17話 決闘の後
「じゃあ、アルの決闘勝利を祝して、かんぱーい」
「「「乾杯」」」
『かんぱーい』
決闘のあった日の夜、俺、エリザ、ローランド、クーデリアで酒場に来ていた。
二日連続で酒場に行くのかよと呆れられてしまいそうだが、口実さえあれば飲みに行き、騒げるときには騒ぎたいのが学生である。
俺達四人とフィオーネはジョッキを手にして、乾杯をした。
精霊であるフィオーネは飲み物を摂取する必要はないから乾杯は形だけである。
乾杯が終わった後の酒はローランドの喉に消えていくことが決定している。
「ぷはー! 勝利の後の酒は美味いな!」
両手にジョッキを持ちビールを腹へ流し込んだ後、ローランドは笑顔で言った。
「勝ったのはローランドじゃなくてアルでしょ。なに言ってんの」
「甘いなエリザ。勝つのが必ずしも俺である必要はない。親友の勝利でも酒は美味いんだよ」
「いい友達ね」
酒をちびちびと飲みながらクーデリアがポツリと告げた。
「わたしもアルバートが勝ってくれてお酒が美味しい」
「アル! 私だって美味しいよ! お酒!」
「はは。ありがとう」
なぜか競うように告げたエリザに苦笑しながらお礼を言う。
「いくら美味しいからって今日はつぶれるまで飲むなよ。そっちの二人」
「わーってるって。今朝言ったろ。俺だって成長してるんだぜ? 潰れるまで飲むわけないだろ」
「その言葉を言ってお前が酔いつぶれなかったケースがこれまでないんだよ!」
「そうだっけか。記憶にないな」
「それは酒で記憶なくなっているだけだ」
「まあいいって不安になるな。安心しろ! 俺を信じろ! そうすれば報われる!」
「だめだ。もうちょっとおかしなテンションになってる」
グビグビと酒を飲むローランドに対して嘆息する。
こりゃ今夜もローランドを担いで帰るコースかな。
明日も学校あるんだけどな。
「リーリスさん。貴方も今日はほどほどにしてね? その、女の子が歩けないくらいまで飲むのはどうかと思うの」
「わ、わたしは普段あんなに飲まないから。昨日が特別だっただけだし」
クーデリアの言葉に顔を赤くしながらエリザは言葉を返す。
「にしてもクーデリア様も来るなんてな。誘ってみるもんだ」
「誘ってくれてありがとう。私も、アルバートが決闘に勝ったことを祝いたかった」
決闘の後で祝勝会を開こうという話になり、その時にローランドは昨日の打ち上げに参加したクーデリアを誘おうと言い出したのだ。
クーデリアは二つ返事で了承してくれて、いまにいたる。
ちなみに俺が本来予定していた魔法の訓練は行うことができなかった。
決闘の後に訓練したいと思っていたのだが、当てが外れてしまったのだ。
その理由は俺が闘技場を壊してしまったから。
決闘の最中に物が壊れるのは想定の範囲内だから普通は咎められることはないのだが、さすがに闘技場を真っ二つにしたことは想定外であり許容範囲外だった。
お説教&反省文で放課後がつぶれた。
とはいえ、建物一つぶっ壊したことに対する措置としては甘い方だ。
修繕費とか請求されたらたまったもんじゃないぞ。
「別に修繕費とかかからないけどな。土魔法を使える人が直すだけだし」
闘技場の話になると、ローランドがそう指摘する。
「え? そうなの?」
「そりゃね。魔法学園で建物が壊れるのはよくあることだし。そういう時は土魔法で直してんだよ。まあ大体は壁の一部とか床の一部が壊れたりするだけであそこまで壊れることは見たことないけど」
「すごい威力だったもんね。ねえアル、あれどんな魔法なの?」
「俺の使う空間魔法の一つでね。空間断裂っていう魔法なんだ。目の前のものを空間ごと斬る」
「それにしては威力すごすぎない? 闘技場を斬るって」
「あれは俺も驚いた。魔力を全力で込めたらあんなことになったんだ」
闘技場を壊してやろうと思ってたわけじゃないよ?
