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11話 幼馴染



 酒が進む中、最初に気づいたのはローランドだった。


「おい。入口の方見てみろよ」


「なにかあんの?」


「珍しい人が来てる」


「誰だ?」


 ローランドが言う通りに入口の方を見てみると、そこにいたのはとある少女だった。


 その女の子は魔法学園の制服を着ており、長い銀髪をたなびかせた美しい人だった。



「いやー、一日の終わりにクーデリア様を見られるなんて。眼福眼福」


「そんなに珍しいか? 同じ学年だろ」


 彼女の名前はクーデリア・エルロット。

 魔法学園に通う同学年の生徒だった。


 ローランドは彼女のことをクーデリア様と呼ぶ。


「あの神童と呼ばれたクーデリア様もこういうところに来るんだな。こういう大衆酒場には近づかないと思ってたぜ」



 神童。

 そのシンプルな言葉は、クーデリアに与えられた一つの異名だ。


 彼女は一年生だったころに特級精霊と契約した、まさに一握りの才能をもつ魔法使いだった。


 特級精霊と契約できる魔法使いは少ない。

 魔法使いの中でも一流の存在しか特級精霊と契約できないといわれており、特級精霊と契約している魔法使いの数は全魔法使いの1%にも満たない。

 

 それを学生のうちに契約できるだけでも偉業である。

 それだけでも天才を名乗ってもいいくらいである。


 しかもクーデリアは一年目にしてそれをやってのけたのだ。

 神童というのは大袈裟でも何でもない。

 

