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間話 クビ


――――三人称視点――――




「ぐ、があ……」


 

 メリックはがれきの上に横たわっていた。


 死んでこそいないが、体の大部分が負傷していることはわかる。

 体中の骨は折れ、肉も内臓も傷ついている。

 血液はとめどなく流れている。


 焼けるような痛みが体中を暴れまわっていた。



「あ、がが…………」



 メリックはアルバートの放った空間射出の直撃は受けていない。

 アルバート自身が外そうと意識したこともあるし、メリックも土壇場で避けようと風の魔法を放ち移動していた。

 

 そのうえで、これ程までの怪我を負っていた。


 理由は空間射出による衝撃だ。


 空間射出という魔法は、硬めた空間を高速で射出する技。

 その速度は音速を軽く超える超高速の一撃。


 直線上にある物はえぐり取られ、周囲にある者はその衝撃によって体が吹き飛ぶ。

 無事なのは術者だけだ。


 メリックは直撃こそしていないものの、その衝撃をもろに受けた。


 彼は衝撃によって弾き飛ばされて研究棟から落下し、校舎にぶつかった。

 風の魔法の応用により身を守る風の鎧を身にまとっていたが、それも校舎にぶつかった際のダメージを和らげただけだ。



 身の危険を感じてとっさに避ける判断を行い、さらには身を守る魔法まで使えたことはメリックの優秀さを表している。

 実際、受けた攻撃が空間魔法でなければ今この瞬間も何事もなく研究室にいただろう。


 だが現実には、ボロ雑巾のようになりながらがれきの上で横たわっている。 



 メリックは優秀な魔法使いだったが、空間魔法というものは優秀なだけではどうにもならないものなのだ。

 

 直撃しないように意図的に外した上でこの結果だ。

 けた外れの威力の大きさこそが空間魔法が神級魔法たるゆえんである。


 

 そして横たわるメリックに近づく複数の影があった。

 

「見事に吹き飛ばされたね、メリック君」


「あ、あああ――」


 メリックはまともに返事を返せず、ただ「あああ」と呟いていた。


 受けたダメージが大きすぎて意識がもうろうとしている。

 そうでなくても痛みによってまともに声は聞こえていないだろう。


「このままでは話こともできないな。先生、治療してあげてくれ」



「もっちろん!」


普段は医務室にいる治癒師、ローゼン・アーリアヴァ―ルはニコニコと笑顔になっている。


「いやあ昨日一昨日と大した怪我でもないくせに運び込まれてくる自称怪我人しかいなくてつまらないと感じていたところですよ! 昨日のあの少年にいたっては怪我のひとつもしないくせに医務室のベッドを占拠する始末! うざいったらありゃしない。もういっそのこと私が彼を半殺しにして医務室にふさわしいすがたにしてやろうかと何度思ったことかあのクソが! 名前なんだっけ忘れた! で・す・が! その点君は素晴らしい! 半死半生! くたばりぞこない! ボロ雑巾! 意識ないくせに反射で足とか腹とか時々ぴくぴく動いて死にかけの虫みたい! いい! いい! すごくいい! こういうのを待ってたんですよ、わたしは! いやー治療し甲斐があるってものです! よーし、がんばるぞー!」


 彼女は意気揚々と治癒魔法をつかってメリックを治療し始めた。


「きみ、やっぱり発言に色々と問題あるよね」


「本当にこれさえなければ彼女は優秀な治癒師なんですがね」


「まったく。誰だい? 彼女を雇ったのは」


「貴方ですよ、《《学園長》》」


 教頭が学園長に対してツッコミをいれる。


 そう。

 この場にいるのは魔法学園の学園長だった。


 彼は治癒師のローゼンと教頭を連れ、研究棟から弾き飛ばされたメリックの元に来ている。



「しかし、これほどまでの怪我です。いくらローゼン先生でもすぐになおるというわけには」


「もう終わったよ!」


 教頭の言葉に治癒師はそう返す。


「この私を見くびらないで欲しいな。半死半生とか死にかけとか、治療するのが楽しいというだけで別に手ごたえのあるとか時間がかかるとかいうわけじゃないんだよね。秒殺だよ秒殺。殺してないけど。あ、痛みももうないはずだよ。意識もあるでしょ? 聞こえてるよね。何か言ってみてよ、さあ」


「……耳障りだ。少し黙れ」


 ローゼンに促されてメリックは声を上げる。

 先ほどまでと違いその声ははっきりとしているし受け答えはできている。


 もちろん、メリック自身も学園長やローゼンの声ははっきりと聞こえていた。


「治癒魔法の関係上、少しの間動いちゃだめだよ。十分くらいかな。ベッドはないけどそこで安静にしててね。あ、これは私の腕が悪いというわけじゃなくて治癒魔法の特性上の問題だから。誰が治癒をしてもそうなるから。なんか私に原因があるみたいに考えるのはちょっとやめてほしいかなって。あまつさえ私の腕を疑うなんてことは絶対にやめてほしいんだけどさ」


