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間話 医務室にて


「どうせ医務室に来るならさあ、半死半生くらいの傷で来てほしいんだけど。ていうかそれくらいでなくても傷くらいはおっておこうよ。医務室って治療のためにあるものであって、仮眠室じゃないんだよね。傷のない奴はさっさと帰って欲しい」



「黙っていろ!」


 医務室にて、魔法学園の教師メリックは医務室の治癒師に向かって大声で告げた。


「メリック先生さ、だまってほしいならそこの奴引き取ってくれない? 彼は最初から傷はないよ。まさに健康そのもの。医務室にはいらない。つまらない。早く帰れ~」


 その軽薄な言葉や態度はプライドの高いメリックを大いに苛立たせたが、しかしここで治癒師にむかって怒鳴り散らしても意味はないことを知っている。


 この治癒師のちゃらんぽらんな態度は今に始まったことではなく、矯正しようとしてもできるものではない。


 なぜこのような者が栄えある魔法学園の治癒師なのかと、メリックは常に疑問を感じていた。

 学園長にクビにするよう直訴をしたこともある。

 

 それが聞き入れられることはなかった。

 彼女の治癒魔法の腕はよく、また問題にするほどの態度ではないとのことで彼女は見逃されている。

 それもメリックにはおおいに不満だった。


 だが今はそれについての怒りを発露する場面ではない。

 その程度のことはメリックもわかっているから、彼は冷静になることに努めた。


 メリックはジェイクと話をする必要がある。

 それには治癒師の存在は邪魔だった。


 理由はもちろん、いまから先ほどのジェイクとアルバートの決闘に関する話をするからだ。


「……おい貴様。私は今からこの生徒と話をする。すぐに医務室から出ていくことを許す」


 メリックの言動はおよそ人に頼む態度ではないが、しかしメリックにとってはこれは最大限譲歩した言い方であった。

 それが他人には失礼という態度となることを彼はわかっていない。


「いや出ていってほしいのは君たちの方なのだが?」


「少し話をしたら出ていかせる。わかったならさっさと出ろ」


「ほんとか~? さっさと出ていかせろよ~。私は散歩をしているからな~? 10分で帰ってくるからな~?」


「行け!」


「はいは~い。やだなぁ怒っちゃって。怒りは健康に悪いぞ」


 メリックに睨まれながらもどこ吹く風の態度で医務室を出ていく。


「くそ。忌々しい女だ」


 メリックはそう吐き捨て、ベッドの上に目を向ける。


 そこには医務室のベッドの上で布団にくるまったジェイクの姿があった。


 彼は既に気絶から目覚めている。

 にも関わらず一向にベッドから出てこない。

 それどころかこちらの問いかけにすら答えようとしなかった。


「おいジェイク。返事をしろ。この無能が!」


 無能という言葉に一瞬ビクンと身を震わせるが、しかしジェイクは沈黙を保ったままそこから出ることはしなかった。


 その様子にメリックは更にいらだつ。


 メリックはその高いプライドゆえに無視されることが嫌いだ。

 そのためジェイクとのコミュニケーションよりも、まずは己の不満を晴らす方を優先した。


「どういうことだ。ふざけるなよこの役立たず。先ほどの決闘のあの醜態はなんだ! あの落ちこぼれを殺すどころか決闘に敗北しているではないか!」


 ジェイクは何も言わず、布団の中に引きこもっている。

 彼はメリックの言葉は全て聞こえていたが、何も言わなかった。



 ジェイクは布団の中で恐怖に震えていた。


 決闘で敗北するなんてことは考えてもいなかった。

 落ちこぼれを軽くひねり、殺してしまうつもりだった。


 しかしいざ決闘が始まればジェイクの攻撃はなにもきかず、なぜかアルバートの目の前で防がれた。

 彼を殺すどころか傷をつけることも叶わなかった。


 それだけならばまだよかったが、問題はその後のこと。

 空間断裂という魔法だ。


 ジェイクの心にトラウマを刻み込んだのはその魔法だった。


 巨大な闘技場を二つに裂くほどの威力の魔法は、はた目から見ても恐ろしい威力だ。

 外したとはいえその魔法の刃を向けられたジェイクに与えられた衝撃と恐怖は、はた目から見ていた者の比ではない。


 もちろん直接その魔法を食らったわけではない。

 怪我は一つもしていないし、治癒師の言葉通り体は健康そのものだが、間近で空間断裂の恐ろしさを味わったジェイクの心はボロボロだった。


 空間断裂の威力は、死の恐怖は、ジェイクの脳裏に刻まれていいる。



(怖い。怖い。怖い)