ほんとうに。
「教師からは、威力の調節が効かない魔法をむやみに使うなと言われたよ」
「正論だな……。あれ、斬ったのが闘技場だからまだよかったけど、もしジェイクに放ってたらあいつ死んでたろ」
「うん。死んでだよ。だからジェイク本人じゃなくてその上を狙ったんだ」
その結果、ジェイクは死ななかったが別の被害が生まれた。
「空間を斬るというのは気になる。空間ごと切断するというのなら、硬度は関係ないということ?」
クーデリアが質問してくる。
「そうだね。どんなに硬くても、防御系の魔法を使っても、切断できるはずだよ」
「なら避けることしかできなさそうね。でも、あの範囲ならそれも難しいか」
「使われたら死ぬ類の魔法だな。お前の魔法、殺意たかくね?」
「え、それは……確かに」
ローランドの言葉に対して、さすがに認めざるをえずに頷いてしまう。
ベヒーモスに対してつかった空間射出も、かなりの高威力だったし。
ベヒーモスを殺しただけで終わらずに壁に穴をあけていた。
しかもそれがどこまであいているのか、目視では確認できないくらいの距離まであいていた。
あれ。よく考えると、空間魔法って威力高すぎない?
「でもさ、あれあるじゃん。ジェイクの炎龍を防いだ魔法。空間断裂ほどじゃないけど、あれもすごかったよね。空間魔法なんでしょ?」
エリザの言葉に、俺は「うん」とうなずく。
「あれは空間固定っていって、文字通り空間を固定する魔法なんだ」
「固定されたらどうなるの?」
「人ならその場から動けない。物ならその場所から動かすことはできなくなる。外界から影響を与えることも、内から抜け出すこともできなくなるんだ」
「恐ろしい魔法だな。でもそれでなんで炎龍を防げるんだよ」
「言ったろ。空間固定をすれば外から影響を与えられないんだ。それを目の前の空間に対して使うと、どんな攻撃でも防ぐ壁になる」
「壁? 盾じゃなく?」
「うーん。まあ盾でもいいけど、動かせないから盾というよりも壁というイメージかなあ」
「それ試しにやってみてくれよ」
「わかった」
「あ、一応聞いとくけど、危なくないよな?」
「空間固定は攻撃系の魔法じゃないから大丈夫だよ」
俺はテーブルの上の空間に対して、水平方向に空間固定を行った。
そこには目に見えない水平の壁ができる。
上にコップを置くと、もちろん落下せずにその場にとどまった。
「おいおいマジか。すごいな」
「本当に固定されてる。不思議」
クーデリアが指で固定された空間を慎重になぞる。
「固くて押せない。これ、壊れないの?」
「ああ。少なくとも炎龍じゃ壊せなかったな」
「私の魔法で試してみていい?」
「問題ないよ」
クーデリアの言葉に了承する。
「お、クーデリア様の魔法が見られるのか!」
クーデリアが魔法を使うということで、ローランドが目を輝かせた。
「クーデリアさんの魔法ってなんだっけ?」
エリザが尋ねる。
「重力魔法」
クーデリアが質問に答えると、固定された空間の上に手のひらで握れるくらいの小さい球を置いた。
「これは、特級の土魔法で作られたオリハルコンでできたボール。私の全力でも潰れないくらいの硬さ。これより頑丈なものを私は知らない。これに私の重力魔法をかけて重くする。全力を出せば千倍くらいの重さにはなる」
「せ、千倍……」
ちょっと思ったよりすごい倍率が出て来たぞ。
「『メガ・グラヴィティ』」
ズン、とボールが重くなるのが見てわかる。
潰れこそはしないものの、ある程度変形して楕円になっていた。
「まさか。これでも壊れないの?」
クーデリアが驚きのあまり目をまるくする。
