2話 ベヒーモスからの逃亡
「やべええええ! めっちゃやばい魔物いるじゃんなにこれええええ!」
なんだよあの巨体。
四つ足なのに俺の頭より高い位置に頭があったぞ。
全長どのくらいでかいのか想像もつかない。
あれがベヒーモスという魔物だと図鑑で読んだことはある。
あるのだが、実際に見たのは初めてだ。
図鑑で見て想像していたものとは迫力も恐怖も段違いだった。
ベヒーモスは木の幹のような太い前足と剣のような鋭い爪をもっている。
そんなもので体を切り裂かれたら一瞬で絶命する自信がある。
仮に一撃を耐えられたとしてもそのすぐ後に食われて死ぬだろう。
つまり、俺はあのベヒーモスから一撃ももらうことなく逃げる必要があるというわけだ。
大声で吠えながらベヒーモスは俺のことを追ってくる。
ドスンドスンと巨体が動く揺れが地面を通してこっちの方まで届いてきた。
逃げ切れるか?
なんて考えても仕方ない。
逃げるしかないのだ。
全速力で、足を動かすしかないのだ。
ダンジョンの中は洞窟だが、壁が複雑に入り乱れてまるで迷路のような作りになっている。
それは今いる下層でも同じ。
いや、むしろ先ほどまでいた上層よりもその複雑さは上だ。
壁に囲まれた道を全力で走る。
分かれ道があっても考える暇はない。
適当に一方を選んで後ろのベヒーモスが俺と違う道を選ぶのを祈った。
なんども分かれ道を通り、疲れを無視して走り回る。
元来た道のことなんて覚えていない。
ダンジョンの奥へ進んでいるのか、それとも入口側へ進んでいるのかもわからない。
とりあえず今はベヒーモスから逃げきることだけを考えて走っていた。
「はぁっ……。はぁっ……。やっとどっかいったか……」
それが功を奏したのか、いつのまにかベヒーモス気配が感じなくなった。
奴の声は聞こえないし、あの巨体が走るときの振動もつたわってきていない。
ベヒーモスは迷路の中で俺を見失ったらしい。
どうやら逃げることはできたようだ。
一応、脅威は去ったと言っていい。
だが、それで安心することなんてできなかった。
下層にいる魔物はベヒーモスだけではない。
「キシャシャシャシャシャシャシャシャ!」
「キキィィィィィィィィィィ!」
「シュルルルルルルルルルル」
魔物は何体も現れて俺のことを襲ってきた。
巨大な蛇の魔物であるバジリスク。
身の丈を超えるほどの大きさの鳥の魔物のコカトリス。
馬の足と人間の体を持った魔物のケンタウロス。
ベヒーモスほどではないが、強力だと言われている魔物が何体もの出てきた。
隠れてやり過ごした魔物もいたが、見つかった時もあった。
その時は逃げることはできた。
これは実力というよりも、運が良かったな。
俺という餌を争って魔物たちが争い合っているところを上手く逃げることができたのだ。
もし一体だけが襲ってきていたら俺は逃げきれずに死んでいただろう。
しかし、逃げて生き延びたはいいものの、この後どう戻ればいいのだろうか。
ベヒーモスやその後の魔物から逃げている時にどこをどう走ったのかまるで覚えていない。
「出口っぽいところ……」
フラフラと疲れながらも歩みを進める。
もうこうなったらとにかく道を進むしかない。
俺が落とされた場所ならまだしも、こんなところで待っていて助けがくる可能性なんてゼロなのだから。
そうして歩みを進める。
途中見かけた魔物を何体か隠れてやり過ごしつつも進む。
すると、開けた場所に出た。
ダンジョンの下層。
地下深くだというにもかかわらず、そこは大きな広場になっている。
体育館が一つ入りそうなほどの大きさだ。
「ダンジョンにこんな場所が? 下層っていうのはわけがわからないな」
上層にはこんな場所はなかった。
迷路のような道がずっと続いているだけだ。
「とりあえずここで休憩でも……」
そう思って広場へ入ろうとしたときだった。
「グルルルルルルルル」
俺の背後から、嫌な鳴き声がした。
なんの鳴き声なのかはもうわかっている。
「グガアアアアアアアアアア!」
ベヒーモスだ。
クソ!
完全に撒いたと思っていたのに、俺のことを追いかけて来たのか!?
それともここにいるのは偶然か!?
だとしたら運がないにもほどがあるだろ!
後ろを振り向くような暇はない。
俺はとりあえず広場の方へと走ろうとしたが――。
しかし、無駄だった。
そもそも、俺がベヒーモスから逃げ切れたのは複雑に入り組んだ迷路の中を走って来たからだ。
曲がりくねった迷路の中はベヒーモスの巨体では走りにくいしトップスピードは出せない。
しかし広場までの直線しかないこの道ではその逃げ方は通じない。
俺はあっけなくベヒーモスに追いつかれ――。
「が、は……」
背中に強い衝撃。
ベヒーモスが俺に攻撃してきた。
俺はベヒーモスからの一撃を食らって、逃げようとしていた広場の方へと弾き飛ばされて気絶した。