 死の恐怖によるトラウマによって心が折れたジェイクはあらゆるものに恐怖している。


 周囲の全てが怖い。

 外の世界の何もかもが怖い。

 だからもう、この布団の中から出たくない。


 メリックが怒鳴り散らす声にも恐怖しているが、それゆえにまともに言葉を返すこともできなかった。



 しかし、そんなことはメリックには知ったことではない。

 彼はただ無視されていることに腹を立てるのみだ。


「私が目の前にいるにも関わらず、布団にくるまっているとはな。いい度胸だ。さっさとそこから出ろ!」


 メリックはジェイクがくるまっている布団をはがす。

 


「うわああああ! やめろおおおおお!」


 そのとたん、ジェイクは半狂乱になって暴れだした。


「やめろではない! それよりも、貴様はさっさとこのあとどうするのかを考えろ! 貴様の立てた作戦が失敗したのだぞ! それもこれも貴様が無様に気絶して敗北するからだ! 全て貴様のせいだ!」


「うるさあああい! あんなものに勝てるか! あんな……あんなの、どうやって勝てっていうんだ! 死ぬに決まっているだろう! あんな恐ろしいもの、僕はもう相手にしたくない! 計画なんて知ったことか! やるならお前ひとりでやれよ! もう僕を巻き込むなああああ!」


 ジェイクは布団を奪い返して、再度その中におさまる。

 そのままぶつぶつと独り言を呟き始めた。


 その後なんどかメリックがジェイクに声をかけるが、もうジェイクにそれは聞こえていなかった。



「ふん。しょせんは貴様もカスということか」



 布団の中へ閉じこもったジェイクに見切りをつけて、メリックは医務室を出ていく。


「結局どいつもこいつも役に立たない無能ばかり。やはり私が自分でやるしかないか」


 アルバートを殺すという目的は変わらない。


 問題は方法だ。


 決闘という方法は教師であるメリックは使用できない。 

 学園の教師は生徒との決闘は禁止されているのだ。


 教師と生徒はあまりにも実力がかけ離れているため、決闘を行えば必ず教師が勝利する。

 教師が生徒に無理やりに言うことを聞かせることができてしまうことを防ぐために定められたルールである。


「ふん。まあいい。いくらでも方法はあるさ。特別な課題とでもいって模擬戦をすればいい。そこで事故に見せかけて殺せばいいだけだ」


 さすがに、模擬戦の末の事故死は言い訳は難しい。

 ダンジョンの下層に落下することや生徒同士の決闘とはわけが違う。


 アルバートを殺した場合、メリック自身もなんらかの処罰が下されることは予想できる。

 だからこそこれまでその手段を使っていなかったが、しかしことここに至っては背に腹は代えられない。


 ダンジョンの結界に細工をしてジェイクに落とすようにそそのかすことはれっきとした犯罪であるが、模擬戦での事故死はあくまで自己だ。犯罪ではない。


 罰を受けるのは業腹であるが、ダンジョンの件が学園長とアルバートの手によって白日の下にさらされるよりはマシだった。 

 マシのはずだ。

 

 殺人未遂の罪を隠蔽するために殺人の罪を犯すという矛盾した考えを正しいと思うくらいには錯乱している。

 しかし追い詰められたメリックはそんな簡単な矛盾にすら気づくことはなかった。



「あの神級魔法にはそれなりの威力がある。警戒していて損はない」



 メリックは先ほどの決闘のことを思い出す。


 アルバートは無傷で勝利した。

 結果的にジェイクも無傷でこそあるものの、上級魔法を持つジェイクが無様に敗北した。


 ジェイクの攻撃は何も効かず、そしてアルバートの攻撃はジェイクは何も対応することができなかった。

 あの攻撃がわざと外したものであることくらいメリックはわかっている。


 ジェイクの炎龍すら防いだ謎の防御。

 そして闘技場を切断した謎の攻撃。


 決して弱いわけではないジェイクが、なすすべもなく敗北した魔法は軽く見ていいわけではない。



「なるほど。落ちこぼれだが運よく魔法は良いものを引き当てたらしいな。対策する必要がある」

 

 方法はいくらでもある。

 教師として魔法に長く触れ続けていたメリックは、魔法使いを無力化させる方法などいくらでも知っている。


 その後でメリックの魔法を用いて殺せばいい。

 メリックはアルバートの死を想像してほくそ笑んだ。



「ゴキブリなみにしぶといカスめ。今度こそ貴様の終わりだ」


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