「なあこれ、もしアルの魔法の固定が壊れたらどうなるんだ?」
「千倍の重さになったボールが下に落ちる。重力加速度も上がってるから、100トンで高速の球がテーブルと床を破壊しながら地面を削りながら落ちていく」
「やばいじゃん! 空間固定壊れなくてよかった!」
「安心して。今のは冗談。少しでも下に動いたら重力魔法がとけるように設定している。下の物は壊れない」
「なんか怖くなってきたからそろそろ重力魔法解いてもらっていいか? もう検証は十分でしょ」
「わかった。魔法は解く。協力してくれてありがとう」
重力魔法を解除したクーデリアは、重さが戻った金属球を手に取って鞄の中へ入れた。
「じゃ俺も魔法を解くよ」
上に置いたコップを取り、空間固定を解く。
「興味深い。これはどんな大きさでもできるの?」
「うーん。制限があるかはわからないな。試したこともないし」
契約時に魔法がどういう効果をもたらすのかはなんとなく理解できるが、どこまでの影響を及ぼすことができるのかはわからない。
わかっていれば、空間断裂を全力で放って闘技場を斬ったりなどはしない。
「すごい魔術ね。一直線に飛んでいくタイプの魔法なら、この魔法には対処できないと思う」
「ふわー。すごいね。無敵じゃん」
エリザがため息をつきながら空間固定に対して感心していた。
「やりようによっては出し抜くこともできそうだけど……」
ポツリとクーデリアは呟くのが聞こえた。
「にしても大抵の攻撃はこれで完封できそうだな。これに合わせて何でも切れる空間断裂使うんだろ? 最強の盾と矛があるようなもんか」
「それ聞いて気になった! 空間固定したところに空間断裂したらどうなるの?」
「どうなるんだろう」
エリザの質問にその場の全員が首をひねる。
なんでも防げる盾になんでも貫く矛をしたらどうなるのか?
そういう思考実験の類のもので、本来なら答えなんて出ないものだが。
しかし俺の空間魔法ならばそれは現実にできそうだ。
「試す?」
「試すにしてもここでやるのは絶対やめろよ! フリじゃねえぞ!」
「わかってるよ。おれだってあの威力の魔法をこんなとこで放ちはしないさ」
断言するけど、この店の人全員死ぬ。
なんなら周囲の店にいる人も被害を受ける。
それがわかるくらいには、あれは威力も攻撃範囲もケタ違いだ。
「なんにせよ。色んな意味で規格外の魔法ね。彼が勝てなかったのも無理はないわ」
「ジェイクか。そういやあいつはどうなったんだろ」
決闘が終わった後は闘技場が斬れていることに気づいた教師に連れられて、事情説明&説教をくらったからあとのことは知らない。
「ジェイクの体には傷はなかったってよ。ただ、お前の魔法を間近に見てトラウマになったらしくてな。目が覚めたってのに医務室から出ようとしないってさ。明日まで引きこもっているなら治療院送りだな」
「ふん! ざまあみろ! アルに酷いことをしたむくいだよ!」
「そういやお前、ジェイクに勝ったんだろ。決闘の勝者は相手に何でも命令できるけど、どうするんだ?」
「ダンジョンの件を学園長に洗いざらい喋ってもらうことにした。少なくとも、学園長の前に一緒に行くことはしてもらうことはしてもらうよ。そのときに学園長に嘘の判定をしてもらうか頼んでみる」
仮にジェイクや周りの奴が拒否しても関係ない。
トラウマだとか、治療院とかしったことか。
俺はジェイクのせいで死にかけたのだからそれくらいのことはするのが筋だし、そもそも決闘の敗者なのだから勝者に従う義務がある。
まあ、今回の件でかなりスッとしたことは確かだが。




