間話 たくらみ
「くそ! なんたることだ!」
魔法学園の教師、メリック・ネピアは怒りを隠そうともせずに悪態をついていた。
「あの落ちこぼれめ。帰って来るだけでなく精霊と契約までするなんて。それも神級精霊? ふざけている!」
メリックは魔法学園の廊下を歩きながら、再度悪態をつく。
「それにしてもジェイクの奴。、しくじりおって。あの落ちこぼれを排除しようとした私の計画が台無しではないか!」
今日に合わせていくつかの準備をしていたのに。
計画は何一つ成功しないどころか、裏目にでる始末だった。
「それもこれも、失敗したジェイクとあの落ちこぼれのせいだ!」
ダンジョンでアルバートが下層に落ちたこと。
それはメリックとジェイクが共謀しておこなったことだった。
普通、下層というものは生徒が行こうとして行けるものではない。
もちろん足を滑らせるというような事故であっても、背中を押すという事件であってもそこにいくことはできない。
理由は簡単で、下層へとつながる道は全て教師が魔法で張った結界で区切られているからだ。
ただし、教師の誰かがその結界に細工を施したのなら話は別だ。
メリックは今日に合わせて事前にダンジョンの結界の一部に細工をしており、通り抜けられるようにしていた。
上層でも奥の方にある結界に仕掛けを行ったため、狙って行かなければ生徒はまずたどり着きはしない。
だからバレることはないのだ。
だが、メリック一人ではアルバートをそこに連れていくことはできない。
魔法を使えない生徒を引率するということだけならば難しくはない。
安全のためと言い張りなんとでも言い訳はたつ。
だが教師が生徒を連れて行った先で下層へと生徒が落ちれば、誰がどう考えてもメリックが意図的にやったことだとバレるだろう。
だが、連れて行ったのが生徒ならば?
そしてそれが授業中に起こった出来事ならば?
ダンジョンの授業中に起こった不幸な事故として扱われるだろう。
下層へと行けたことも、結界にほころびがあったことにすればいいだけだ。
だからメリックはアルバートを見下しているジェイクを使って彼を下層へと落とさせたのだ。
そこまでやったにもかかわらず――。
「計画に失敗するとはな、ジェイク!」
メリックは空き教室へとたどり着き、大声を開けながら扉を開ける。。
そこにはジェイクとその取り巻きを待機させていた。
三人はメリックに怒鳴られてビクリと震えた。
「メリック先生……」
「言い訳を聞こうか、貴様ら」
「ち、ちがうんです。俺たちはちゃんとやったんです」
「どこがちゃんとやった、だ! あの落ちこぼれは下層で死ぬどころか生きて帰って来て、しかも神級精霊と契約しているのだぞ。どこをどうちゃんとしたらこのような結果になるというのだ。私の計画は完璧だった。だから失敗するとしたら貴様たちの責任なのだ。この無能が!」
「そ、そんな! 俺たちは悪くないですよ。悪いのは全てあの落ちこぼれです!」
「そ、そうですよ。それに下層に落とすことまでは計画通りだったんです」
「あの落ちこぼれ。下層で死んでおけばいいのに生意気に精霊と契約までしやがって」
ジェイクと取り巻き立ちの言葉を聞いていたメリックを腹立たしくしながら聞いていたが、しかし彼らの言葉には確かにと頷くべきところもあった。
悪いのはあの落ちこぼれだ。
それは間違いない。
そもそも精霊と契約できない時点で、魔法学園にいる価値などないクズなのだ。
それにもかかわらず、一年も魔法学園にしがみつくその浅ましさや往生際の悪さ。怒りを通り越して殺意すら覚える。
だからこそ下層に落としてやったのだ。
殺そうとしてやったのだ。
しかしそれは個人的な怒りではない、とメリックは考えていた。