 過去の魔法学園の生徒の中で、一年目にして特級精霊と契約できた生徒は彼女が初めてだそうだ。


 そんな才気あふれる存在であり、しかも彼女はとても美人だ。


 ローランドのように彼女を高嶺の花と思い、憧れの対象とする生徒は多かった。

 特に同学年の男子にはその傾向が高い。


「どしたの二人とも」


「おー、エリザ。見てみろよ。あそこにクーデリア様がいる」


「わっ。ほんとだ。あの人もこういうとこ来るんだねー。あ、でも一人しかいないな。一人飲みかな?」


「そういう気分の時もあるんじゃない?」


「俺ならダチと騒ぎながら飲みたいけどな」


「ローランドは騒いだ後に介抱する人が必要なだけでしょ」


「そらそうよ。騒ぐんだったら全力でやりたいじゃん!」


「その後始末をするのはいつも俺なんだけど」


「悪いとはいつも思ってんだよ。悪いとは……!」


 言葉と共にローランドはうつむき、拳を握りしめた。

 その様子を見たエリザはローランドに言う。


「ほんとにローランドはそういうとこあるよね。反省してよ?」


「いやローランドのことを注意してるけど、エリザは介抱される側だからね?」


「悪いとはいつも思ってるの……!」


 エリザもうつむき、拳を握りしめた。


 その手には酒が入ったジョッキがあった。


 だったら行動を改めて欲しいなと、心の底から思った。




 店に入って来たクーデリアはきょろきょろと何かを探すように周りを見ている。

 そして、こちらに目を止めてまっすぐ歩いてきた。


「なあ。クーデリア様こっちに来てないか?」


「気のせいじゃない? なんでクーデリアさんが私たちのところに来るのよ」


「いや絶対こっち来てる」


「ローランド。あんた知り合いだったの?」


「知り合いどころか話しかけたことすらないぜ? 恐れ多くて」


「私も話したことない」


 そして二人はこっちに目を向ける。


「あー。俺は知り合いというか――」



「アルバート」



 テーブルに来たクーデリアは立ち止まり、俺の名前を呼んだ。



 そしてポカンとしているローランドとエリザを横に。



「心配したわ」


 と言って、がばっと俺のことを抱きしめた。


「よかった。無事でほんとうによかった……!」



「ちょちょちょちょ、ちょーーっと! なにしてんのかなあ!」


「クーデリア様!? なぜアルに抱き着いて!?」


「……? 誰? 貴方たち」


「わたしらが誰かなんてどうでもいいからさっさとアルから離れろこの!」


 エリザが俺とクーデリアのところへ近づき、ぐいぐいとその腕を引っ張り離れさせようとする。


「誰かは知らないけど、お店の中で騒ぐものではないと思うの」


「私は! お店の中で! いきなり他人に抱き着く方がダメだと思うな!」


「それは、私とアルバートの問題。別に誰にも迷惑かけてない」


「アルに迷惑かけてんでしょーが!」


「そうなの?」


「ま、まあ。迷惑かはともかく。クーデリア。ちょっと離れて欲しい」


「うん。わかった」


 俺の言葉を聞き、素直にクーデリアは腕をほどいて俺から離れる。


 その様子を見て警戒したエリザが俺とクーデリアの間に無理やり入り込み、そしてクーデリアの腕を少し押して距離を開けさせた。


「この人……。普段は何を考えてるのかよくわからないと思ってたら。とんだ変態じゃない」


「そんなこと言わないで。私は変態じゃない」


「他人にいきなり抱き着くのは変態なのよ!」


「私とアルバートは他人じゃない。友達」


「アルとクーデリア様が友達?」

 

「うん」


 ローランドがきょとんとしながら呟いた言葉に、クーデリアがうなずく。


 エリザとローランドの二人は俺の方へと振り返る。


「友達だよ。子供のころからの友達。幼馴染ってやつかな」


「はあ!?」

「初耳なんだが!」


「言ってなかったからね」


 驚く二人に対して、誤魔化すように苦笑する。


「アルバート。どうして言ってないの?」


 こてん、と首をかしげてクーデリアが尋ねる。


「誰と誰が幼馴染、なんて別にわざわざいうことでもないでしょ」


「私は言うけど」


「言うんだ……」


 そこはひとぞれぞれということか。


「幼馴染ってことはなに? 同郷だったりするわけ?」


「うん。同じ街で育ってさ」


「隣の家だった。私とアルバートはいつも一緒に遊んでたの」


「思ったより関係が長いな」


 ローランドがエリザの方にポンと手を置く。


「どうする? 思わぬ伏兵だが」


「黙っててローランド! それとアル! クーデリアさんと幼馴染なんて私聞いてないんだけど」


「え、ごめん。別に言うことでもないかなって思って」


「言うことだよ! 女の知り合いがいるなんて、絶対言うべきことだよ!」


「ええ……?」


「ていうか、幼馴染にしても距離近くない? いきなり抱き着くなんてさっ」


「ごめんなさい。嬉しくて……」


 クーデリアは俺の方を見て、涙ぐんでいた。


「貴方のクラスメイトから聞いたの。アルバートが東のダンジョンに行って、下層に落ちたって。それで、酷い怪我をしたって」


 東のダンジョンというのは俺達が昼に行ったダンジョンのことだ。


 学園の周辺にはいくつかのダンジョンがある。

 東のダンジョンや西のダンジョンといった風に、生徒たちは名前を分けて呼んでいた。

 正式名称は別にあったはずだけど、長いからみんな使ってない。

 