「ローゼン先生。誰もあなたの治癒の技量を疑ってなどいませんよ。というかあの重症の状態からもう言葉を交わせるほどにまで回復させるとは……。さすがとしか言いようがありません」


「もっと褒めて! もっともっと褒めて!」


 教頭の言葉に気をよくしたローゼンは笑顔になってはしゃぐ。

 

「わかった。わかった。褒めるから落ち着きなさい」


 教頭は言葉を尽くしてローゼンを称えはじめる。

 こうして賞賛しておけば、彼女はふてくされることもなく優秀な治癒師のままでいてくれることを経験的に教頭は知っていた。



「それじゃ、体も治ったことだし話をしようか。ああ、君は寝ているままでいいよ」


 学園長がしゃがみ込み、メリックと視線を合わせる。


「学園長。なぜここにいるんですか? 貴方は確か一週間は帰ってこないと聞きましたが」


「当てが外れたかい?」


「い、いえ。決してそのようなことは……」


「はは、動揺しているね。まあ君の言う通り、会議があって一週間くらいは帰らない予定だったんだけどね。神級精霊と契約した生徒が現れたってきいてさ。いてもたってもいられなくて帰ってきちゃったよ」


 学園長の言葉に、ローゼン先生をあやしていた教頭が呆れながら振り向く。


「私は止めたんですけどね。大事な会議なんですからその場にいてくださいよ」


 学園長にアルバートのことを伝えたのは教頭だ。

 通信系の魔法を使えば離れたところにいる人物と会話を交わすことができる。

 アルバートの件を聞くや否や、学園長は教頭の静止を聞かずに一目散に学園に帰ってきていた。

 

「でも教頭先生。さすがに百年ぶりに現れた神級精霊とその契約者のことより優先すべき用事なんてないでしょう」


「それは理解できますがね。別に今すぐに処理しなければいけないことでもないでしょうに」


「会議も今すぐじゃなくてよくない?」


「会議は今すぐじゃなきゃいけないんですよ! 他の人もいるんですから!」


「正論だけどもうここにいるからなぁ。ごめんね」


「それはもう諦めてますよ。謝るなら会議の参加者に言ってください」


 教頭が「はあ」と嘆息する。


「少しいいでしょうか。教頭先生、学園長」


「なんだい?」


「話をしようと仰いましたが、私から話すことは一つだけです。あの落ちこぼれを即刻退学にするべきです」


「落ちこぼれ?」


 学園長が首をかしげる。


「アルバート・レイクラフトのことですよ」


 そんなこともいちいち言わなければわからないのか、とメリックは歯噛みする。


「彼を退学にする? なぜだい?」


「そんなの、決まっている! 見たでしょう、先ほどの私の姿を! あれを行ったのはアルバート・レイクラフトだ! 教師に向かって危険な魔法を放つような生徒など学園から追い出すべきだ! この学園の秩序のために、あんな奴は学園にいてはいけない!」


「君の主張はわかった。でもあれは授業の結果だよね?」


 学園長の言葉に、教頭先生が続けて言葉を紡ぐ。


「メリック・ネピア先生が特別課題のために研究室を使用したことやアルバート・レイクラフトを呼び出したことの記録は残っていますよ。もちろん、模擬戦をするという内容も残っています」


 アルバートに特別課題を出すことやそのために研究室を使用することはきちんと学園側に申請していた。

 それはアルバートを殺した後にあれは特別課題の模擬戦を行っていただけだという主張をするために行っていたことだ。


 だが、その周到さがいまはネピア自身の首を絞めている。


「彼は実技の授業はほぼ受けていないに等しいからね。課題を出すのも納得だし、別にその内容が模擬戦でも問題ないさ。もちろんその結果としてネピア先生がどんな怪我をしても、それは模擬戦の結果であるから問題にはならないよね」


「研究棟は壊れてますがね……」


 教頭は壁が破壊された研究棟を見る。 

 土魔法を使えばすぐに直るとはいえ、校舎の破壊は笑顔で受け入れられるようなものではない。


 しかも、昨日の闘技場の件に続いて二回目だ。


 説教くらいはしなくてはいけない。

 もちろんそれで退学などの処罰になることはないが。



「ふ、ふざけるな。あんなカスを学園にのさばらせていいわけがない。絶対に」


「のさばらせていいわけがない、というのは君の方だよ。ネピア先生。端的に言うとクビだ」


 学園長は横たわる彼を見ながら冷たく言い放つ。

 そして学園長に変わって教頭が言葉を引き継いだ。


「生徒を落ちこぼれやカスと言うような貴方のふだんの言動には問題があります。とはいえこの学園は能力さえあれば多少の言動には目をつむりますよ。そこのローゼン先生のように」


