料理が美味しい良い店だ。
学生でも十分に頼めるリーズナブルな値段で、この店を利用する魔法学園の生徒は多い。
その日も店は繁盛しており、俺達以外にも学園生や街で働いていた人たちが、一日の終わりにここにきている。
俺達のテーブルの上には手当たり次第に注文した料理があり、三人の手にはお酒が掲げられていた。
今日は宴会だ。
教師から解放され職員室を出た俺に、二人は「記念日だから打ち上げしよう」と提案してくれた。
俺がダンジョンから無事帰還した記念。
俺が精霊と初めて契約した記念。
そして、栄えある4人目の神級精霊の契約者の誕生記念だ。
「精霊との契約おめでとう!」
「おめでとう、アル! よかったな。これでようやく念願叶ったじゃないか」
「ほんとだよー。一年もがんばった甲斐があったねぇ」
二人は温かい言葉をかけてくれる。
「ありがとう二人とも。ほんとに。ほんっとに嬉しいよ」
「今日は俺とエリザのおごりだからな。たくさん食っていいぞ」
「うん。なんでも頼んで。あ、高いお酒も頼んじゃう?」
「お酒はこれでいいよ」
俺が飲んでいるのはいつもここで頼んでいる安酒だ。
お酒に好みがあるわけでもないし、特別なものよりも普段の見慣れているものの方が気持ちよく酔えるタチなのだ。
「別におごらなくても、俺も出すよ?」
「なに言ってんだ。主役におごらせる宴会があるかよ」
「そうだよ。それに、私たちが精霊と契約したときはアルがおごってくれたじゃない。今日は私たちがおごる番」
「じゃあお言葉に甘えるよ。ありがとう、エリザ、ローランド」
そして、二人の言葉に甘えて遠慮なく料理に手を付け始める。
「そういえば、アルの精霊って神級でしょ。どうやって契約したの?」
「あ、それ俺も気になる。どうやって神級精霊と契約できるんだよ」
「どうやってって。普通にというか、みんなと特に変わらないと思うけど」
契約を提案されて、それを了承しただけだ。
あと契約時にキスをしたな。
「キスって、あのキス? 唇同士を重ね合わせる奴」
「そのキスで合ってるよ」
「ははは。おいおいエリザ。この状況で魚のキスは出てくるわけねーだろ」
ローランドが上機嫌に笑いながらエリザに言う。
エリザは何か不服そうな表情だった。
「契約でキスをする? 普通しないよ」
「え? 精霊との契約ってそういうことするもんじゃないの?」
フィオーネが初めて契約した精霊だから、他の例を知らない。
そういうもんかと思ってたし、他の人もそうしていると思っていたんだけど。
「『コルニス』の場合はお手だったな」
ローランドが精霊との契約時のことを教えてくれる。
コルニスとは、ローランドが契約している中級精霊の名前だ。
中型犬の精霊で飼い主のローランドによくなついている。
「犬だけに?」
「まあそうだろうな。他の犬型の精霊と契約した奴もお手だったらしいし」
「そんな法則あるんだ……」
「エリザの精霊はどうだったんだ?」
「『シャクティ』の時も似たような感じかな。私の手にほっぺをくっつけてたよ」
『シャクティ』はエリザの契約精霊で、小さいネコの中級精霊だ。
「つまりキスなんてしないってこと」
ジトーと半目になってこちらを見てくるエリザ。
別に悪いことをしたわけじゃないのに、なぜか責められてる気分になる。
「それは人による、じゃなくて精霊によるんじゃないかな? ほら、フィオーネ以外にも契約するときにキスする精霊がいるかもしれないだろ?」
「それはそうだけどさ」
「ま、いないことは否定できないからな」
ローランドが茶化して言う。
「そもそも、契約するときの動作ってなんで精霊ごとに違うんだ? そういうのって精霊が決めてんのか?」
ローランドはフィオーネに対して尋ねた。
『しらない』
「いや知らないってことはねーだろ」
『契約の時になにするかなんて考えてやってるわけじゃないもん。ただそうしなきゃって思って、そうするっていうだけ』
「要領を得ないな……」
「フィオーネもよくわかってないってことだよ」
先ほどまでいた職員室における、教師たちからの質問責めを思い出す。
そのときも、フィオーネは大抵の質問には『しらない』の一点張りだった。
なぜ言葉を話せるのか?
誰に習ったのか?
なぜ自分が神級精霊だと知っているのか?
なぜ宙に浮いているの? なぜ浮けるの?
そういった質問に対する明確な答えは彼女はもっていなかった。
『言葉なんてだれにも習ってないよ。ただ知ってただけ』
『神級精霊っていうのは生まれた頃からしってたの。理由はわかんない』
『浮けるから浮いてるだけだよ。どうして浮けるかは知らない』
唯一答えられた質問は、俺に授けた魔法のこととか、俺のことが好きだということだけだ。
これで精霊についての研究がまた一歩進むぞと息巻いていた教師たちは落胆した様子だった。
フィオーネは何も知らない。
収穫はゼロに等しい。
強いて成果を上げるのであれば、精霊自身ですら精霊のことは知らないということがわかったことくらいだが、それがわかったところで何がどうなるのかも現時点ではよくわからない。
それを聞いたローランドが「いやいや」と指摘する。
「なんで精霊なのに自分たちのことなにも知らないんだよ」
『しらないものはしらないもん。しょうがないじゃん』
「普通は自分のことくらいわかるもんじゃね?」
『じゃあきくけど、人間は自分のことをどれくらいわかってるの?』
「そらまあ、全部とは言わないけど大抵のことはわかるさ」
『ふうん? 人が立って歩くのはなんで? 生まれた時に立てないのはなんで?』
「え? えと……なんでだろ。それはそういうものだからさ」
『ほらー! なにもわかってないじゃん!』
フィオーネのビシッとローランドを指さし、大声で指摘する。
『人間だって自分のことわかってないの。私がわからないのも同じこと』
「確かに」
エリザがフィオーネの言うことに頷く。
「言われてみたら、私たち人間だって人間のことわかってないんだよね。フィオーネちゃんが精霊のことをきかれても何もわからないってのもしょうがないか」
「どうしよう。俺、精霊に言い負かされた……」
ローランドが暗い顔になって落ち込んでいた。
しょうがない。
友人として、少しはなぐさめてやるか。
「そんなに落ち込むなよ。誇れローランド。お前は世界初の精霊に口喧嘩で負けた男だ」
「それ誇っていいことか!?」
「世界初ならそれが何であれ誇っていいことだろ」
「いや世界初じゃないかもしれないだろ! 俺以外にいるかもしれないだろ!」
「いたからなんなの……?」
エリザが不思議そうな顔をした。
「精霊に口喧嘩に負けたという惨め奴が俺以外にもいることが証明される」
「惨めか?」
「小さいことにこだわる姿はみじめと言ってもいいと思うなー」
「うるせえ!」
エリザの指摘に、ローランドは悔し泣きで瞳に涙をにじませていた。