「無事でよかった」


「心配かけてゴメン。でもこうして怪我も治ったし安心してくれ」


「医務室に行ったって聞いた」


「あ、ああ。確かに行ったけど」


 そしてあのやたらキャラの濃い先生に治療されたのだ。


「酷い怪我をしたんだね。ダンジョンは危ないから、今度からダンジョンに入る時は私と一緒に入ろう?」


「クーデリアさんは別のクラスでしょ! 授業で一緒にはいることはないでしょ!」


「そのときは私のクラスの授業を休んでアルバートのところに来る」


「いやクーデリア。それはダメだよ。自分のクラスの授業にはきちんと出なくちゃ」


「でも……心配」


「ダンジョンで怪我をするなんて別に珍しいことじゃないでしょ」


「そうだけど。でも、授業で下層に落ちた人は初めて。またいつ同じことが起きるかわからない」


「いや確かにそうだけど。あ、でも、ほら。俺はその下層から帰って来たことだし、心配しなくていいんじゃないかな」


「どうやって帰って来たの?」


 いぶかし気にクーデリアは俺のことをじーっと見る。


「アルバートは精霊と契約してなかったはず。いくらアルバートでも、下層から一人で帰ってくるなんて――」


「ふふふ。クーデリア様。それはちょっと情報が古いぜ?」


 ローランドの言葉を聞いて、クーデリアは彼の方に振り向く。


「どういうこと?」


「アルはもう精霊と契約したのさ」


「うん。ダンジョンの下層に精霊がいて、彼女と契約したんだ」


 俺はテーブルの上にのった料理を興味深げにみつめながらちょいちょいと手を出しているフィオーネを見る。


「彼女ってもしかしてそこにいる、宙に浮いている人のこと?」


「うん」


 宙に浮きながら、パクリと料理を食べるフィオーネ。

 

『?』


 しかし彼女は料理を食べた後には不思議そうに首をかしげてそれ以上を食べようとはしなかった。


「あの人は何をしているの? そもそも人じゃないの?」


「精霊だよ。人型の精霊」


「精霊って物を食べないはずじゃない?」


「そのはずなんだけど。なんか食べてるね」


『マスター。これなに? よくわかんない』


 フィオーネは一度姿を消した後に再び俺の元に姿を現した。

 精霊がよくつかう移動方法だ。


 瞬間移動しているわけじゃない。

 精霊は実体化を解いて姿を消している間は物を透過できる。

 近い距離を移動するときにこうやって霊体で動くことが多い。


『みんなどうしてあんなのを口に含んで楽しそうにしてるの?』


「美味しいからだよ。フィオーネは美味しくなかった?」


『美味しい? よくわかんない。でも、あれを口に入れても楽しくなかったよ? マスターとお話してる方が楽しい』


「それはありがとう」


 素直に嬉しいが、その前に気になることがある。


「フィオーネはものをたべれるんだね。普通の精霊は食べられないのに」


『他の子はできないんだ? まあわたしは特別だからね。えっへん』


 そう言って嬉しそうにしながら、豊かな胸を張るフィオーネ。

 

「……精霊っていうのは本当のようね」


「信じてくれた?」


「宙に浮いてるだけならまだしも、姿を消したのは霊体化のはず。そんなことは人ではできない」


「彼女はフィオーネっていう名前なんだ」


『フィオーネだよ。マスターの精霊なの! あなたはマスターの友達でしょ。よろしくね!』


「よろしく」


 挨拶をした後、ふう、とクーデリアは一息ついた。


「人型の精霊なんて初めて見た。そういうのもいるんだ」


「俺も初めて。っていうか、史上初めてらしい」


「おまけにアルの精霊はすごいんだぜ。なんと神級精霊だってさ」


「神級精霊?」


 クーデリアは驚きに目を見開いて、フィオーネのことを見つめる。


『うん。神級だよ。すごいでしょ』


「確かに。すごい。本当なら百年ぶりの快挙」


「それが本当なんだ。教頭に格を調べてもらったんだけど、神級だって結果が出た」


「そうなんだ……。おめでとうアルバート。やっと精霊と契約できたんだね。それも、すごい精霊を」


「おお! クーデリア様も祝ってくれるのか! これはもう一緒にアルのことを祝って飲むか!」


「いいの? じゃあご一緒しようかな」

 

 クーデリアは近くにあった椅子に座る。


「そうこなくちゃ! じゃあ店員さん。酒を4つ追加で!」

 

 ローランドが新たに酒を注文した。

 酒はすぐにテーブルに来て、4人全員がジョッキを掲げる。


「それじゃあ、アルが精霊と契約成功したことと、あとは百年ぶりの神級精霊の契約者の誕生を祝して――」



「「「「乾杯!」」」

 


 4つのジョッキが打ち鳴らす音が、酒場に響いた。



 


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