 教頭はローゼン先生を見る。

 彼女も問題のある方ではあるが、それを補ってあまりあるくらいには優秀であった。


「やるべきことをこなしているなら特に問題はありません。ですが、それだけならまだしも今日の件は見過ごせませんね」


「な、なんだと!? 見過ごせないとはなんのことだ! まさか、私が吹き飛ばされたことが問題視されていると? あんなのはただの模擬戦だ。それで吹き飛ばされた程度で学園をクビになってたまるか」


「もちろんクビの理由は模擬戦で敗北したことではありませんよ」


 敗北、という言葉にメリックの眉がピクリと動く。


 その言葉は彼のプライドを刺激したようだった。

 とはいえこの状況で「その言葉を取り消せ」とわめかない程度の理性はまだ彼にはあった。


「だったらどうして私がクビなのです? 私は――」


「君、アルバート君に薬を盛ったよね?」


「な、なんのことでしょうか?」


「しらばっくれても無駄だよ。私がなにも知らないと思ってるのかい?」


「食堂の職員が不審な動きをしていたので、調べてみたら洗脳状態でした。誰がやったのかを調べたらネピア先生であることがわかりました」


「調べはついているよ。メリック先生が職員を操ってアルバート君の食事に薬を盛ったんだろう?」


「…………」


 メリックは何も言えなくなった。

 学園長や教頭の言っていることは全て当たっている。


 彼は食堂の職員を洗脳魔法で操り、アルバートが来た時に魔法封じの薬を入れるように指示していた。

 

 この学園の教師は優秀で洗脳魔法になどかかることはないが、しかし教師でもないただの職員は違う。


 彼らも魔法使いではあるものの、特に優秀というわけでもない。

 メリックは中級の洗脳魔法しか使えないが、魔法に秀でていないただの職員に洗脳魔法をかけるのは簡単だった。


「同意のないままに他人に洗脳魔法をかけるのは犯罪だし、生徒の食事に薬を盛ったのも犯罪だよ。人として、教師として、やってはらないことだ。君はクビだし、国の衛兵にも連絡して逮捕させてもらう。魔法犯罪者として裁かれるがいいさ」


「……クビ? クビだと? 逮捕だと? 私が?」


 メリックは寝ていた体勢を起こす。

 もうすでに安静にすべき時間は過ぎた。

 自由に体を動かすこともできる。


「私が今までどれだけこの学園に尽くしてきたと思っているのですか! そんな私が解雇だなんて! 恩知らずにもほどがある!」


「尽くすというのは自分の気に入らない生徒をこのようなやり方で追い出すことですか?」


「私が間引いてやろうとしたんだ! 役立たずのゴミを!」


 メリックは目を血走らせながら怒鳴り散らした。

 追い詰められた彼に、先ほどまでかろうじて残っていた理性はもうない。


「雑草は取り除かなければならない。そうしなければ秩序が乱される! 全て学園の未来のためにやったことだ!」


「ですが今は貴方の方が秩序を乱している。ならば追い出されるのは貴方も理解できることでしょう?」


「私がアルバートよりも秩序を乱していると? 馬鹿にしやがって、この野郎が! ウインド・カ――」


「『バインド』」


 メリックが魔法を放とうとするが、それよりも早くに学園長からの魔法がメリックを拘束した。


「は、放せ! 私を誰だと思っている! 魔法学園の教師であり、未来の魔法界を背負ってたつ存在の――」


「君は今日限りで教師じゃないし、未来の魔法界を背負うこともできないよ。教頭先生。彼を衛兵に引き渡そうか」


 校長は縛り上げたメリックを魔法で浮かべる。

 その状況でもメリックはわめくのをやめなかったから、口もふさぐことにした。


「しかし追い詰められて魔法を放とうとするとは。そこまで愚かだったのかと驚きましたよ」


「罪を重ねるだけなのにね。一度罪を犯すと、そういうタカが外れるのかもしれないな。ああ、もしかしたら他にも余罪があるかもしれないからそこら辺も調べてもらうといいかもしれない」


「その時は学園長が審議の魔法を使えばよろしいのでは?」


「あれはそこまで便利なものじゃないんだけどね。言ったことが嘘か本当か判断できるというだけで、黙り込まれたら何にもできないし。そこら辺は衛兵たちの方が便利な魔法を持っているはずだから、彼らに期待かな」


 学園長と教頭は会話をしながらメリックを連行する。

 ちなみに治癒師のローゼンはメリックが回復したのを見て医務室に戻っていた。


 メリックがアルバートを下層に落としたことも判明するのは時間の問題である。

 そうすれば、彼に待っているのは洗脳魔法やクスリを盛った程度ではないほどの重罪が課せられるだろう。


 メリックの未来は閉ざされたに等しかった。 


(なぜだ。なぜエリートの私がこんな目に! それもこれもすべて奴のせいだ! アルバート・レイクラフトめ!)


 口をふさがれて話すこともできないメリックは心中でアルバートに対して呪いの言葉を吐き続けていたが、それも何の意味もなかった。



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