これは魔法学園のために必要なことなのだ。
メリックは教師として、魔法が学園を守る義務があると考えている。
魔法を使えない落ちこぼれの存在は魔法学園を腐らせるのだ。
ならばそれを誰かがそれを阻止しなければならない。
不要な雑草は間引くように。幹を腐らせる枝は切るように。
落ちこぼれは殺す。
ただその信念のもとに行動しただけであり、学園を思って行うそれは正義の行いのはずである。
邪魔をすることこそが悪なのだ。
(ならば、私の邪魔をした落ちこぼれはやはり悪だ)
悪いのは全て落ちこぼれのアルバート・レイクラフト。
それは間違いないとメリックは納得した。
彼ら三人が悪いのではない。
だがしかし、失敗の責任はとる必要がある。
それに、差し迫った危機もあった。
「奴が全て悪いということは理解している」
メリックのその言葉に、彼の怒りは自分たちに向いていないと思い三人はホッと安心する。
「だが、事はそう単純ではない。アルバート・レイクラフトが生きている以上、貴様のやったことが全て明るみに出る可能性があるのだぞ。ジェイク」
そう。
アルバートが下層で死んでいれば何も問題はなかった。
メリックの計画ではそうなっていた。
死人に口なし。
アルバートさえ死ねば、ジェイクが彼を落としたことなど誰も証明することができない。
生きているジェイクたちが足を滑らせて勝手に落ちたと言えば、皆それを信用しておわりだ。
しかしアルバートが生きている以上、その見通しはたたない。
彼の言葉だけならば、証拠はないとあしらうことができた。
しかし問題は学園長の魔法だ。
学園長は相手が嘘を言っているか魔法にて判定することができる。
それは精度の高い魔法であり、生徒であろうが教師であろうが誤魔化すことなどできないものだ。
(判定魔法を使われるのは不味い)
使われてしまえば、アルバートが嘘を言っていないことが判明する。
そうなると、今度はジェイクに判定魔法が使われる。ジェイクの行動が言い訳のしようもなく明るみになってしまう。
メリックとしては、ジェイクやその取り巻きどもがどうなろうとどうでもいい。
ひよっこの生徒が退学になろうが捕まって牢屋に入れられようが、彼の人生には何のかかわりもない。煮るなり焼くなり好きにすればいいというのがメリックの考えだ。
だが、ことはそれだけには収まらないだろう。
もし万が一ジェイクたちが口を滑らせてメリックの名前をだそうものなら、メリックがことを主導したことだとバレてしまう。
そうなればメリック自身も学園長の判定魔法を使われて、アルバートが下層に落としたことにより罰を受けてしまうだろう。
(くそ! 正しい行動をしている私が、なぜ罰などを受けなければいけないのだ)
メリックは自分の行動を間違ったことだとは思っていない。
だが正義のために起こす行動の中には、社会のルールを破らなければいけないものも含まれていることを知っている。
今回の行動もそうだ。
落ちこぼれを追いだす。そのために奴を始末する。
それ自身は決して間違った行動ではないと考えているが、しかし客観的に見れば殺人罪に問われるものであるとメリックはわかっていた。
それがバレてしまえば、メリックは破滅だ。
魔法学園の教師としての栄誉は消え去り、そればかりか逮捕されて犯罪者として扱われてしまう。
そのような屈辱をプライドの高いメリックは決して耐えられない。
考えることすらおぞましいことだ。
だから、決してアルバートを下層に落としたことは誰にもばれてはいけないのだ。
(あの落ちこぼれ一人のために、なぜエリートである私が頭をなやませなければいけないのだ。理不尽すぎる! こんなことは間違っている!)
