7話 医務室
色々あったダンジョンの授業も終わり、俺達は学園へと帰って来た。
先ほどクラスメイトに注意されたこともあり、俺は一旦医務室による。
医務室には治療専門の魔法使いがいる。
魔法学校は魔法を扱うという特性上、怪我は日常茶飯事だ。
生徒の怪我に対応するために、医務室には常に治癒魔法を使える魔法使い――通称、治癒師――が待機している。
ちなみにその魔法使いも学園の教師だ。
「折れてるね」
診察を行った治癒師はそう診断を下した。
「え?」
「あばらとか折れてるよ。治療するから服脱いで」
「え? 折れてるんですか? でも痛みとかないですけど」
「あ~。そこなんだよねえ。治癒魔法って痛みを和らげる効果とかあるからさ。骨が折れてることも気づかないって時々あるんだよ」
「そうなんですか……」
「君を治療した生徒が使ってたのって中級?」
「はい」
「やっぱりね。打撲や擦り傷は治ってるけど、骨は治ってない。中級だと骨折は治らないからさ。注意した方がいいよ。これからは、怪我したら治癒を受けても一度はここに来ること」
彼女はそう言い、ベッドを指さす。
「そこに横になってて。治してあげるから」
「わかりました」
言う通りに服を脱いでベッドに横になった。
「うわ~足も酷いね。特に右。なにしてこうなったの? 飛び降りでもした?」
「飛び降りはしてませんが。ベヒーモスに殴られまして」
「嘘でしょ? よく生きてたね」
「よく生きてましたよね。俺も信じられないです」
始めの一撃。
後ろからベヒーモスに殴られて、よく生きていたものだと我ながら感心する。
運が良かっただけだけどな。
「このあと授業は?」
「ありません」
「じゃあちょうどよかった。今から治癒を開始するけど、それが終わっても私が許すまで動いちゃだめだからね」
「いつまで動いちゃいけないんですか?」
「10分くらい」
「短いですね」
「当然よ。私は特級の治癒魔法使いだからね」
にひひ、と彼女は笑う。
魔法使いはそれぞれ契約している精霊と同じ級で呼ばれる。
上級精霊と契約していれば上級魔法使い。
特級精霊と契約していれば特級魔法使いだ。
「ま、この程度の骨折なんてらくらくのら~くちんで暇なくらいよ。死ぬ寸前程度になったらちょっとはやりがい感じるかもね」
「そんな状況になるなんて考えたくもないですね」
「ベヒーモスに殴られた奴がそれ言う?」
確かにそうだった。何も言い返せない。
一歩間違えれば普通に死んでたからなあ、あの状況。
治癒師はベッドに横になったに手をかざす。
「エクス・ヒール」
呪文を唱え、手のひらの先から光が出てきた。
「はい治療終了。骨はくっついてるけど15分は動かないでね」
「動くとどうなるんですか?」
「まあ大体の場合は問題ないけど、動くとたまにくっついたばかりのところがまた折れるってことあるんだよね。あ、これは私の腕の問題ではなく、骨折の魔法治療ってそういうもんだから。そういうもんなの。あと私の治療した人間で骨折箇所がすぐまた折れるってことはこれまでなかったからね。私の治癒魔法に疑いをもつことはやめてもらおうか」
「別に疑っていませんよ」
「本当かい? 嘘をついてもわかるんだよ?」
「嘘なんてつきませんって」
顔を近づけてこちらを覗き込む先生を押し返す。
「というか嘘をついてもわかるんですか? もしかして、先生もそういう魔法を使えるんですか?」
「そんなの使えんよ。私にできるのは診察と治癒系の魔法だけ。が、呼吸とか脈拍とか瞳孔とかを見ればだいたいわかるがね」
なんだろう。
めっちゃ怖いこと言ってるな。
そういう類の魔法を使えると言ってくれた方がマシだ。
「学園長は嘘をついているかどうかの魔法は使えるんですよね」
「ああ。そうらしいね。私は見たことないけど」
「実は学園長に嘘か本当か判断してほしいことがあるんですけど、頼めますかね」
判断してほしいこと、というのはジェイクが俺を下層に突き落とした件である。
なあなあにはしないよ。
あいつが俺に対してした仕打ちに対して、きっちりけりをつけてやる。
少なくとも、あいつの行為をはっきりさせることはしなくては。
「別に頼んでみたらいいじゃないか? ま、あの人は今日から出張だけどね」
「ええ!? じゃあいま学園にいないんですか」
「うん。確か来週くらいまで帰ってこないよ」
「えー、それは……。まあ来週には帰ってくるんだからそれまで待てばいいか」
別に今日明日とすぐに対応しなきゃいけないことでもない。
帰ってくるまで待って、帰ってきたらそのときに頼めばいい話だ。
ただ少しジェイクにとっての猶予期間が生まれるというだけの話。
「おいアル。どうだった? 折れてたか?」
「大丈夫だよね? 酷い怪我とかしてないよね?」
その時、医務室の扉を開けてローランドとエリザがやって来た。
「折れてたよ」
「えええええ! 大変じゃない!」
「あ、ほんとに折れてるの? やばいじゃん。大丈夫か?」
「大丈夫。折れてたけど、いま治療してもらったところだから」
「ふふん。まあ私は優秀な治癒師だからね。これくらいのことはらくらくのら~くちんなのさ。あと10分くらいしたら帰っていいから、君らもそれまで待っときな」
「お、おお……。骨折が10分で治るのか。すごいな」
「10分で治る? 私を舐めちゃいけないな。治療自体はすぐ終わったよ。というかもう終わってるよ。ただどんな治療でもある程度安静にしてなきゃいけない時間というものがあって、いまはその時間というだけで、決してこの私が骨折程度に10分も使わなきゃいけないということではなくて、そこを勘違いしないで欲しいかな。だから私の治癒師としての腕に妙な疑いを持つことはやめてもらおうか」
「別に疑ってませんって……」
治癒師の謎の剣幕に、ローランドがちょっと引きながら返答していた。
なんなんだ、この治癒魔法に関しての謎のプライドと被害妄想は。
「それに、すごいというのならアルバート・レイクラフト君の方だよ。ベヒーモスに遭ってその怪我で済んだというんだからね」
ベヒーモスに会ったというその言葉にエリザもローランドも驚く。
「下層に落ちたって聞いてたけど、そんな危ない奴と遭ったのかよ」
「でも逃げきれたんだからすごいよ。さすが神級精霊だね!」
「逃げきれてはなかったな」
一回は逃げられたけど、結局また遭遇してぶん殴られたし。
「というか逃げきれなかったから倒した」
「「へ?」」
俺の言葉に、二人はさらに驚いていた。
そして治癒師はと言えば、「ひゅ~。そらすごい」と笑っていた。