メリックは怒りのあまり拳に力が入る。
このような理不尽な事態を二度と起こさないようにするためにも学園を変えなければ、とメリックは再度決意した。
落ちこぼれを排除し、エリートだけがいる学園のために。
そして、それを主導した真のエリートとして名誉を受ける未来の自分のために。
こんなところで躓いている場合ではない。
「学園長の判定魔法はやっかいだ。それを使われれば私も貴様らも破滅する」
メリックのその言葉に、ジェイクとその取り巻き達が不安と緊張がないまぜになった表情をする。
彼らも破滅というものは恐ろしいらしい。
「じゃ、じゃあ……俺たちはもう」
「案ずるな。学園長は出張に行っている。一週間は学園にいない」
運がいい、というわけではない。
これは必然のことだ。
なぜならメリックは学園長がいない時期を見越してことをおこしたのだから。
アルバートを始末する計画は完璧であり、故にいつそれを行ってもよかったとメリックは思っていた。
だが不測の事態に備えて、学園長が席を空けている間に計画を実行した。
そして実際に不測の事態が起こった今、こうして慎重を期したおかげで起死回生の手をうつことができる。
不測の事態にあっても挽回を可能とする。
そんな自分の優秀さにメリックはほれぼれした。
「その間になんとか事を収める必要がある」
「で、でもどうやって……」
取り巻きの一人が頼りなくそう呟く。
「そんなものは貴様らが考えて何とかしろ! 自分のことは自分で考えるのだ。当たり前だろう。そんなこともわからんのか、このグズが!」
メリックがそう怒鳴った。
今まさに自分の進退がかかっている状況の打破を、他人の考えに任せているにも関わらず。
自分の発言と行動の矛盾を彼は認識できていない。
「僕に考えがあります」
「ほう? なんだ。ジェイク。考えを言ってみろ。聞いてやる」
「そんなの簡単です。学園長が帰ってくるまでの間にあいつがいなくなればいいんです」
「退学にでもさせるつもりか?」
「いいえ。あいつを殺せばいいんですよ」
「馬鹿が。それができるならとっくにそうしている」
そもそも、それが可能ならばわざわざダンジョンの下層に落とすなどという面倒な手段を用いずにメリックが直接殺している。
「もちろん殺すだけなれば簡単だ。だが学園内で殺人が起きれば必ず捜査の手が入り、そうなれば犯人が探し出されて殺したことが発覚する。そうなれば結局は牢屋へと送られるだけだぞ」
「いいえ先生。殺しても牢屋へ送られない方法があります」
「偽装の類の魔法か? そんなものは役に立たんぞ」
学園の教師たちはそんなに甘くない。
偽装の魔法など簡単に見破り、下手人は必ず見つけられるだろう。
「魔法ではありませんよ。白昼堂々と奴を殺し、それでいて罪に問われない方法があるんです」
「なんだそれは?」
「決闘ですよ」
ジェイクのその言葉に、他の3人がハッとする。
決闘は魔法学園の伝統の一つ。
生徒同士が揉めた際に行われる問題解決方法だ。
教師の立ち合いの下で魔法を使った一対一での戦いを行い、敗者は勝者の命令を聞かなければいけない。
これだけでもある程度の効果のある解決策だが、しかし重要なのはそこではなかった。
「決闘を使ってあいつを殺せばいいんです」
重要なのは決闘の勝敗ではなく、決闘による被害。
つまりは相手の生死であった。
魔法というものは危険だ。
人に向けて放てば怪我をするし、威力によって殺すことは難しくない。
決闘を行った生徒が怪我をすることは珍しくはないし、中には決闘の結果で死んでしまう生徒もいる。
もちろん、そういったことがないように決闘に立ち会う教師は最新の注意をおこなう。
しかし死亡する生徒はゼロではないのが現状だ。
通常、決闘はどちらかが降参するか、あるいはある程度の怪我を負って戦闘不能になったときには終わりだ。
それでも手を止めない場合は立ち合いの教師が止める。
しかしメリックが立会人となり、アルバートが怪我をしても決闘を止めさせなければ。
そしてアルバートが死ぬまで決闘を続けさせれば。
彼を亡き者にすることは可能だった。
「ふふ。ははは。なるほどいい考えだぞジェイク」
決闘という手段を用いればアルバートを殺すことは可能だ。
しかも堂々をそれを行い、それがとがめられることもない。
考え得る限り最高の策だとメリックは思った。
「魔法を使えない生徒は決闘できないというルールがあったから今まで何もできませんでした。でもあいつはもう魔法を使える。いざ決闘できるならあの落ちこぼれを殺すことなんて簡単ですよ」
「なるほど。奴は自分で自分の首を絞めたというわけか」
「ええ。馬鹿な奴。下層で魔物に殺されていた方が幸せだったと後悔するくらいズタボロにしてやる」
メリックとジェイクは笑う。
アルバートの無様な死にざまを頭の中に思い描いて。
「少し力を持ったところで落ちこぼれは落ちこぼれ。格の違いをみせてやる」
ジェイクは自分をエリートだと思っている。
そんな自分が落ちこぼれに敗北するなどと、想像もしていなかった。




